通学路(その6:銀水橋〜夙川学院短大前)

そろそろこの直線もゴールに近づいてきたところで当時開業したばかりのローソン獅子ヶ口(ししがぐち)店だったかがあったはずだ.入学当初はなかったが3年の時には既にあったと思うので,多分在学中にオープンしたのだと思う.何度も行き来した風景なのにここまで記憶が曖昧というのは当時コンビニ自体が珍しい存在であり,開店してしばらくは私も恐れ多い感じがしていたのか入店の機会が極めて少なかったものと推測する.まあコンビニなんてのはどこもかしこも同じようなつくりであるだろうし,元来記憶にとどめにくいものなのであるが.記録によると90年代の後半にこのローソンは閉店してしまったようであるから,谷川さんが意図しているのもあのローソンであるはずだと思っている.

しかしハルヒアニメではここがファミリーマートになっていて,実際の立地より少し下ったところにずれて存在することになっている.少々の大人の事情があったのは推測に任せるとして,このファミリーマートは消失においてさまざまなキーとなる局面で登場する.ちなみに消失のキョン君が持っているレシートにシシケロ店と書いてあるのはこの獅子ヶ口を表すのにカタカナ表記と漢字表記を都合よく使い分けた結果である.また現在ここよりずーっと下っていったところにファミリーマート西宮獅子ヶ口店というのがあるが,こちらはごくごく最近オープンしたもののようで,アニメの題材にも谷川さんの思い出にも合致しないものであるはずだ.

さて,直線の終わりで夙川と交差する銀水橋をわたることになる.強制ハイキングコースの中においてこの橋の上は傾斜が少なくなるためいったん疲れた足を休めることができるポイントでもある.また当時はマンションなども少なく下流に向かって広がる景色も見れたのである意味絶好の休憩ポイントなのだが,登校時はそんな余裕もなくなりふりかまわず上っていくのみだったと記憶している.

消失において長門とキョンくんがこの銀水橋の上を冬の日没後下ってくるシーンがある.ここもよくあの場所のあの時間の情景を表現してもらっていると思う.銀水橋は川下のほうに歩道があり,傾斜があるところに来て川を渡る機能を持っている手前,地図で見ると緩やかなクランクのような形をしている.今はどうか分からないが,当時この橋の周辺は歩道に向けた照明はなく,夜間は結構な暗がりを歩くことになってしまう.そこを照らす唯一の明かりというと下ってくる車のヘッドライトがちょうどクランクに差し掛かってきたところあたりで,我々が下って歩いているところを背中から照らすように一瞬光軸が合致するのである.一瞬の高輝度とその前後の徐々に暗くなっていくところの描写はその場所をその時間にロケハンしなければ表現し得なかったところなのではないかと思うのだ.

また,その輝度の揺らぎがしおらしい長門とそれに若干戸惑いつつも手がかりを見つけようとするキョンくんの気持ちの両方をうまく現しているように思う.この明暗のあるシーンがすぐ後のコンビニ前で明かりのあることでお互いの表情がしっかり見えるところでの長門の提案につながり,見ている側からすると長門の決心にいたる感情の高まりに対しより一層合点がいくようになるのである.

さて消失の長門とキョンくんとすれ違う形でさらに山を上がっていこう. 銀水橋を渡ったらすぐに夙川短大の校門の前にさしかかる.ここも同じみの登校シーンやサムディ・イン・ザ・レインで幾度も登場しているが,このルートで登校する北高生にとっても印象的な場所である.残念ながら放映時には残っていたものの,現在は夙川短期大学自体,この場所からポートアイランドに移転した末に運営法人の資金繰りの失敗の影響を受け,閉鎖となったので,今となってはこのポイントを夙川短大の校門前というのは誤りのような気がする.ここは元夙川短大の校門前といっておくべきだろうか.話は戻って,この銀水橋についてである.橋というものは一般的に大きく傾斜をつけて渡すと強度バランスが悪いので,このような急傾斜地の川を横切るようにかける場合はその前後で勾配を稼いで,そのマージンを生かして橋の傾斜を最小限に抑えるのがセオリーである.

