君の名は。アフター小説- 日記

アフター小説の第二弾です。本編は前回と同じように出会いの約半年後ですが、回顧シーンは出会った日やその後しばらくぐらいまでさかのぼります。前提などは第一弾と同じです。

社会人になって入社1年目というのは何をするにしても予定通りすすまないもの。

どこかの会社のOB訪問でOBの一人が言っていた。例にもれず俺の1年目もやりなおしの連続だ。今日も普段通り終電の1本前で帰宅して、軽くスマフォに日記をつけてから寝ることにした。内容としてはさっき三葉と電話で話したことぐらいかな?普段あまり口にしない糸守のことを話せたから、今日はそれについて書くことにしよう。俺はベッドにあおむけになり、三葉のことを思いながら日記をつけている。

===

今日は瀧くんと会えなかった。私は窓越しに部屋から夜空を見上げている。

瀧くんはオフィスを出るときにLINEを入れてくれたけど、それは”今から直帰します。おやすみ。”

だけ。ホントあのオトコはホントぶっきらぼう、トウヘンボク、オタンコナスだわ。それもそうだが、私としては寝る前にここまで不機嫌にされるとお肌に悪いのだ。

ここは直接交渉しかない。ということで”電車降りたら電話希望。”

と怒っているオーラを文章化して打ってみた。10分ぐらいしてスマフォが鳴った。

「ちょっとぉ〜、瀧くん。直帰はええとして、なんか他にないん?」

と名乗る間もなくぷんすかとクレームをいったら、軽く

「ごめんごめん」って具合だ。でもこのヒト、直帰になってしまったことに対してなのか不愛想なLINEを入れたことに対してなのか、謝るべき対象をわかってないかも。でも ”まあ声が聞けたからいいや。” と思う。

そのあと電話で話した内容は他愛のない話だ。テレビのニュースで糸守の被害から9年というのをやっていたとか、そんな話だ。そういえば糸守のニュースも1年に1回しか聞かなくなって、今回のは瀧くんと出会って初めてのことだった。世の中の話題と瀧くんと私の話題が初めて同調したような気がしたので、どうしても話をしたかったのだ。瀧くんは高校生の時に糸守に一時興味をもって、わざわざ1度足を運んだこともあったっていっていたが、これほどとは。その話題を振ったら私の思っていたよりもずっと感慨深げだ。それはまるで今はもうない私のふるさとに興味を持ってもらえたような感じがして、ついつい嬉しくなって長電話になってしまった。

途中コンビニの音や、電話を切る寸前ドアのあく音がしたので、瀧くんは駅からの道すがらずっと電話を切らずにいてくれたようだ。あとは何か食べて寝るのかな?あ、そうだ。今日も日記つけるんだろうな。なんて瀧くんの一挙一動を想像する。

”あれ?私ってなんかストーカーっぽくない?”あまりに想像が進んでしまったので、私は自制する。

そいえば瀧くんは私に会って以来日記をつけることにしているらしい。その中身は見せてもらったことはないけど、毎日欠かさずつけているようなのでもう相当な量になるんだと思う。そう考えると瀧くんはまめなんやな〜とも思う。

ここまで考えて、はたと私は気づいた。

 ”まめなくせに、やっぱりオンナノコの扱いはなっとらんわ…。”

とため息をつきながら眠りについた。これじゃ結局お肌に悪いまんまやに。ホント。

  ”今度ちょっとだけ日記見せてもらおかな…。”とか思いつつ、この夜は瀧くんの日記の内容を想像しながら私は眠りに落ちた。

===

日記はこの春から再開した習慣だ。高校入学とともにスマフォを持つようになって1年半ぐらいは欠かさずつけていたと思うが、いつのまにかつけなくなった。

後で読み返すと秋のごくごく短い期間に2、3日おきに歯抜けになって、急にぱたりと日記をつけなくなっていた。その歯抜けになった理由はわからないが、当時バイトのシフトを入れまくっていたりしたので、忙しかったのかもしれない。それと、あのとき熱中していたことがあったのも影響している気がする。

それが糸守だ。俺が中学の頃彗星が落ち消滅した町。当時すでに3年も経っているのにその消えてしまった町への興味からか、消失前の街並みのデッサンを描いてみたり、果てにはその糸守にも行ったことがあるぐらいだ。恐らくそのときに町の光景を見て衝撃を受けたんだろうか、その前後の記憶が曖昧で、なぜそこまでの行動をしたかの理由が未だわからない。

それでも当時の俺が記憶が曖昧になるほどのショックを受けたんだとしたらその結果日記をつける気力がなくなったというのも頷ける。糸守をきっかけに日記をつけなくなったのに、糸守出身の三葉に出会ってから再びつけるようになったのも何か因縁めいたものを感じる。

===

―日記を再開したあの日―。

あの日ついに会うことができた俺たちは、朝の時間のない中、神社の前にある小さい公園のベンチでお互いのケー番とメアド、LINEと、ご丁寧にも住所も交換した。でも俺は携帯が繋がらないとか何か変なことが起きるんじゃないかと思ってしまい、確認の意味で仕事が終わるや否や三葉に電話してみたのだ。

決して下心がなかったとはいえないが、三葉がやけに裏返った声で出てくれたときはなぜか感動さえ覚えた。 ”電話がつながるだけでこんなに嬉しいなんて…”

