総武線,中央線の車内,駅にて

エンディングやそれに至るまでの数多くのシーンで,総武線や中央線の列車,駅が多く登場する本作ではありますが,今回はそこにフォーカスして語ってみようと思います.

<バイトしていたカフェの位置>

三葉in瀧が初めてバイトに臨み,帰宅するときの乗り換え案内を見ると,始発は恵比寿になっています.モデルになったカフェはもうご存知のように御苑の前ですので,ここはあえて設定上のカフェは恵比寿にしておきたかったのだと推測できます.これは後になって奥寺センパイと三葉in瀧がバイト上がりにお茶をするのが渋谷であるとか,バイトの行き帰りに恵比寿に加え原宿,渋谷とおしゃれな街が連続している沿線を経ていなければいけないという思惑があったのではと推測します.ということは,奥寺センパイのスペックやバイト先がおしゃれなカフェであるという設定に総武線では物足りなさが出てしまうと考えたいうことになります.まあ,瀧くんのうちの最寄駅が四谷であったなら,バイト帰りに御苑からわざわざ総武線にのらないで,丸の内線に乗ってしまうということになりますから,電車の中からお互いを認識して出会いにつながるというところには設定上の齟齬が大きすぎたのかもしれません.

<FUN TOKYO>

彗星の前の日の代々木の駅,疲れ切った三葉,その背後にはFUN TOKYOのポスターが並べて貼られています.三葉は瀧くんに会いたい一心で歩き疲れ,途方に暮れるような気持ちでその代々木駅のベンチに座ります.その背後のFUN TOKYOのポスターは東京在住の人や,仕事で東京に来た人に少しでも東京を楽しんでほしいという意図で用意されたものです.そのポスターの意図と三葉の現実があまりにも対比が激しく,余計に三葉の感情が手に取るようにわかるようになっています.ちなみにこのシーンで電車をぼっーと見送る三葉に映る電車の影を見ていると,実際の総武線よりも電車の両数が多いことがわかります.まあ,ここらへんは実際と違っても全然問題ないところなんで,むしろ三葉の表情の描写のほうに集中してみたほうがよいでしょうね.

<総武線車内での遭遇>

そんな感じでぼーっと総武線の電車が入線してくるのを眺めていただけに見えた三葉の表情が突如変わり,車内にいるのが一目で瀧くんと気づきます.実際はあんな鈍行電車といえど,何両も前のそれも座席に前に立っていたような人を見極めるのはある意味不可能です.でもそれは三葉と瀧くんだから可能だった.会えば必ずわかる.と三葉はなぜか確信していたのです.でも三葉は苦労して車内に乗り込み,満員電車の中初めて自分の体で人をかき分け入っていきます.そこで瀧くんの前に立ってようやく気付きます.”あれ?瀧くんがなんか小さい.”

でも後には引けません.なので気を取り直して勇気を出して声をかけます.で,結局のところ瀧くんに冷たくあしらわれ,心が折れてしまいます.それはすでに自分の知っている瀧くんと,本当の瀧くんが違うというような普通の失恋ではなかったと思います.好きとか嫌いではない,ただ知らないと言われた三葉のショックは計り知れません.帰りの新幹線の中で,なぜそんなことになっているのか,わけがわからないものだから余計にあがいても無駄だと思い込んでしまった.だから髪を切っってもらう決心をしたのでしょう.そのようにして失意の中一旦完全に瀧くんをあきらめてしまった.その落ち込みがあるからこそ再演のカタワレ時の再会に深い感動が生まれるのだと思います.

<なぜ三葉が降りた駅が四谷なのか>

ちなみに代々木の次の駅は千駄ヶ谷ですし,その次は信濃町,四谷はその次ですから快速の走っていない総武線では三葉が乗り込んでから2駅分瀧くんに声をかけるまで時間がかかっていたということになります.映画では三葉が電車に乗り込んでから降りるまでにドアの開閉シーンや駅で停車するシーンはありませんので,ここらへんの設定が実際と違うのは製作上の都合が大きいんだと思います.まあ,あんまり気にしないでおきましょう.

でもう一つの疑問がわいてきます.というのも瀧くんのうちの最寄駅が四谷なのに三葉が降りて,瀧くんが車内に残るということについてです.私もはじめここに違和感を感じていたのですが,新海さんが公開後のコメントにヒントがありました.新海さんは瀧くんのお母さんは離婚していて同居しなくなったと考えているいうことでした.で,その時期はいつごろなのかな?と想像してみました.で,参考にしたのが言の葉の庭の秋月君の設定です.秋月君も両親が離婚していて,お母さんとお兄さんと同居していますが,その離婚の時期が中学生のころということになっています.ということだと,瀧くんの両親の離婚も瀧くんが中学生のころという設定がふさわしいのではないかと思うのです.そしてその家庭内が混沌としていた時期がまさに三葉と出会った頃であったなら.

秋月君もその時期に付き合っていた先輩に自暴自棄とも取れる態度をとってしまい,後悔するというシーンが出てきます.瀧くんもその家庭内のいざこざから精神的に不安定でもあり,そのため三葉に対する予想以上の冷たい態度をとってしまったのではないかと想像してしまいます.で,そんな想像とともに,その時期の瀧くんのうちは四谷ではなく別の場所であったのではないかと想像します.国家公務員の官舎というのは入舎規則が細かく設定されているケースがあり,妻帯者とそうでない場合やあるいは同居する家族の数などで入れる官舎が異なります.瀧くんのお父さんも離婚前は家族で入れる官舎であったのに,離婚を機に同居人数の都合上四谷の官舎に引っ越しせざるを得なかったのかななんて思うわけです.なのであのとき瀧くんは四谷の駅では降りなかったのだと思うのです.

そして,私はこれに加えてもう一つ想像を膨らませてしまいます.瀧くんに冷たくされ落ち込む三葉ですが,四谷に着いたところでごく自然に電車を降りようとします.小説では三葉はその場にいたたまれなくなって電車を降りるというような描写になっています.でも三葉は記憶が若干薄まるとはいえ,高校生の時の瀧くんのうちの最寄駅が四谷だということをこの時点で理解はしていたはずです.ということは当然目の前にいる瀧くんも同じ駅で降りるはずと考えていたと思います.

それがなぜか瀧くんは電車を降りる気配がない.慣れない満員電車の中,人目もある中辛い目にあってはいたものの,その時点ではまだ三葉は瀧くんと電車を降りた後に話をしてでも何とかしたいと思っていたかもしれません.なのに三葉の予想に反して瀧くんが電車を降りなかった.そこで瀧くんとの距離が意図せず離れてしまったことを何かでつなぎ留めたかった.だからとっさに組紐を渡したのではないか?と思うのです.

四谷で瀧くんが降りなかったことも含めて三葉はさらに混乱していたでしょう.そしてそのまま新幹線で糸守に戻っていくわけです.恐らくさんざん歩き疲れていたでしょうが,新幹線の中で三葉は一睡もできなかったのではないかと思います.考えて考えて,考え抜いて瀧くんが自分の夢の中にしか存在しなかった人なのだと思い込むことにしたのではないかと思います.

まあ,私の妄想がかなり暴走している部分もありますが,総武線を中心としたロケーションや背景を考えながらあのシーンを見てみると,それだけでもなかなか面白かったりするわけです.

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