三葉の現在の家について

今回はあまり語られることのない三葉の新しい家について語ろうと思います.というのも宮水神社をはじめとする宮水家についてはその糸守の風景とともに様々な資料もあり,十分すぎるほどの情報量があります.一方瀧くんの部屋もそれなりに時系列で追いながら変化しているところもあり,それなりの注目度があります.したがって登場回数も少ない三葉の新しい部屋に注目してみようと考えたわけです.

まずはその部屋に至るまでの経緯を簡単に考えてみます.おそらくあの後の三葉はしばらくは避難していたとものと思われます.その後直接東京に移ってきたか,その間仮設住宅を経由しているかのどちらかであろうと考えられ,少なくとも避難と転居を経てラストまでは8年が経過していることになります.そして家族が同居しているかどうかについてですが,三葉は家族とは同居していないような気がします.加えて可能性としては一葉おばあちゃんは糸守の近くに住んでいるのか,それとも8年も経っているのでお亡くなりになっているか様々考えられます.プロローグとエピローグの周辺でこの東京の三葉のうちの中が映りますが,この雰囲気からすると少なくともおばあちゃんが同居しているような感じがしません.それは台所周り,洗濯機の周りなどが映り込んでいますが,それらが適度に雑然としている感じで,おばあちゃんが同居していたならばもっと整然といろいろ収納してしまいそうな気がするからです.

私の想像ではその一葉おばあちゃんは,おそらく宮水家の誰もが糸守あるいはその近傍から離れることを拒み,そこにいまだご存命のまま住まわれているのではないかと思います.これは原作者の意図とはあまり関係なく,1ファンとしてやっぱり瀧くんと一葉おばあちゃんをもう一度引き合わせたいという想いがそうさせるのかと思います.そして是非”ムスビ”の話を再び瀧くんにしてあげてほしい!すいません.ちょっと暴走しました.

話は戻って三葉の新しい部屋ですが,作りとしてはハイカラな感じではなく平成に入ったあたりで建築されたような少し年季の入ったアパートになっています.これは前作におけるユキちゃん先生の東京での部屋でも言えることであり,新海監督が自分の生み出すキャラクターに生活感を出すため敢えておしゃれな部屋にしていないのではないかと考えています.例えば,廊下わきの洗濯機をまたいでいるスチール棚なんかはいかにも一度仮設住宅で生活するのに買って,お金に厳しい三葉の性格上捨てるに捨てられず東京に来ても使い続けてしまっているようなストーリーを想像してしまいます.

また,それ以上に細かいポイントにフォーカスすると,玄関わきの棚の上にもまたハリネズミのぬいぐるみ(?)がおかれていたりして,ここからいまだに三葉の好みが変わらないということがわかります.ちなみに三葉のハリネズミ好きが何に影響しているか,一つだけわかったことがあります.そう,瀧くんのヘアスタイルが小説でも”ツンツン”頭と表現されています.となるとハリネズミの風貌と瀧くんが潜在的に三葉のストライクであったのではないでしょうか?また一方で瀧くんについては自らが8年前に刷り込んだ記憶を元に黒髪ロングフェチに陥れた末に潜在的でありつつもがっちりと心をつかんでいたのだとしたら,三葉ちゃんってすごいフラグ立てんのうまいな〜なんて感心してしまうのです.

ちょっと脱線しましたが,ちなみに三葉が冷蔵庫を開けるシーンで冷蔵庫わきに貼られているごみの分別案内のチラシが,千葉県香取郡神崎町(こうざきまちと読む)のものを参考にしているようです.なかなかこのチラシというのは町内に住んでいる人にしか配られないものであり,背景の美術さんの中に千葉出身の方がおられるのでそのご本人かお知り合いの人のお宅の台所まわりがほぼそのまま資料に使われているのかもしれません.なおこのチラシは町ごとに製作しているようで,香取郡の中でも町によってこのデザインは異なりますし,神崎町自体そんなに広い町ではありませんので,比較的近くに住んでいる私はこんなワンポイントさえもうれしく感じてしまいます.

なお,糸守の街並みはいろいろな場所にある現物や想像上の建物の寄せ集めで成り立っているようです.実は三葉たちの通学路にある『中川精肉店』のモデルが,この神崎町のすぐ隣の香取市の佐原駅の近くにある『蜷川家具店』の建物であるといわれています.もしかしたら上記の三葉のアパートの部屋のモチーフを考えた方がその近所にある佐原の印象的な建物を糸守に据えたいと考えたのだとしたら,それも私のような千葉県人の1ファンにとってとても価値のある事のように思うのです.

また大きく脱線しました.すいません.三葉の新しいおうちの話に戻りましょう.