あの日は夜に時間はあまりなかったが、再び三葉に会った。なぜか眠ってしまうともう会えなくなるような恐怖を感じたからだ。朝いきなり声をかけて、またその夜無理やり会おうとするなんて、ストーカーより質が悪いかもとは思ったが、なぜか三葉は自然に受け入れてくれた。

舞い上がっていてその夜何を話すかなんて全然考えないで会ってしまった。少し気まずいところもあったので、まずお互いを知るところから始めようということで自己紹介みたいなことをしたのだが、何を話してもまるでそれを元から知っていたかのような、変な感覚だった。何か記憶にかぶさっていた蓋が話すたびはがされていくような感じで、三葉のほうも反応を見る限り同じ様子だったと思う。

三葉は糸守のこととか、避難後のいきさつとかかなり多くのことを話してくれた。三葉の情報の多くは神社の巫女であったとか、そこが彗星被害の中心であったとかとにかく特異なものが多かったが、そのほとんどを俺は然して驚かずその話を聞き入れた。大体その話をするとほとんどの人が驚愕し、同情し、三葉を見る目が変わってしまうのだそうだ。

三葉は俺がそれと真逆の反応をしたのでとても気が楽でうれしいと言っていたのを思い出す。

===

思い返せば出会った日は三葉をアパートに送り届けて(三葉のアパートの場所を確認して!?)から帰宅したので、深夜であったのだが久しぶりに日記をつけることにした。メモアプリを開き、ひたすらあの日朝から起きたこと、三葉の名前、ケー番、メアド、LINE、住所、会社、外観や話かたの特徴とかあらゆる情報。それに自分の気持ちを書いた。日記のはずなのにスクロールで4画面分にもなった。仕事でもあんないっぺんに文字を打つことはないだろうと思うほどの文字数だ。

なぜかそれだけだと消えてしまいそうだったので、画面を4画面分ハードコピーして画像データにした上でテキストデータとともにクラウドサーバーにアップし、自分のPCにも転送した。

それでもまだ甘いような気がしたので、三葉の連絡先などは手帳とノートに書き写した。そのとき何か昔これに似たことをした感覚がした。それに三葉に会ってその一日だけでいろいろ不思議な感覚になった。そしてこれからもその不思議な感覚を味わうだろうことに期待しながら、思い付く限りの記憶のバックアップをそろえた満足感でようやく眠りにつくことができた。

だから、翌朝起きてすぐに時にスマフォを見て、日記メモの内容がすべて残っていることと、自分の記憶がそれに相違ないことを確認した時はなぜか涙が出た。あたりまえのことなのになんか感動して、思わずLINEに”三葉さん、おはようございます。”と打ってしまった。だって何て打っていいかわからなかったから、とりあえず開通記念のつもりで挨拶だけしてみたのだ。

しばらくするとスマフォがなった。画面に三葉からの応答が表示されていた。

  ”さん付けはやめてください。”

まだ会って次の朝なのである程度礼儀を重んじたつもりだったのだが、なんか怒っている感じの文面だった。朝が弱いのかも?と思ったのでしばらく時間を開けて、電車の中からその日の夜も会えないか打ってみた。ホントに俺ってストーカーみたいだとか思いつつ。すると10秒もしないうちにかわいいスタンプでOKが返ってきた。もうオンナのコという歳でもないが、これを駆け引きと考えると予測不可能で俺には難しい。

思い返すとあの週はそれまでを取り返すかのような勢いで毎日会っていた。”さん付け”もその週でなんとか修正できるほどになった。

そのあととにかく自分たちのことより、なぜかお互いの友人や家族を早く紹介したいという話になったと思う。なんせもう次の週には糸守出身のテッシーさん、サヤちんさん夫妻や妹の四葉ちゃんとと会ったし、その次の週は三葉を司と高木に合わせた。そしてまたその次の週には司から三葉のことを聞きつけた奥寺センパイまでも。

特に奥寺センパイと三葉は同じ年でめちゃくちゃ話が合うらしく、その後俺がいないところでも頻繁に会っているようだ。センパイと会うたびに三葉のファッションが変わっていくのでそれはよくわかる。アパレル関係のコネを使って安く三葉をコーディネートしているようで、まるで着せ替え人形のようだ。そんな世話好きなヒトではなかったはずなんだが三葉には違うらしい。

一方でセンパイはこと細かく俺の高校時代を三葉にしゃべってしまっている。とても不快だ。自分の恥部を大事な人にさらされているような気持になる。特に片想いの時期の話をモトカノであるかのように話すのはやめてほしい。

”瀧くん、高校んときミキさんのこと好きやったんやて?”

