君の名は。アフター小説- 記憶

アフター小説の第三弾の続きです。前回しんみりで終わったので少しはっちゃけました。そして少しエッチですが。


第二章 −練習−

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スイーツカフェの窓から見下ろすと、新宿の駅前を行きかう雑踏が見える。まだ初秋で好天なこともあって、薄着の人も多い。カップルも多いかな?なんて思っていたら、実は私たちもカップルということに気づき少し恥ずかしくなってしまった。 さっきは瀧くんに的を得ない質問をして、それでも困ったように答えてくれた内容は私の確信の裏付けに十分だった。あの別人格は瀧くんだ。例え瀧くんに記憶がなくてももう私は決めたのだ。

そもそも
”私の別人格にあなたが時空を超えて入っていたんですよ”
なんてどんな言葉を選んでも信用してもらえそうにないし、フシギちゃん扱いされるのがオチだ。でもあのときの狐憑きの私が演じたであろう光景を目にすることができて、そしてその演じ手が今目の前にいること。これ以上の幸せはないほどの幸せを感じたということをどんな言葉で表現しても足りない。

だから記憶の中で今までその誰かに合えたら言おう言おうと思っていた言葉が声に出てしまったのだ。

私は決して十分な説明はできていない。なのに瀧くんはなぜかすべてを理解したように、テーブルの上に祈るような形で握りしめていた私の両手を包み込むように何も言わず握ってくれた。
”あ、ダメだ、また涙が出ちゃう。”
ダメ押しの涙を見られないようにまたとっさに窓の外を歩く人並みを見下ろすように顔をうつむけるのが精いっぱいだった。

そこにまるで二人の世界を引き裂くかのように、
「季節のフルーツのパンケーキプレートのお客様ー?」
の声が。我に返るとウェイトレスがさも居心地悪そうに突っ立っていた。慌てて手をほどき、”はい”と小さく右手を上げる。感情的になりすぎて周りから見てかなりこっぱずかしい状況であったことにようやく二人とも気づく。

ほぼ無意識の中でチョイスしたわりに、私のパンケーキプレートはその店で2番目に高額なスイーツだったけど、結果として大正解だった。故郷の糸守では見たことがない洋ナシやとろけそうに柔らかい桃などのフルーツがそのお店オリジナルのソースやホイップクリームと共にこんもりと積み上げられた2枚のパンケーキ。メニューの写真ではかなりなボリュームだったので瀧くんに半分食べてもらうつもりだったけど、結局少し味見”させてあげた”以外は全部私が食べてしまった。

人間、満腹感を感じたところで話す内容というのはとかく大きな話をしてしまいがちだ。さっきの光景を見た私は瀧くんがなぜあのようなあざやかなターンを決められるようになったのか俄然興味がわいてきた。瀧くんの話では中学のバスケット部でマイケルのダンスのコピー競争が流行ってその名残で未だその曲のイントロは完璧に踊れてしまうそうだ。

”東京の中学おそるべし。”
糸守中ではマイケルなんて遠い世界のスーパースターであり、そのダンスを踊るなんて想像できなかった。その振り付けの情報に到達するのがまず大変だった。なんせ糸守ではスマフォを持っていても3Gのアンテナが湖の南西側の役場に近いところにしかなく、動画を再生してもしょっちゅうフリーズしていたし、自分の部屋にいたってはあまりのアンテナからの距離や、そこかしこにある木々の遮りによって窓際以外は限りなく”圏外”に近かったので、自分の部屋の中でのスマフォの役割と言ったら、目覚ましと日記アプリの記録ぐらいだった。

まあ、自分の部屋でそんな動画を見れたとしてもまさか自分で踊ろうとも思わない環境だったといえる。そもそもそれが踊れたとしてもあんな感じで噂が蔓延して好奇の目で見られるのがオチだ。だから自分の不遇な少女時代を思い返して思い切り鬱な気持ちを跳ね返すつもりで言ってみた。

「私もそれ踊れるようになるかな?」

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カフェのボリュームのあるスイーツプレートをなんとか平らげた三葉は終始ご機嫌だった。三葉の提案通りあの帽子を買って、結局それ以外の買い物はというと三葉が夕飯として振舞ってくれる手料理の食材ぐらいだった。

