君の名は。アフター小説- 三葉と私(第九章)

やっぱり三葉の未来っていうのにも何かしら楽しい要素がないとだめだと思うんです。巫女の仕事だけじゃなくって副業でもなんでもいいから奥寺センパイとつながりを持っていてもらいたかったのです。

第九章 − 未来 −

===

瀧くんの名前を出したことで、私と瀧くんがその記憶を共有していることを打ち明けたのも同じだ。そう気づいた。それにしても出会ったときには同い年なのに 今は3つ違うなんて常識はずれなことをまさかミキさんが口にするなんて。

― それは瀧くんと私だけの秘密だったのに ―    

私が瀧くんとの関係の中で頼りない記憶の中で唯一のよりどころであった部分に足を踏み込まれたような気持がして、少し気まずくなって黙っていたところに、ミキさんが気を利かせてくれたように口を開く。
「6年前瀧くんと司くんと私で糸守に行ったの、前に話したことあるよね。その時の記憶が私も司くんもあいまいなのよ。二人そろって記憶があいまいっておかしいと思わない?特に司くんって外見と同じでしっかりしてて、記憶力ってすごいのよ。その司くんがその1日のことだけぽっかりわからなくなってるの。だから司くんも私もあの日のことがとっても気になっていたのよ。」

私は相槌も打てず、でもミキさんの話にただ聞き入るしかなかった。

「だから、1か月ほど前に司くんと二人でもう一度糸守にいってみたのよ。」

あまりの話題飛躍に私は耳を疑った。
「なんで?あそこにはもう何もないのに…。」

「そう、6年前に私たち3人が行った時もすでに何もなかったはず。なのに瀧くんはそこに残った。そしてなぜか私たち2人を置いてまた糸守に行っていたのよ。実は私たちの記憶の最後に残ってたラーメン屋さんってのがあってね。そこの親父さんが瀧くんことをよく覚えていてくれたのよ。」

「あ…。」
私は言葉にならない声をもらすしかできない。そうだ。お盆休みにお父さんと瀧くんに一度行ったことがある。瀧くんが高校時代糸守を訪れたときにお世話になったというラーメン屋さんだ。

「その親父さんがね、あの次の日に瀧くんを糸守の林道の奥まで連れて行ったっていうから、司くんとそこに行って何があるか調べてみたの。でも三葉はそこに何があるか当然知ってるよね?」

ミキさんの行動力は私もあらかじめ知っていた。でも瀧くんに関してこれほどとは思ってもみなかった。ミキさんによると、司さんとミキさんはご神体の中に入って、私がお盆に瀧くんと奉納した組紐を見つけたようなのだ。その上で彼女は核心を突いてくる。

「あの組紐って、瀧くんが高校時代手首に巻いていた組紐だよね。」

「はい…。」

「あの組紐って高校生の時には瀧くん”誰かからもらった”って言ってた。それって実は三葉なんじゃないの?」
私は無言でいるはずなのに、無意識にうなずいてしまった。

「そして、あれを最近になって奉納したのも瀧くんと三葉なんでしょ?だとしたら何のためにあの場所に奉納したのかな?」

私はその問いには答えられない。それには私と瀧くんも言葉にしていないようなすべてをうちあけなければいけない。それはとても無理だ。

「あははは。そんな真剣な顔しないでよ。三葉。別にいじめてるわけじゃないよ。」
あまりにも私は思いつめた顔をしていたんだろう。私の顔色をうかがってミキさんが場を和ませてくれた。少し私は言い訳をする。

「あの。ホントに私、全部説明できないんです。でもミキさんに少し隠していたことがあったことは謝ります。ごめんなさい…。」

「三葉ぁ〜、そんなんじゃないっていってるでしょ。でもね、私は言いたいのはここから。」

「え、何です?」

「私ってね、実は男の子を好きになったことなかったんだ。瀧くんに会うまでは。」

「ミキさん。それって…。」

「そう、私の初恋は瀧くんなの。」

いきなりストレートパンチを食らったような感触。このヒト、私のカレシを初恋の相手だって言い出して、まさか今更返せとかいうつもりかな?とかいろんな可能性が脳裏を駆け巡った。

「でもね、その瀧くんは瀧くんじゃなかった。私が好きな瀧くんは綺麗な刺繍ができて、いつも私のことをかわいく慕ってくれて、バイト上がりで疲れていてもいつまで一緒にいて飽きない、そんな瀧くん。」

「それって…。」

「そうよ、私の初恋の相手は今になってふたを開けてみたら、三葉だったって話なのよ。」

ミキさんはすべて知っている。それにしてもここまで理知的に外堀を埋められた気持ちになって聞いていたのに、その結論があまりにも支離滅裂すぎる。私は頭が混乱してしまった。
「でっ、でも私、うれしいですけどミキさんのご希望には添えないっていうかっ!」

