通学路(その7:ガソリンスタンド〜角石橋)

私の登校時分は夙川短期大学脇の急勾配エリアがひと段落したら甑岩町方面から上がってくる道との交差点左手にドライブインがあった.ドライブインということば自体とても古めかしい響きを持っていて時代を感じさせるが,ここが実はクラスメイトの自宅だったりしたのでどうしても登場してもらう必要があるのだ.その実ドライブインといいつつ普通のレストランであるのだが,まあ昔は高速道も縦横無尽に張り巡らされていなかったので,こういった短い峠道の途中にはだいたいドライブインなるものがあったりしたそんな時代の話である.今はそういった個人営業のものは淘汰されていき,コンビニや道の駅などの大規模施設に姿を変えているといういわば歴史の流転のなせる結果というわけだ.

話は戻ってそのドライブインが自宅であるという同級生はここから北高に通っていたわけなので我々からすれば彼はある意味羨望のまなざしで見られる対象でもあった.というのも彼の場合自宅を出た時点で我々のそれまであくせくと稼いできた高度をすでにゲット出来ているわけで,それは将に私が登校において毎日のように不毛に蓄えては放出する位置エネルギーの約2/3にも値するのである.ちなみに当時はこのドライブインを最後にグラウンド脇の心臓破りの坂の下までは人家と呼べるものは存在せず,まさに彼の自宅こそが私の使う通学コースの中ではもっとも高度,距離ともに北高に近いと言えるロケーションであったのである.

例えば夏場にたまにその彼とその自宅前で遭遇したりすると,こっちはすでに駅前辺りからかきはじめた汗のせいで濡れネズミ状態な一方で,彼の場合はその見えうる限りの皮膚が全くの湿気ゼロのまるでサバンナ気候状態なのである.加えて髪形もバシッと決まっていて,あまりのギャップに笑うしかなかったりした.もし私があのロケーションに住んでいたとするならもう少し身だしなみにも頓着し,また一味違った高校生活を送っていたにちがいないなどと今さら無駄な想像力を掻き立ててしまうほどなのである.

ここを過ぎると県道の左手に関西の有名進学校の中で当時一二を争っていた甲陽学院高校の敷地が迫り,深い薮がフェンス越しに続く.ちなみにここで甲陽学院について多少触れておこうと思う.光陽園学院という名前は消失においては重要な役割を果たす学校であるが,ここが改変後は県内有数の進学校ということになっている.将に甲陽学院の属性が改変でそのまま光陽園学院に移植されたような感じだが,実際アニメで使用されている光陽園学院のモデルや立地は後述する夙川学院のものである.まあ製作側の意図か学校側の意図か定かではないが,本当はこの甲陽学院こそが光陽園学院のモデルでありなんらかの事情でそれがアニメでは実現出来かなったとしたら,本来キョンくんはあれほどの長い距離を走らなくても良かったのではないかと考えるとまたまた乙なものなのである.

さて乙な気分で逆サイドに目をやってみよう.しかしてその右手はというと夙川の河原まである程度距離があって,かなり広い敷地が広がっている.ここは記憶している限りでは当時庭石などの石材置き場に利用されていて,左右ともにこれといった特徴もない風景が続いていた.もうここらまで来ると一年生は周りと会話しないばかりか自分の足元しか見ていなかったりするいわば我慢のしどころとなる.

ハルヒアニメではこの対面の石材置き場であったところにガソリンスタンドが立っており,実際も以前家族で帰省したときに通りがかったときに私もそれを現認している.まあいずれにしてもここらへんの区間はだらだらそれなりの勾配が続く長い直線でありガソリンスタンドぐらいでは気が紛れることはないと思うから,通学する北高生にとっては今も昔もそれほど事情は変わっていないはずである.

この直線の終わりに再度夙川を渡る橋がある.情景的にもあまり特徴のない橋であるからかこの橋はハルヒアニメの中にも登場しない.そのため,この橋の名前を調べようとしてもなかなか簡単ではなかった.一応ご紹介しておくとこの橋は明礬橋というのだそうだ.恐らくこの橋近辺の夙川の河原辺りで明礬が昔よく採取出来たとかそういったのが名前の由縁なのだろう.

さて,この橋を渡り切ったところで,当時はなぜだか歩道がぷっつりとなくなっていた.前述の明礬橋は車道と歩道が全く別にかけられており,必要以上に歩車分離が成立していたにもかかわらずである.この区間は県道が山際を迂回するようにカーブしているところに来て,橋の近くということでそれなりに勾配もある.その上左手には夙川の河原が迫り,車道の幅も相当に狭い.ここを二人並んで歩こうものなら車道側の奴は間違いなく知らないうちに上りの車に引っ掛けられて轢死していることだろう.それに二人並んで歩けないということはすなわち追い越し出来ないということを意味するわけで,比較的歩みの遅い1年生がここでそのままのペースで歩いてしまうと後ろにそれなりの速度で追いついてきた上級生たちがたまっていくわけである.あまりにも遅いと業を煮やし舌打ちをしながら追い抜いていく上級生が現れたりして,朝から気まずい思いをしなければならない.したがってここは一年生とそれ以外,または男女が関係なく無口に下向き加減というより前傾姿勢のまま一層足早に駆け上がるポイントになっていたと記憶している.

現在ではここに,その当時我々が待ち望んで止まなかったあの歩道がまさに出来上がっている.まあ私もずいぶん前にうわさには聞いていたが,前述の帰省の際ガソリンスタンドの存在に気づくに至った途上でそれを現認し,感慨に浸ったのを覚えている.なお気になるのはこの歩道が谷川さんが在学中にすでに存在していたか否かであるが未だその正解につながるような情報にはありつけていないのである.

さてそのまま生命の危険を感じつつ上っていくと歩道のない区間の途中に橋があり通学路としてはここで県道とはお別れとなる.またまた夙川を渡ることになるが,この橋の名前は角石橋というらしい.この橋は県道の橋でもないしどうも甲陽学院やほかの施設のために作られたような橋でもあったので,名前がついているとさえも思わなかったような橋である.したがって今回名も無き橋とでも紹介しておけばよいかと思っていたのだが,実のところまさか今更この橋の名前を調べてみてこんないとも簡単にたどり着けるとは思わなかった.前述の明礬橋の方が県道の橋であるわけで,明らかにハルヒアニメで映ったかどうかで知名度が完全に逆転してしまっていて,なんだか滑稽でもある.あまりに明礬橋がかわいそうに思えてくるので次回作では明礬橋の方もぜひ登場させて欲しいと思ってしまうのは私固有の親心のようなフィーリングの成せる業だろうか.

そうは言ってもここでは角石橋の方についてコメントすべきであろう.まずこの橋の当時の印象はとにかくホッとする橋というものである.まず勾配がこの橋の上は完全にゼロになり,時間にして約20分ぶりの平地にたどり着けたということでホッとするのがひとつ.次に歩道のない危険区間を抜けてきたという動物の持つ本能的な事情に基づいたホッである.あとはこれと関係してはいるが交通量の少ない道路で友人達と再び並んで歩きながらゆったり話しが出来るようになったり,あと少しで北高にたどり着けるので多少時間的な余裕を感じることが出来るようになるのもこのポイントなので,この角石橋というのはなおさら我々に癒しを与える橋といえるのである.

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