この銀水橋は上りに向かって右側の山側からの合流路がある都合によりその傾斜を稼ぐ部分が上流側に大幅に偏っており,橋を越したあたりからとたんに勾配がきつくなるのである.その証拠にハルヒアニメのシーンでもこの短大の校門の右手から左手にかけてかなりな高低差が見て取れる.すでに聖地めぐりでこのポイントを訪れた方はよくお分かりかと思うが,実際もこのシーナリーのまんまの勾配で誇大表現は皆無なのだ.

歩いている我々からすればここでギアを2つ落としするような感覚で若干気合いの入るポイントなのである.またここからしばらくは歩道が狭いため並んで歩くことが困難になり,すぐ横をうるさい大型車がフルスロットルで駆け上がっていったりするので相手の声が聞き取りにくくなる.したがってそこまでは合流した友人達とばか話しに花を咲かせてきたが,これ以降の会話は暗黙のうちに自粛するといった雰囲気に自然となってしまうわけである.

そんな会話の区切りをつけるポイントがこの短大前なのであるが,キョンくんがサムディ・イン・ザ・レインでストーブを抱えながら雨の中上がって行くシーンはまさにそのような会話の相手もいない中とぼとぼと一層の急勾配に挑むという過酷な状況を表現することで,キョンくんの入学以来の成長を表したかったのではないかと思う.そもそも私の高校時代の性分から考えると学校に朝到着した時点で既に十分すぎるほど疲れているのに放課後に一旦山を降り,今度はストーブのような重量物を持って雨の中北高に戻るなんて当時の私はいくらハルヒ的美少女にツンデレ気味に言われたとしても即答で御免こうむるはずである.

もし勢いに負けて受諾したとしても,多分私だったら恐らく一旦山を降りてもストーブを受け取ってそのまま家に一旦帰ってから翌日朝に持参したり,はたまた誰か車でも持っている知り合いに送ってもらったりするであろう.そういった点からもキョンくんのこのハルヒの指令に対する従順さはとてもとても私なんぞが理解できるものではないのだが,このサムディ・イン・ザ・レインではわざとそのような状況を表現しているように感じる.この一見常識はずれな苦行を魅せることでSOS団の一年近くの活動を経て精神的にも肉体的にも成長したキョンくんを印象付けようとしているのではないか?と思うわけである.もしそうであればこのシーンはアニメの最終話であり,次の消失につながる下地作りとしてもっともふさわしいのではないかと思ったりするのである.

なお話が思いっきり変わってしまうが,短大の門の前を通りがかったわけだから,それにまったく触れないのもおかしいだろうということでちゃんと触れておこう.当時の他校の友人たちやこのwebをご覧になっている方々の中には,このように通学路途中に女子短大があるとさぞや美しいおねえさま方もいらっしゃって,浮き名は馳せないまでも目の保養ぐらいになったのではないかと勘ぐるゴジンもおられるかもしれない.しかしそれは全くの期待外れである.

まずそのおねえさま方と我々では通学時間帯に一時間以上のタイムラグがあり,朝は当然のことのようにお一人たりともお見かけすることはないし,帰りについてはいつもは日暮れ時にならないとこのポイントにさしかかることはないので,朝と同じく接点なし状態であることは変わらないのである.また短大とはいえ当時レジャーランドと呼ばれた大学の一端を担っていたこの大学も例外なく学生が足しげく登校せずとも単位が十分ゲットできたであろうから,登校する学生の絶対数が少なかったという事情もあろう.

それでも例外的にテスト期間中などはごくごくたまに遭遇することはあったが,私としてはそんな局面でさえもあまり萌え上がるような劣情を感じたことはないので,よっぽど当時私がウブな性格であったか,そのおねえさま方がそれほどでもだったのかのどちらかだろう.今となっては思い出を美化したいばかりにそれが前者であったことを祈るばかりな私なのである.

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