「あははは、そんなことわかってるよ。三葉は瀧くんのものだもん。今更三葉とどうにかなりたいってわけじゃないよ。安心して。それじゃあ司くんがかわいそうじゃない。」

ミキさんが瀧くんや司さんの表情を思い浮かべるようなことを突然言ったので、私たち二人は顔を見合わせて思わず吹き出し、声をたてて笑ってしまった。

「でもね、三葉、私の初恋が実は女の子だったなんて悲しいじゃない。だから三葉。セキニンとってよ。」

「えええぇ!?それってどうすればいいんですか?」

ミキさんは深く息を吸い込み、判決を言い渡す前の裁判長のように話す。
「三葉には私の”生涯のパートナー”になってもらいます。」

「え?それって。どういう意味です?」

「だって友達になれって言ったらそれって平凡じゃない?男女だったら結婚して配偶者ってことになるでしょ?でも同性だからパートナー。別に同性婚するってわけじゃないよ。とにかく三葉と一緒になにかやりたいのよ。私。」

あ〜、よかった。同性婚とかじゃなくって。 「何かやるってどーゆうことですか?」

「私、三葉にパターン作ってもらってわかったんだけど、私のデザインで三葉のパターンって最強じゃない?だから三葉とはずーっと一緒に仕事がしたいのよ。」
ミキさんがいたずらっぽくウィンクをしながら、それが名案であることを私に強要してきた。その内容があまりにも突拍子もなくって、すでに私は何も考えられなくなっていた。

===

あれからもう3か月が経ったのか…。

あの日、三葉と瀧くんの秘密とそれに起因する私の感情の変化を吐露して、ようやく私は三葉になんとかパターンメイクの報酬を支払うことに成功した。会社に戻ってからそれまでの顛末を本社に説明したところ、三葉の会社とは従来から付き合いがないわけではなかったが、パターンメイクの外注先としては考えていなかったことを改め、今回をきっかけとしてパターンメイクの外注を開始したいということになった。そしてその条件として通常はパターンメイクしていない三葉をパタンナーに抜擢することを会社間で提案したのだ。

三葉にしたらパターンメイクが本業ではなかった会社に、自分がいきなりその受託業務の最先鋒に躍り出ることになり、最初は戸惑っていたようだが、三葉が私の説得にも応じてくれてからはトントン拍子に話が進んだ。早速夏物の企画が立ち上がっていて、会社をまたいで私と三葉でうちの会社の新しいブランドのスタートに向けて準備をしている。

三葉はわざわざ家でPM検定の勉強なんかしなくても、実務でいやというほど勉強できてしまう環境になり、仕事も忙しくなった分瀧くんの顔は未だ不満顔なまんまだ。どうも私が無理やり三葉を巻き込んでいるというような被害者意識が強いらしく、瀧くんにLINEを入れるたび冷たい仕打ちを受けている。一方の私は千葉支店から本社に戻ることになり、ようやく司くんとの結婚の準備に入ることができそうだ。

お互い結婚してしまった後ではなかなか動きも取れないだろうということで、次の春には三葉と二人でイタリアにファッション調査とベトナムに生産工場視察をすることになっている。お互い会社のお金で行くものの、ある意味私にとってこれが三葉と私の新婚旅行みたいなものになるのではと心は躍っている。相変わらずそれを聞いた瀧くんは不満顔のようだが、私は気にしないことにしている。

三葉と仕事の打ち合わせの後、会社から少し離れたカフェでお昼をとった。

「ミキさん、この前表参道でミキさんの服着ているかわいい女の子がいたんですよ。すっごくかわいくってミキさんのデザイン画のそっくりそのまんまでびっくりしちゃいました!」
三葉が興奮気味に話す。でも私には引っ掛かるところがあったのですかさずそれを正す。

「三葉。まず”私”の服じゃなくって、”私たち”のでしょ。それに敬語。やめようっていってるでしょ?さん付けももう何回いってるのよ。」

「でも、ミキさんってのに慣れちゃったし…。あっ、じゃあ”奥寺センパイ”ってのはどう?」

「だぁめ〜ぇ。ミキって呼んでっ。」
ちょっと茶目っ気を出してみた。自分の歳を考えると少し恥ずかしいけど、相手が三葉ならなんだっていい。

「あはは、じゃあ、ミキ…。私ね、ホントに感謝してる。この1年近く…。ううん、この9年ちょっと。ミキと出会えたこと、こうやって一緒にやりがいのある仕事ができること。まるで1年前は想像できなかった。」

三葉にとっては9年なのかもしれない。でも私にとってはたった6年だ。多少に違和感を感じながら、どうしてこの子は自分の実力とか自分の持ってる本質とか運命的なものにこれほど疎いんだろうと思った。どちらかというと私との関係だって私よりも三葉の持っていた運命のようなものに強く影響を受けているに違いない。主従関係にあてはめると、三葉が主で私は従のはずだ。

「三葉はあんまりわかってないかもしれないけど、三葉の人生って三葉が主役なんだからね。もっと自分を主張しなきゃ。瀧くんには結構言いたいこと言ってるみたいだけど、私にだってどんどん言いたいこと言ってよね。私たちパートナーなんだよ?」