と三葉に尋問されたときは血流が逆行し総毛だったのを覚えている。とにかくあまりの頻度は迷惑なのに加えてセンパイに三葉をとられているような気持もして,少し自分が嫉妬深いようにも感じて複雑でもある。

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ミキさんはとってもおしゃれで綺麗だ。同じ年とは思えないほどに洗練されている。私とは生まれ育ちが東京という大きな違いはあれど、そんなものだけではない。原石からして違うのだ。ミキさんがダイヤモンドで、私は御影石がいいところ。

それにミキさんは婚約しているのに周囲に”オンナ”をまき散らしている。決して下品ではなく、老若関係なくすべてのオトコを魅了する。だから高校生の瀧くんがその毒牙(失礼…)にかかったとしても何ら不思議はなかったと許容している。

8年前東京に出てきたときは綺麗な人が多いと感心したものだが、最近は見慣れた感もあり、あまり琴線に触れる人はいなかった。それがこの春、瀧くんと会っている最中に急きょ飛び入り参加してきたミキさんを見て、私は声を失ったのだ。そして直ちに危険を察知した。”この人は瀧くんを遠ざけなければいけない人なのでは?”と。

でもよく見ると左手薬指に指輪が光っているし、どうやら瀧くんと話している感じもサバサバしていて、怪しいところは感じられない。それになんか私のことを根掘り葉掘り聞いてくる。まるで瀧くんのお母さんに尋問を受けているような錯覚に陥る。

はじめは警戒していた私も、あまりの美貌と人懐っこさに懐柔されてしまい、3人で囲むテーブルでは瀧くんよりもミキさんとばかり話すようになり、一方の瀧くんは相当居づらそうだった。特にミキさんが高校時代の瀧くんのことを話すと、終始下を向いて汗を拭いていたので、少しかわいそうになったほどだった。

その日ミキさんが千葉へ帰るので駅の改札までお見送りをした後、すぐにLINEが入った。

”三葉ちゃん。今日は会えてよかった(はぁと)。今度またお話ししたいな。 瀧くんがいると精神的に追い込んでしまうのがかわいそうだから、 二人で会おうね。(かわいいスタンプ + キスマーク)”

瀧くんが横にいるのに笑ってしまった。すると間髪入れず

”あと、三葉ちゃんは同い年なんだから奥寺センパイはやめよーよ。(ぷんすかスタンプ) できたらミキって呼んでね。(かわいいスタンプ×2つ)”

ってのが入った。私はどうも”奥寺センパイ”のほうがしっくりくるんだけどな〜。でもぷんすか怒りを買うつもりもないので頑張ってミキさんって呼ぶことにした。

それ以来月に2−3度、ミキさんと会っている。隔週末の土曜日か日曜日のどっちかをほぼお昼頃から夜遅くまで。ほぼ何をしているかというとカフェでお茶しながらしゃべったり、私の服や靴を選んでもらったり。それにしてもミキさんといるとすごく心地よくって、時が一気に過ぎてしまう。

なんか昔っからこのヒトと一日デートする約束したことがあったかのような、そんな気がするのだ。もちろん私のそっちのケはないはずなのだけれど、ミキさんと一緒にいると時々それもありかもとか思ってしまう。こうやって田舎から出てきた娘が徐々に篭絡されていくのかとか怖い想像をしてしまうほどだ。

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今思い返すと、司くんから瀧くんにカノジョができたって聞いたときは驚いた。というか”ついに来たか”という感じだった。10年近く前には私のことを澄み切った眼で”奥寺センパイ!”と目の中に入れても痛くないほどの可愛さで私にアピールしてきた瀧くんにとっては初めての彼女になる。だからいち早く品定めを実現する大作戦に打って出たのだ。

 ― そのあまりにも見事な作戦を、私は今一度回想する ―

瀧くんカノジョゲットの一報を受けた週の金曜日、早速司くんから瀧くんが土曜日は都内でデートとの情報をキャッチした。あと、必須情報としてその彼女が何が好きかをそれとなく聞き出しておいた。昔から司くんはこと瀧くんのこととなるととても機敏に反応してくれる。役に立つシモベだ。

その土曜日の朝、早速行動開始だ。千葉を早めに出て乗り換えの錦糸町のホームから瀧くんにLINEを入れる。

”(やっほースタンプ)。元気ーっ?(元気スタンプ) 今日は東京でちょっとした用事のあと時間空き空きなので つきあってよ。(おねがいスタンプ)”

しばらくして、

”ダメです。用事あるんで。”

あら、そっけない。高校生の頃からは考えられないほど不愛想な文面だ。私が婚約してからかなり劣化したのだが、今日のはそれに輪をかけた感じ。でも敵の手の内はもうわかっている。

”えええっ!(びっくりスタンプ)どこ行くの???”ここは少しとぼけてみる。

”どこでもいいでしょう。”

”もしかしてデート?(疑ぐりスタンプ)”

しばらく時間が空いたが、”そうですが何か?”

ときた。よしよし。瀧くん、君は従順ではなくなったけど、未だ素直さを貫いているんだね〜。ちょっとうれしくなりながら、殺し文句を打ち込む。

”瀧くん、彼女の喜ぶデートコース考えてあるの?(再び疑ぐりスタンプ)”

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突然奥寺センパイからのLINEでびっくりした。それにいきなりデートって、司のヤロウ。口軽すぎなんだよ。と思いつつLINEを返した。それにしても誰と婚約したのか知らないが、昔のあこがれのヒトのLINEでこんなすさんだ気持ちでやり取りすることになろうとは。俺の気持ちは朝から複雑だ。

でもデートコースって…。考えてなかった!

