再現の日の三葉のあれ

今回は少しエッチなトピックになります.といっても重要なポイントではないかと思いますので,それでもどうしても紹介しておきたくって書かせていただきます.決していかがわしい気持ちで書いているわけではありませんが,こう言った事を書けば書くほどいかがわしくなってしまいますので,言い訳はここら辺までにしておきましょう.

三葉が東京に行った翌日の朝.幸運にも瀧in三葉で目覚めることが出来,瀧くんは再び三葉に入れたこと,むしろ三葉が生きていることに感動し,また朝の例の儀式をやってしまいます.で,このときお胸にはそれまで三葉が用心してつけてきたあれがついていません.これは制作側の誰も明言していませんが,ところどころそれがわかる表現がなされていたりします.

まず1点目.瀧in三葉で自分の肩を抱き,喜びに打ちひしがれるときや四葉に襲い掛かる(?)ときに肩ひもが見えません.それまではあのパジャマの時は肩紐が見えているのに,このシーンでは描かれていません.確かにはだけていないから見えないだけという考え方もできますが,ここはあえて描かなかったと考えてみることにします.

次に瀧in三葉に揉まれているときの形状変化の様子です.ご神体の朝に瀧in三葉が少しつまらなそうに揉んでいるときの形状の変化とは明らかに違います.なんていうんでしょうか,柔らかく変形しているような感じに作画されています.なお,この作画は極めて入れ替わり初日の作画と同じような感じになっていますので,していない疑惑ががぜん高まってきます.

最後に,これは瀧in三葉ではなく三葉自身になっていますが,神社を飛び出して転倒して手のひらを見つめて走り出すところ.この少しスローモーション気味になっているときの胸の作画が,あきらかにつけていない感じで描かれています.まあ,感動的なシーンなのにお前はいったいどこを見てるんだとお叱りを受けてしまいそうですが,まあ何回も見ていると自然に画面全体くまなく見てしまうのも無理はないということでお許しください.

さて,その仮説の上でどうしても次に気になるポイントが生じます.それはなぜこの日の三葉がなぜ付けていなかったか?ということです.

ストーリー上はその前々日が入れ替わりの最終日ということになります.でもあれが最終なのかどうかは三葉も瀧くんも知る由はありません.それに気づくのは何日もあと,しかもそれは瀧くんだけのはずです.ここで三葉の時系列に添ってだけ考察していきましょう.三葉はその前々日(入れ替わり最終日のとき)にデートを取り付けて,次の朝自分の気持ちに気づく,そして総武線の車内で思ってもみなかったつらい目に合うわけです.それは三葉にとって計り知れないショッキングな出来事だったことでしょう. あれほど会えば絶対にわかると自信を持っていたのにわけもわからず邪険にされ,その理由もはっきり言って納得できなかったでしょう.それはこの世に私の知っている瀧くんはいないのではないかということ,すなわち自分はやっぱり夢を見ていただけなのかという,自分の記憶の不正確さをいきなり意識せざるを得ず,混濁したような中ようやく夜に帰宅して,着替える間もなくやにわに髪を切ってもらったわけです.

そのあとどんな気持ちで三葉は眠りについたのでしょう?私はそれでもやっぱりまだ瀧くんに対しての未練があったのではないかと想像しています.

ほとんど失恋したような絶望的な気持になりつつも,現実には出会えなかった瀧くんにもう一度会いたい.だから明日の朝にできればもう一度入れ替わりが起きてほしかった.もしそうなったときには,もう瀧くんに何も制限をつけず,瀧くんの好きなようにしていい.だからもう一度でいいから入れ替わってください.

三葉はそんな気持ちで床に入ったのでは?と想像してしまいます.なのでその夜はスマフォに何も瀧くんをたしなめるようなことは一切書き込まず,胸につけるものもつけず,神さまに祈るような気持で眠りについたのでしょう.だから再演前の朝では起きてから入れ替わりが起きていなかったことにもうあの瀧くんには会えないのではないかとさらにショックを受け,珍しく学校を休んでしまったのだと思います.

ここまでしている,していないを話題に挙げてきましたが,私ももういい歳のオッサンなのでそのポイントだけをここまで熱く語ろうとしたわけではありません.要はこんなポイントにさえもしっかりと三葉の気持ちを推測できるようなエッセンスとして観る側の想像力を刺激するように作りこんでいるという,本作の演出の細かさに感心してしまうというのをここで言っておきたかったわけです.

あとそれに加え,それほどまでの細かい描写をしっかり作画で表現しきった安藤さんの作画力も日本を代表するアニメーターとしての凄みを感じてしまうのです.

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