===

ミキさんにそう言われて、ふと昔を思い出した。宮水神社の巫女であり、町長の娘というレッテルに苦悩していたあの頃。日ごろの私をたしなめ、勇気づけてくれたのが瀧くんだ。その勇気のおかげで糸守の最後の日、私はやるべきことを成し遂げることができた。あの後の私が何か達成できたか考えると、それははなはだ疑問だ。ミキさんと一緒に仕事をするようになって、ようやく仕事でもやりがいを感じられるようになった。

そうだ、まだ私には足りないところがある。そしてそれを気づかせてくれる大事な人が瀧くん以外にもいることに気づいた。この目の前にいる綺麗な人。この人を生涯大切にしたい。

「奥寺センパイ…。」
私は思わず思い出の中の言葉を口にしてしまった。

「違うっ!”ミキ”でしょ!」 こう呼ぶのは最後にしようと思い,慈しみを込めて呼んでみたけど、いつも通りのリアクションで返されてしまった。悔しいので少し感謝の気持ちを表してみる。

「あはは。ミキ。ありがとう。大好きっ。」

ミキさんは急に黙って下を向いてしまった。少し責めすぎたかもしれない。そして少しほほを赤く染めて一言。
「三葉。あんた時々すごい破壊力のときあるよね…。」

ミキさんはアイスコーヒーを少し口にして、少し周りを見回した後少し小さな声で、
「私も大好きだよっ。ずっと一緒にいてね。」

思わず私も顔面が赤熱するのを感じるほどのすごい破壊力。愛が重すぎる。瀧くん以上かも知れない。こんなに私は幸せなんだと今更思う。

===

奥寺センパイが三葉とからむとロクなことがないと俺は遺伝子レベルからそう思っている。奥寺センパイが資格試験の話から三葉と仕事上の関係を持ち始めて、あれよあれよという間に一緒に海外出張に行くほどにまでなってしまった。三葉はパスポートさえも持っていなかったのに、いきなりロンドンとミラノを弾丸ツアーで周ることになったようで、今日は少し緊張している様子だ。別にそれを心配してのことではないが、一応俺も仕事を少し抜けさせてもらって羽田に三葉を送りに来ている。

カウンターの前で奥寺センパイと落ち合ったが、奥寺センパイはいきなり旅行慣れしているらしく。上下ジャージだ。一方の三葉はそれなりに気合の入ったジャケットとパンツなので、かなりチグハグになってしまった。結局トイレでジャージとまではいかないが伸縮性の高い部屋着のようなものの上にウィンドブレーカーという変な恰好になってしまい少し三葉の口がとんがっている。

「三葉ぁ〜、エコノミーで10時間以上なんだから飛行機の中はリラックスできる服装でって言ったじゃない。」

「そんなこといっても、そこまでリラックスするって普段のミキから想像できないよ〜。」

いつの間にやら二人はタメ口になり、三葉、ミキとお互いを呼ぶようになっていた。俺は心の中で
”お前たち昔はバイトの先輩後輩だったのにな。”
と不確かでありつつも俺の見ることのできなかった”事実”を思い出す。

間もなくして二人のチェックインも済み、セキュリティの入り口までやってきた。

「じゃあ、奥寺センパイ。三葉のことよろしくお願いします。」

「あぁ〜!瀧くん、そんな私のこと小学生みたいにぃ。」

「あはは、でも初めての海外だから、おなか壊すなよ。」

「大丈夫だって…。あ、食あたりは心配しないでいいけど、食べすぎは保証できないか。三葉ぁ、楽しみにしててよ。特にミラノで美味しいものいっぱい食べようねーっ!」

「くっそー。むかつく。」

「じゃあね、瀧くん。またLINE入れるから。」

ゲートに消えていった二人を見送り、俺は寂しい気持ちよりもなぜか充実感を感じていた。

二人が今”糸”を使う仕事で結びついていることは、なぜか未来の糸守と関係しているような気がするのだ。そして俺の人生もそれとは離れられない。そのために俺の生きる意味があるような気がしている。

なんといっても俺は三葉の目を通じて見たあの美しい糸守町に魅了されてしまったのだ。あれをもう見ることはできないとしたら、誰かがもう一度作ればいい。人が生活をしていく中で作り出されている風景、それを俺の人生の中でしっかりとみていきたいのだ。そしてその作り手になっていきたい。

まだそれは三葉にも打ち明けていない。こんな話は今の三葉に話をしても混乱させてしまうだけだろう。しかし必ず三葉と俺はそんな役割を果たさざるを得なくなるはずだ。それまで三葉が奥寺センパイがいろいろなことにチャレンジするとしても、それのすべてが無駄ではないように思う。

心に言葉が浮かんだ。遠い昔の一葉おばあちゃんの声だ。

― これもムスビ ―

そう、俺たちは必ずあるべきところにおさまるのだから。そんな気がするんだ。

===

 第九章 完

 

KEN-Z's WEBのトップへ