何か頭を鈍器で殴られたようなショックがあった。三葉とは出会って3週目だけど毎回会うだけでなんか十分って思ってた。そういえば、これまでほとんど会って適当に歩き回って、飯食うだけだったな。

確かにずいぶん昔デートコースを人任せにして失敗したような気もする。その失敗した相手が当の奥寺センパイなような気もするけど、それでも少し奥寺センパイに頼るべきなんだろうか?そんな思案しながらマゴマゴしていると畳みかけるように、

”カノジョの好きなもんってなに?(オムライススタンプ)”

う〜ん、三葉の好きなもの。なんかハリネズミのキャラクターは好きだけど、それよりもこれかな?

”スイーツかも。”

オムライススタンプが目に留まったので思わず食い物で返してしまった。俺ってやっぱり単純…。 すると間髪入れず、

”それなら、代々木の駅を出てすぐのビルの2Fにある〇〇〇 〇〇〇って お店のフルーツいっぱい乗ったパンケーキがおいしかったよ。 (パンケーキスタンプ)”

おおおっ!この情報はありがたい。神さま仏さま奥寺さま〜!ということで、

”情報ありがとうございます(ありがとうスタンプ)”

と返した。すると、

”でも午後からは混雑するんで、11時ぐらいからお昼までの間に いったほうがいいかも。(はぁと)”

そうか〜、あの奥寺センパイの情報だから無駄にはできないよな。 

”助かります!(土下座スタンプ)”

===

やり取りの当初は不機嫌な感じだったのに、だんだん乗り気になってきた上に、ついには私とのLINEで瀧くんがスタンプを使うのをはじめて見た。あまりにも見事な変わりように思わず一人で駅のホームで吹き出してしまった。

先週司くんが高木くんと一緒に紹介されたとき、瀧くんのカノジョは”フルーツの乗ったパンケーキを頼み、幸せそうに食べていた”という事前情報を得ていた私の作戦が功を奏した。

そういえば司くんが変なことを言っていた。瀧くんが高校時代、一時スイーツに凝っていた時期があったらしく、その時のしぐさにカノジョのそれがそっくりらしいのだ。司くんいわくデジャヴを見るようだったとのことで、それはそれで一度見てみたい気がする。そんな断片情報さえもなおさら私の野望を煽る結果になったわけ。

まずはともかく、私が構築した作戦で瀧くんの場慣れしていない点を突く。

 →カノジョの好きなもの

   →オムライススタンプで揺さぶる

     →的確なお店の情報+時間しばり

の方程式の罠に瀧くんはすっぽりとはまってくれた。従順なペットみたいでかわいい。

そしておそらくもう9時を過ぎているので、瀧くんは何の工夫もなく直前に入手した私の情報を元に行動するに違いない。これで確実に瀧くんは11時前後にカノジョを連れてあの店に来る。あとはその店の前の道路と店の中がほぼ見渡せる交差点の向こう側のコーヒーショップ2階の窓際の席で待ち伏せするだけだ。

10時には代々木駅に着いた。時間があったので伊達眼鏡っぽい薄い色のサングラスを買って、さらにカチューシャで前髪をアップにして偵察の精度をさらに挙げる。なんだか、ワクワクする。コーヒーを手に2階に上がり席を確保したところで作戦をさらに確実にするためにまた司くんにヘルプをお願いした。

しばらくして司くんからは

”1030新宿サザンテラス待ち合わせとのことでありますっ!(敬礼スタンプ)”

と帰ってきた。やっぱり男同士のほうが情報戦の中では有利だ。あとは電車で来るのか、仲良く歩いて来るのか。もう私の気持ちは森の中でシカを待ち伏せする狩人のようになっていた。多分私はこの気持ちだけであと4時間は戦える。

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三葉は人ごみが得意ではないと言っていたし、まだ東京で場所の名前を言われてもなかなか覚えられないようだ。なので新宿のような巨大駅の改札は待ち合わせに適さない。ネットを調べると、サザンテラスのペンギンの銅像の前が人が少なくて最適と書き込んであったので、今回はとりあえずそこにした。

でもあとになって考えたらネットを見てみんなそこに殺到していたらエライことになるかも?と遅まきながら当然の可能性を思い浮かべ、是が非とも三葉より先に着いて待っておこうと考えた。それなのに今朝は奥寺センパイから変なLINEが入り、家を出るまでに少し時間がかかってしまった。でもそれもさすが奥寺センパイ、決して無駄なことではなく俺では入手困難な有力情報を提供してくれたわけだ。

だから奥寺センパイに感謝しつつも俺はその時間的ビハインドを挽回すべく、いつぞやと同じく、その同じ改札をほぼ同じスピードで通り抜けた。その甲斐もあって10分前にペンギン前にゴールしたときにまだ三葉の姿はなかった。

まもなく三葉から”もうすぐ着くよ〜。”

というLINEが入った。返事しようと思ってスマフォを触っていたら、背中越しに

「た〜き〜くんっ!」と三葉。甘い声だ。そのせいで俺の膝の力が抜けてしまった。とにかく早く三葉を見たかったのだが、膝ガクガクでようやっと振り返るとそこに三葉がいた。

