二人が降りた駅について

まず実際の劇中と違う現実的なところから考察してみますが,エンディングに向かうところで,二人が下りた駅を三葉が四ツ谷,瀧くんが信濃町で降りたとすると須賀神社の現実の配置を考慮してあのような出会いのシーンが自然に出来上がると思います.駅からの距離としては先に信濃町に2分程度早く着いた三葉の女性の足で小走りする距離と四ツ谷駅から瀧くんが全力で走る距離ということで考えれば,ちょうどあの階段になりそうかなと推測します.でも実際のストーリーでは瀧くんは四ツ谷から新宿に向かって走っている中央線快速で三葉の乗った中央線緩行にめぐり合い,新宿で急いで降りたということになっています.ということは瀧くんは新宿駅から須賀神社まで走る必要があって,結構な距離を走ったことになります.千駄ヶ谷で降りた三葉とはあまりにも距離が違います(約2倍)ので,瀧くんの全力疾走ぶりがうかがえます.また,三葉が千駄ヶ谷で降りて走っているシーンでは逆方向に走っているようなシーンもあります.要は何分走ったかとか,どのルートを走ったかとか関係なくなぜか二人ともあの階段に引き寄せられるようにたどり着いたということが大事で,降りた駅とかルートとかはその風景とかロケーションが大事なんでしょうね.

ちなみに千駄ヶ谷のあの改札はもう工事中で見ることはできませんが,同じ出口が3月のライオンでも使われています.あっちは将棋会館への最寄りの改札ということで必然ではあるので本作とは対照的な使われ方のように思います.

少なくとも高校時代瀧くんが住んでいるのは奥寺先輩との待ち合わせに走っていったことから四ツ谷駅の近傍ということになります.するとあのシーンは朝の出勤時に四ツ谷から乗り込んですぐにドア越しに現認して新宿で降りたということになります.しかし小説では8年前の三葉が下りた駅のアナウンスでそこは四ツ谷ということになっています.その時瀧くんは車両を降りていませんので瀧くんの最寄り駅は8年前と5年前とでは違うということになります.あと,東京に初めて出てきて(夢の中をのぞく),帰りは東京駅から新幹線に乗る三葉が四ツ谷で降りるのは,総武線ではなく中央線に乗り換えたかったからなんでしょうね.そろそろ糸守に帰らないとという時間帯,いわばラストチャンスだったんでしょうか.

さて,ラストシーンに向けての部分に戻ります.確かに並走シーンでは瀧くんの乗った中央線は画面において左側に進行していますし,新宿方面に走っています.また小説では並走しているときの二人の最短距離が1メートルとありますが,並走して2つの列車がこの距離になるのはお茶の水から水道橋までの間の中央線が下をくぐって交錯するまでの区間のみになりますし,直後にはその間に電車が割り込んだということになっていますから実際この区間で並走→交錯区間→上り電車とのすれ違いが起きることはないでしょう.映画では二人の間に現れるのは電車ではなく,駅か何かの構造物になっているので短時間に並走状態から電車が間に割り込むのは無理と判断して変えたんでしょうか?

となると映画ではやはり電車の停車駅も含め実際と違う位置関係をうまく脚色して構成されていることであの美しいシーンが出来上がっているといえるわけで,新海さんやスタッフの方々がいろいろ考えを巡らせて作りこんだ証なんだと思うわけです.

他にも鉄道関係で行くと,新海監督やスタッフの皆さんが作りこみを優先して事実をあえて違う画像に仕立て上げた部分は多く存在します.

・瀧くん,奥寺センパイ,司くんで名古屋方面に行く新幹線の座席が進行方向に対し逆.
・三葉の乗った新幹線が東京タワーに対して進行方向が逆.
・三葉の糸守から乗り込んだ駅は秋田県の秋田内陸縦貫鉄道「前田南駅」がモデル?
・三葉が当日改札を入ったのは副都心線の北参道駅

といった具合です.特に最後のは副都心線と総武線の乗り継ぎして千駄ヶ谷で降りるなんてほぼあり得ませんので,やはり手持ちのマテリアルの中から適した背景をチョイスした典型なんでしょうね.まあ実写映画でもいろいろ脚色に応じてロケーションが事実と違いなんてことが多くありますし,新海監督はそれに加えてアニメで表現するメリットとして光の方向を自由に変えられる点など挙げています.確かに秒速5センチメートルでは実際だとかなり地味な印象の115系の車内を写真と見まごうばかりの姿で表現してくれています.私も一時期外注さんがその地域にあったので,例えば雪の中115系に乗って高崎線とか宇都宮線を往復したのですが,その思い出がよみがえって,両毛線の薄暗い中2時間も待たされる貴樹くんの不安が必要以上にわかってしまった覚えがあります.

まあ本作のラストシーンにおいても脚色はかなりうまくストーリー構成に役立っていて,実際と違うけども,あえてそうしたというところが多く見受けられます.もし総武線と中央線快速で四ツ谷と千駄ヶ谷の間であのようにお互いを現認したら,ちょっと考えれば二人とも新宿で降りて,瀧くんがコンコースで待っていれば一番あえる確率が高いんでしょうけど,あえてそうせず,二人とも思わず無意識にとにかく次の停車駅で降りて,走りまくってでも会えると信じてあのシーンにつながったとしたら,それはそれでこのほうがドラマチックなんだろうと思うわけです.

なお,新宿と千駄ヶ谷の駅からアプローチして出会うという点で,距離的には言の葉の庭の東屋が最適なのになとか私は思ったりします.実際のところ雪野先生の場合は千駄ヶ谷で電車に乗れずに改札を出てしまった設定なんですが,降りた改札も含め今回の三葉と同じです.雪野先生と秋月くんの場合,お互い降りた駅の改札からほぼ最短距離であの場所へたどり着いたということで,かなり自然に出会っています(同時に到着する必要はありませんが).まあ今回の二人ともがわざわざ入苑量を支払って御苑に入るという設定はあまりにも無理がありますので,あの東屋で出会うというのはさすがにないでしょうね.ということで今回は全然あさっての方向に二人とも行ってしまっています.それでも自分の足でずいぶん長い距離を経たうえで二人ともがあの階段に来たということは運命的な何かを感じざるを得ません.これぞムスビなんでしょうね.

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