先ほど家族の中で最も同居の可能性が高い四葉さえも同居していないのでは?と考えたのは,その玄関のシーンに四葉のものと思しき靴がなかったからです.この時点では四葉ももう高校生ですから学校指定の靴以外にスニーカーやパンプスを持っていてしかりです.そして見る限り玄関にさほど大きな収納スペースは見当たりません.ということは四葉は同居しておらず,三葉は一人暮らしであるということになります.

ではいつ頃から三葉が一人暮らしを始めたのか気になります.恐らくですが1次避難,2次避難ともに糸守高校の生徒はほとんどが近隣の公立高校に分散して編入されたと考えられます.とりあえずそこではサヤちんやテッシーも同じ高校であったと願いたい.そしてやはりそこでもしがらみはぬぐえないでしょう.なぜかというと奇跡のようなことが起き,その中心にいた人物なわけですから,おのずと注目度も高いわけです.恐らく自分の長年の行動の理由がわかった町長とのわだかまりも消え,そこでは同居していたと考えるのが妥当でしょう.町長は町が存続していた限りは続けたでしょうし,以降も依然注目度の高い存在であり,その娘であり,なおかつ奇跡の当事者という肩書が神社を失ってからも三葉には付きまとうことになるでしょう.これは三葉の以前から望んでいた形の正反対といえます.したがってなおさら三葉は糸守の人たちがいない場所へ逃れたくなっていったのではないかと考えます.そう考えると三葉は大学入学とともに東京に出てきたと考えるのが順当かと思われます.しかし避難している状況で金銭面での余裕はあまりない.そのためにあまり家賃の高くない物件を探してそこに住み始めた.そんなストーリーを想像してしまいます.

そして,ベッドに腰かけ涙を拭いている足元やテーブル上のファイルには三葉の今のお仕事のヒントが書かれています.テーブル上のファイルは読み取れる範囲ではPM検定とあります.これは日本ファッション教育推進協会の認定資格でパターンメーキング技術検定試験のお勉強をしているということになります.1級は実技などしかないので,家で勉強できる筆記試験となると2級か3級でしょうか?足元にあるファイルは立体裁断HOW TOと書いてあります.パターンメイキングでは平面裁断と立体裁断があり,和装は平面裁断のみであったのに対し,洋装は両方の技術が必要です.三葉は糸守にいた頃和装の経験があり,洋装の技術も得たいと考えて,立体裁断のお勉強もしているということでしょう.映画パンフの第二弾で新海監督もインタビューの中で,三葉の仕事は組紐や裁縫のスキルを利用した服飾系なのかもとおっしゃっています.

PM検定の2級は経験が3年ぐらいあるレベルが受験の目安となっているようですので,大学を卒業し入社4年目の三葉が受験するとしたら,設定としてごく自然なように思いますので,このファイルの文字一つとっても演出が細かいなと感心します.これに加え,ファイルをうちに持ち込んでいるという点に注目すると,日ごろの三葉は友達付き合いもあまりなく,仕事が終わったらうちに帰り一人黙々とお勉強に励んでいるといった姿が想像できてしまいます.人付き合いをある意味制限して壁を作って,誰かを探しているというようなかならずしも健全とは言えない生活ぶりを想像すると,やっぱり会えなかった長い時間がとても切なく感じられます.

しかしさらに想像を膨らませると,三葉が東京で一人暮らしをしていて,近い将来大学進学とともに四葉はそこに同居したいと考えているとか,そこに瀧くんの存在が急に浮上し,四葉の目論見が見事に外れるとか,一葉おばあちゃんと元町長がこれに微妙にかかわりながら瀧くんと再び親交を深めていく姿とか,宮水家のみ取り出してもアフターストーリーの元ネタがゴロゴロしていることがわかります.こういった点もこのお話の特徴なんでしょう.

私はこれは製作者側だけの都合を狙ってのことではないのではと推測しています.というのも今のご時世,2次創作文化を無視してはコンテンツを作れないと思いますし,2次創作を生み出す人たちの愛情がすなわち作品を育てていくという側面も確かに事実です.そしてその2次創作の活動の中から新たなクリエイターが生まれてくることにつながる.(それもムスビ!)ということで新海さんが未来のクリエイターに対して贈り物をしているかのような,そんな温かい気持ちになってきますし,製作者としてそこまでを考慮してストーリーを考えていたがゆえに,今現在の風潮にもマッチしてこのようなヒットにはつながらなかったのかもなんて思うのです.しかし私もずいぶんなおっさんですが,2次製作物を生めるような才能があったらいろいろ創作してしまうんでしょうけど,それが大々的にはできないのが悔しくてなりません.ははは.

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