ちょっとふわっとした白いカーディガンにピンクのニットソー、ライトブラウンのチュールスカートに肩からポーチを下げている。足元はスカートよりちょっと濃いめブラウンのパンプス。いつもより少し高め。髪型はいつもと変わらない。いや?変わっているかな?そこんところが微妙だぞ!立花瀧!と自分を言い聞かせ、どこを褒めればいいか、脆弱なコンピューターに大容量データをぶち込んで解を探す。しかしこの時間が長くなればなるほど自分の顔がこわばり、冷や汗をかいていくのが自分でもわかる。ここは早さも重要だ。”よし、ここは普段より高めというポイントを重視してパンプスを褒めよう。”

「やぁ、三葉。いつもより背が高く見えると思ったら、それ新しいパンプス?」

しばしの沈黙があって、周りの喧騒が徐々に目立って耳に入るようになってくる。最後の審判のようなこの恐怖心。もう堪らない。顔からさらに汗が吹き出るのがわかる。

「はーい、残念、不正解ーっ。」三葉の両眉が上弦の月のように形を変え、腕を組んでおもむろに口を開いた。

「まず背ぇ高いとかないわぁ。それにこのパンプス先々週履いてたんよ。ホンマに。」

と言いつつ振り返って駅のほうにあきれたように歩いて行こうとする。

「ちょちょちょっ!三葉っ!悪かった。今日は代々木にスイーツを楽しみに行こう と思ったんで、こっちなんだけどっ!」

と言って慌てて左手を後ろからつかんだ。スイーツといったところで三葉の強硬姿勢は瞬時に解かれて、振り返った三葉は柔らかなな表情に戻った。

「もー瀧くんは、そんな無理せんでもえーんやさぁ。」ちょっとあきれたようにそう言って、俺の腕を両手でつかんで代々木方向に歩き出した。はたから見るといちゃらぶカップルのように見えるだろうが、それが自分のことなんだから、ほんとに幸せだ。その上三葉は俺の腕にしがみつくようにしているので、おっぱ、いや胸が腕に軽く当たって幸福感はMAXになった。だから幸せすぎていくら考えても一向に正解はなんだったのかわからなかった。

===

瀧くんはまじめだ。私の今日の装いについて特に私がコメントを強要したわけでもないのに勝手に答えて、勝手に自爆した。少し落ち込んでいるが、多分何が正解だったのかを考え込んでいるんだと思う。

今日の私のワンポイントは断然チュールのスカートだ。今日瀧くんと会う時のために、似合うかどうか微妙だったけど先週生まれて初めて買ってみた。念のため買ってすぐに姿見で手持ちの上着とかと合わせてみた。所詮田舎育ちの私のセンスなのだが、”まあまあいけるかな?”と自分で及第点を出した組み合わせで今日に臨んだのだ。だから、イジワルして”絶対正解教えてやらんからね〜。”とか思いつつ、ちょっと上機嫌で瀧くんの腕にしがみついて歩く。

それにしてもさっき瀧くんがスイーツって言ったけど、いきなりこのままスイーツなん
だろうか?お昼には早いし、午前中のデザートには遅い。一応瀧くんと過ごす日は朝ご飯を少なめにすることにしているけど、スイーツは想定外だ。際限なく食べてしまう可能性がある。

一応確かめておこうと思った。

「ねぇ瀧くん?今からスイーツってぇ、時間ちょっと変やない?」

ちょっと瀧くんがビクッとした。それに気づかないふりで上目遣いで見つめてみた。

「に…人気店みたいでさ、12時からは混んでくるんだってさ。」

”だってさ?”私はそこに引っかかった。そもそもカフェだったら瀧くんが知っていても理解できる。それがスイーツのお店となると話は別だ。しかも混んでいる時間帯までって、司くんや高木くんでは到底不可能そうな情報の精度だ。

「瀧くん、それって誰情報なん?」

===

あっ!現れた!瀧くんが、おぉ〜、なんか腕組んでるし〜ぃ。ナマイキ〜ィ。こっちはコーヒーもまだ半分も飲んでなくって、まだ11時には間があるというのに早々と現れた二人に私はもう釘付けだ。お店まではまだ100メートルってところかな?瀧くんは少し照れている表情で、”なんか初々しいなぁ。カノジョは、あぁ、フェミニン系だなぁ。瀧くんあんな感じがいいんだぁ。”とか思わず口に出してしまった。

司くんからはあらかじめカノジョが私と同い年っていうのを聞いていたので、どうしても私と比較してしまう。髪は綺麗なストレートの黒髪で程よいセミとロングの中間。化粧っ気がなくっても十分映える目鼻立ち。背は私と同じぐらいだけど、健康そうなシルエット。脚もそうだ。ちょっと服装が地味かもだけど、キャラに合ってるな。多分冒険できないタイプなんだろうなぁ。私が選んであげたいなぁ。

ちょっと原石見つけちゃったかも。

と職業柄瞬時に解析していたのに、お店までもうちょっとのところで瀧くんがカノジョとちょっと言葉を交わした直後、明らかに彼女の表情が曇った。瀧くんは答えに困ったような顔でなし崩し的にお店の前についたもんだから、そのままカノジョの肩を押してお店に押し込んだ感じだ。”あぁ〜、やっぱり瀧くんだなぁ。ダメだなぁ。”

また口に出しちゃった。

===

このお店のことについて、果たして誰情報なのか瀧くんは一切答えることなくお店への階段を上がっていく。それはそうと瀧くんは私を階段の上に押し上げるように肩を押していたんだけど、段差分私が高くなったところで無意識に腰に両手を移してぐいぐい押してくる。しかも結構下のほうなのでもうちょっといくとほぼお尻っ!”ちょっとぉ、そんなところサヤちんも四葉でも触らせたことないのにぃ。 どこ触ってんのよこのオトコ!?”

そんなもんだから店員さんに案内されて窓際の4人掛けテーブルについたときは、私は不機嫌モード全開。

「な、この時間でも結構混んでるだろ?」と、下手な弁解にもならない疑問形がホント気に障る。

でもウェイトレスさんが運んできたメニューを見ているうちにだんだんそれも忘れてしまった。スイーツのメニューって写真の配置とか色遣いとか含めて、作る人のセンスが大事なんだと思う。これは私のそれなりに長い東京生活で生み出した鉄則だ。

メニューが素敵なお店のスイーツは大概当たりなのだ。今日のメニューはそれが明白だ。なんせ朝ご飯を食べてそう時間がたっていないのに私のお腹が空腹を訴えてくる。とにかくメニューを眺めているときからが幸せなのだ。だからたっぷり時間をかけて無言で慎重にチョイスする。でもやっぱりこれだな。私のパンケーキ道の中での王道。

「このフルーツたくさんパンケーキひとつ。」とかわいらしいウェイトレスさんにオーダーして、瀧くんは何かな?と思ったら、

「ブレンドひとつ。」

あれ、このヒト私にだけパンケーキ食べさせるつもり?空気少しは読んでよ!と思った直後、なんか遠い昔聞いたことがあるような声がした。

「チーズムースとベリーソースのパンケーキひとつ。」

後ろから聞こえたその声にウェイトレスさんがちょっと混乱したような様子だったが、

「ああ、いいの、一緒で。」

と言いながらその人は本来ウェイトレスさんに向いていた私の視界に入り、いきなり隣の椅子に座ってきた。

ものすごくきれいなヒトだ。ブラウンの軽くカールした髪、チャーミングに顔をのぞかせる上品な曲率の額。細い顎と程よくふくよかな頬。上品なお化粧。それにこのスイーツカフェの発する匂いに埋もれつつも主張するこのかぐわしい匂い。何これ、芸能人?モニタリングってやつ?カメラどこよ!?

少しきょろきょろしたところで久しぶりに前を見たら、瀧くんがなぜか頭を抱えていた。

「やっほー。瀧くんっ。」

===

コーヒーショップの2階で見ていると、二人はどんどん険悪は雰囲気になっていそうだった。だから私はすくっと立ち上がり、カチューシャを取って前髪を整えたら、サングラスはその上にはね上げて臨戦態勢に入った。結果的に変装は一切必要なかったことにいまさら気が付いて、ちょっと自分で笑ってしまったりしながら交差点を渡ってスイーツショップ〇〇〇 〇〇〇に討ち入った。

2階に上がるとちょうどウェイトレスさんがオーダーを取っていたところだったので、その背後から前回のチョイスで2位だったチーズムースとベリーソースのをオーダーしたのだ。

わたし的には、あたかも待ち合わせていた体でスムースに合流したわけだが、果たして瀧くんの隣に座るのがいいか、はたまたカノジョの隣がいいか少し悩んだ。結果的にカノジョのほうが”かわいかった”のでそっちに座ることにした。だって瀧くんの隣だと変な修羅場になっちゃうかもだし、私を一瞥しただけですごく怖い顔をしてたから、いきなり首でも絞められちゃイヤですからね。

それにしてもこのフタリ、対照的なリアクションがとても面白い。カノジョさんは目をまん丸くして私のほうを凝視している。穴が開きそうだ。一方の瀧くんは両手を後頭部にまわして頭を抱えたまま微動だにしない。

「来ちゃった。」

なんか古い言い回しのような気がするが、この長い沈黙を終わらせるのにぴったりかと思ってウィンクしながら使ってみた。肝心の瀧くんが見てくれてはいないのでカノジョさんに向けて。

数秒の沈黙のあと、瀧くんが下を向いたまんま重い口を開く。

「つ〜〜か〜〜さ〜〜っ。」

怒りをあえて私に向けないところはさすが瀧くんだ。瀧くんはいつも優しい。そして少し怒りっぽい。そしてカノジョさんが、

「えっ?つかささん?このヒトも?」と、変な勘違いしてしまいそうなのでまずは自己紹介。

「あははは、私は奥寺ミキって言いま〜す。瀧くんは司くんに怒ってるだけだよね。でも司くんは悪くないよ。私に先に紹介してくれない瀧くんが悪いんじゃない?」

===

確かに司は悪くはないだろう。先週奥寺センパイには内緒にしておけとは言っていなかったから。まあ司は昔から付き合いのある奥寺センパイになにかのついでに面白情報として提供しただけで、例え悪気はあったとしても責められるものではない。

問題はなぜだかいつも司が俺の最新情報を奥寺センパイに筒抜けにしてしまうことを忘れていたこと。それと、今朝のセンパイとのLINEのやり取りで度重なる罠のすべてにずっぽりと嵌り、その結果として今の状況に陥っているということだ。そう、すべて自分の悪い。

だから俺がなかなか顔を上げられなかったのはそんな自責の念からと、あと一つこの状況下で三葉の顔を見るのが怖かったからだ。

確かに俺の人格形成に多少なりとも影響を与えるほどに長い付き合いのセンパイをいつかは三葉に紹介するつもりではあった。ただ、司と高木と同時に紹介するのは何かと危険な気がした。あいつらセンパイがいたら調子に乗って昔のことをいろいろしゃべってしまいそうだったし、センパイはセンパイで肯定も否定もしないに違いないと思ったから。だから、三葉にもちゃんとある程度の前情報を入れたうえで、いわば万全の準備をして引き合わせたかったのだ。

それが俺の過失でこのような顛末になってしまった。

なかなか顔を上げづらかったところに、ウェイトレスがブレンドを運んできた。

「こちらブレンドでございます。」

仕方なく顔を上げると、ウェイトレスは”とんでもない修羅場に来てしまった”という顔をしている。一礼して下がるまでは大丈夫だったが、そこから厨房に戻るまではまさに逃げ帰る体だ。周りのテーブルも動揺している様が手にとってわかるほど俺の目と耳から入ってきている。もうちょっとした災害の様相を呈してきたな。

ああぁ〜、もう帰りたい。

泣きそうな顔でセンパイの正論に対して、精一杯の肯定で答える。

「はい、そうですねっ。先に紹介しておくべきでした。こんなことになるならっ!」

===

瀧くんのブレンドが運ばれてきて程なく私たちのパンケーキたちが運ばれてきた。

困窮するばかりの私の”カレシ”(きゃーっ)といわくありげな見目麗しい美女の全くつかみどころのない会話から推測するに、この美女と私が相まみえる必要はなさそうに感じた。初めは本能的に防御姿勢をとってしまったし、瞬時にこのお店を紹介したのがこのヒトだとわかったものの、あんまり身構える必要もないだろう。

だからもう私の興味の半分以上は既に運ばれてきたパンケーキたちに向けられていた。その2つのパンケーキは見た目からして美味しさオーラを放って私を魅了していた。

「わあぁーっ。」

と年甲斐もなく声を上げてしまったが、横からその”奥寺ミキ”さんが、

「それ前来た時に食べたんだけど、ホイップクリームとフルーツの甘さが絶妙 なのよね〜。あ、そのメイプルシロップはお好みでね。私は先にかけちゃった けど。」

と流ちょうに解説してくれた。そこでふと我に返った私はまだ私が名乗れていないことに気が付いた。

「あのっ。私、宮水三葉です。瀧くんとお付き合いさせてもらってます。」

それを聞いた瀧くんが、飲みかけたブレンドを吹き出しそうになって咽た。恐らく”お付き合い”のところで引っかかってゴホゴホいっている瀧くんに、奥寺ミキさんが、

「あ〜、瀧くん、そこ動揺するところじゃないし。ちゃんとお付き合いしてるんだったらしっかり肯定しなきゃ。」

と瀧くんを焚きつけた。ようやく瀧くんが私の目を見てくれた。そしてスイーツカフェの中にはふさわしくないほどの真剣な顔で説明してくれた。

「三葉、この人が奥寺センパイ。俺がカフェでバイトしてた時の先輩。」

―奥寺センパイ―

その名前を聞いた瞬間、私の記憶が揺さぶられた。さっき声を聞いたときには、”以前聞いたような声”だったのが、今度は”以前聞いた名前”に感じたのだ。どうしてかわからないが、確かにこの顔の、この声の人をこの名前で呼んでいた記憶がわいてきたのだ。なぜか無意識に

「奥寺センパイ…。」と呼んでしまった。

===

「はい…?」

三葉さんに呼ばれたような気がしたので、スマフォでパンケーキの写真を撮るのを中断して、三葉さんのほうを向きながら返事をした。なぜか三葉さんは少し涙を浮かべているように見えた。それも呆然と私の顔をまっすぐに見ながら。

あれ?何かこの変な雰囲気を一気に修羅場に変えてしまうような、私の思いもつかないミスをしてしまったかもと思い瀧くんのほうを見る。瀧くんもどうも三葉さんの変化に当惑していて、私と同じような状況だ。取り付く島がなく少し困っていたら三葉さんがもう一度私の名前を呼んだ。

「奥寺センパイ。  会いたかった。  やっと会えた。」

あれぇ?私そんな有名人?もしかして5年以上前にカフェのテレビの取材で映った時のこと覚えてる人とかいたのかな?それともオジサン向け週刊誌の”今週の女子大生”みたいなページに載った時のことかな?なんて思っていたら、瀧くんが事情もわかってかわからずか、

「いや、三葉。変なこと言うなよ。奥寺センパイとは初対面だし。」
と冷静に、かつ工夫なく突っ込んできた。ちょっと面白かった。

三葉さんはそれでも瀧くんのイケてない突っ込みのおかげで正気に戻ったようだ。私のほうをまっすぐ見て

「でも…会えてよかったと思います。奥寺センパイに。私とっても嬉しいんです。」

この言葉に私の”かわいいものアンテナ”が過剰に反応した。”きゃー三葉ちゃん、カワイイィ〜、眼ヂカラ強すぎ〜。こっちが蕩けちゃう。”と、心の中で叫びつつ単刀直入に質問してみた。一番聞きたかったヤツだ。

「二人ともどこで知り合ったの?瀧くん最近までそんな気配全然なかったんだけど。」

瀧くんが横から口をはさんで変な答えをする。

「知り合ったのはいつか分かりません、でも3週間前に出会えたんです。」

高校生の頃は時々この子、舞い上がって私との会話が成り立たなかったことがあったけど、久しぶりにそんなになっちゃったかな?と思った。でも目は真剣そのもので、舞い上がっているふうではなかった。なぜか三葉ちゃんもコクコク頷いている。

一番質問したかったことだけど、ここまで二人でシンクロされちゃあ、”まあ、細かく聞くまい。男と女なんていろいろあるからねぇ。”と少し理解力のあるおねえさんぶって見ることにした。

あとは、私の用意した質問リストの中には三葉ちゃんへの月並みな質問しかない。その筆頭から行きましょうか。ちょっとアクセントが共通語と外れるところがあるから、

「三葉ちゃんは、どこの出身?」

あんなにカワイイところを私に見せちゃったんだから、”さん”じゃなくって”ちゃん”で呼ばせてもらうわよ。と余韻に浸っていたら、どうも答えにくい質問だったらしい。少し困惑している様子だったので、

「あ…、答えにくかったら答えなくってもいいからね。」と譲歩したところ、間髪入れず、

「いえ、いいんです。岐阜です、それも田舎のほうで、糸守って知ってますか?」

一瞬空耳かもしれないと思ったが、彼女は確かに”糸守”といった。そうだ彗星被害の、それに瀧くんが6年前に行って、私も途中までついていった、あの…。

「あ、ああ糸守なんだ。」私は平静を装いつつ瀧くんのほうを見る。なぜか瀧くんは私が想像したような動揺はしていないようだ。

「うちは被災しちゃったんで、しばらく避難して大学からは東京なんですけど。」三葉ちゃんの説明は続く。その声をほとんどうわの空で聞きながら私は思い出す。

瀧くんはなぜ糸守に行ったのか。それは誰かを探しに行ったから。結局それが誰だったのか、結局会えたのかどうかも私にはわからなかった。何か強烈な出来事があって私と司くんは先に帰ったけど、瀧くんはまるで抜け殻のようになって次の日に帰ってきた。何があったか司くんに聞いてもらったけど、わからずじまいだったし、帰る前の晩になにがあったのか、私の記憶も曖昧だ。

瀧くんが探していたのが三葉ちゃんだったとしても、既に糸守にはいなかったはずだ。私の考えた可能性はここで潰えた。だから今日ここでいうのはやめておこう。それになぜかわからないけど、それにふさわしいタイミングが必ず来るような気がするから。

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三葉を”三葉ちゃん”と呼ぶようになってからのセンパイの勢いはすさまじかった。

質問攻めに約1時間。ファッションの話で1時間半を店の中で費やし、自分で”混む”と言っていた12時を簡単に割り込んでテーブルを占拠してしまった。結局俺も腹が減ったのでパンケーキを頼む羽目になったが、メニューをセンパイに取り上げられ

「瀧くんの分は私たちが選んであげるね〜」

とチョイスの権利を奪われ、その上二人に1/3ずつ試食された挙句、俺は出てきた分の1/3ぐらいしか食べることができなかった。

ようやく店を出た俺たちは代々木から新宿に戻り、さんざんスイーツカフェでのファッショントークで出てきたむつかしい単語の世界を実際のお店で解説したり、試着したり、買ってしまったりという実技編に移った。当然俺は試着室の前では立ちんぼとなり、カーテンが開く度コメントを求められるという拷問を強いられた。

その日、不思議なことがあった。センパイが”三葉ちゃんて女子力高いんだね〜。”

と言っていたが、その言葉は呪文のように俺の記憶をくすぐった。理由はわからない。でも二人の会話のうちこの言葉が特に耳に残った。センパイのこの業界での顔の広さにも驚いた。まわる店の最低3つのうち1つでは顔見知りがいたようで、三葉の買った服もそのおかげで大幅ディスカウントが成立してしまった。

こんな体験をしたのは初めてのことで、普段の俺であれば退屈で途中で強制離脱していたはずだ。ただ不思議とこの日は一度もそんな気にならなかった。なんだか三葉とセンパイが二人ともとても楽しそうで、終始輝いていた。まるで俺ではなくセンパイと三葉がデートしているようだったのに、俺はいつまでもその光景を見ていたかった。

あの後も何度か三葉はセンパイと会ってショッピングとか楽しんでいるようだ。三葉はセンパイを”ミキさん”と呼ぶようになった。そのうち”ちゃん付け”になる日が来るだろう。もう昔から知っていたかのような深い関係になってしまった。

どうも会うたび俺の話をしては笑いものにされているような気持にならざるを得ないのには閉口するが、センスの良いセンパイのことだ。三葉に似合わない服を強制したり化粧お化けにようにすることはないだろう。その点は安心しているし、三葉がますます俺好みになっていくのは悪い気はしない。

だからセンパイと会う時間のせいで三葉が俺と会う時間が減っても構わない。あの二人が笑顔で会話している姿を俺が待ち望んできたんだと思う。

俺のあの日の日記には、その理由が書き込んである。

 ― 二人の笑顔を見ていると感じる。

     叶わなかった約束が 今日叶ったように ―

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