三葉の料理はとにかく年齢不相応の料理が多い。ただ父子家庭で都会育ちの俺は逆に野菜が多めで、品数も多い三葉の伝統的な日本料理に安らぎを感じる。大人になってから味覚が変化したのもあるだろうし、高校時代ぐらいからだろうか、食事に郷愁のようなものを感じるようになったのは。

それに三葉の料理は、何かを食べているというより生命エネルギーの補充を受けているかのように感じる。自然界とのつながりとかそういったことを感じられる料理なのだ。味はとっても美味いのだが、どう美味いか言葉にするのが難しい。だからそれを言葉で表現できないままついつい箸が進んでしまい、ついついほめるのを忘れてしまう。したがって常に三葉は食後はご機嫌斜めだ。

しかし今日はどうも違う。三葉のうちに着くなりさっさと料理を始めたと思いきやすぐにお膳を並べ出し、比較的口数も少なくごちそうさまをしたら、間髪入れずにシャワーを浴びに入ってしまった。シャワーに入る前にその理由が分かった。

「今夜はマイケルり教えてもらうんやからねっ」
日本語の使い方が間違えている。

シャワーを浴びてから踊りの稽古ってなんでかな?と思ったが、どうも宮水家の風習では神様に捧げる踊りの前に自らの躰を清めることが習わしらしい。三葉はお母さんを早くに亡くしたこともあり、子供のころから宮水神社という神社の巫女であり、奉納の舞いを踊ってきたまさに”踊れる巫女”であったようだ。俺は一度それを見たいと懇願したのだが何かトラウマがあるらしく、”絶対ダメ”と頑なだ。でも妹の四葉ちゃんはおねえちゃんと一緒だったら踊ってもいいといってくれているし、そのうち機を見て強くリクエストしてみようと思っている。

それにしても別にマイケル踊るのにそんな禊のような儀式が必要とも思えなかったが、まあそれは本人の思い入れ次第なので俺も踊りの稽古をつける立場上対等であらなければいけない。したがって三葉の出た後すぐにシャワーを浴びる俺なのである。

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マイケルの曲をYoutubeで流しながら三葉とその振り付けを確認する。もう8年も前の話だが、俺にとっては懐かしい映像だ。当時との違いは”踊ってみた”の動画がたくさんアップされていること。それを見ながら当時の自分と比べて”これだったら俺のほうがうまいかも?”なんて自信をつけ、とりあえず三葉の前でやってみる。部屋の中ではいろいろ動き回るのは無理なのでイントロだけの約束だったが、指を後ろ手に何度かならして顔を上げたところで、三葉は案の定また涙を流している。しかし今回は茫然自失ではなく、三葉の表情はすぐさま熱狂で埋め尽くされた。祈りをささげるかのように両手を喉下で組んだまんま、
「きゃー、瀧くん! すごいわぁ、マイケルそのものやさ。これ中学のときやっとったの?糸守でそんなことやったらみんな大騒ぎやったろうねぇ」

別にそんな祈られても何も出ないぞとか思いながらも、”糸守で 〜 大騒ぎ”というところで俺はやわらかい何かで記憶をくすぐられているような気がした。それとなんだかわからないけど三葉がこれを踊れてしまうのは必然のような感覚がしたのだ。

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瀧くんの踊りの指導はとってもわかりやすく、指なんて今の今まで一度もきれいに鳴らしたことがなかったのに、すぐに小気味よい音が出せるようになった。ムーンウォークもあんなのができるのは宇宙人かそれと接近遭遇した人だけができるのだとだと思っていたけど、一連の動作とフローリングの上で薄手の靴下を履いてやるようにアドバイスをもらっただけでそれなりにできるようになった。

こんなことができるようになったなんて伝えたら、サヤちんとテッシーはどんな顔をするだろうか。疑いつつも目の前でやってみろっていうかな?今はもうなくなっちゃったけど宮水神社の神楽殿がちょうど板の間だからバシッとムーンウォーク決めて、あの忌まわしい奉納舞とその直後に課せられた悪夢のリベンジを果たしたいなとか思う。そう考えるともうずいぶん時が経っちゃったけれどあの神社が無くなって少し寂しいと思っている自分もいるのだと気づく。

唯一できないのが後半の素早いターンだ。昼間に瀧くんのターンを見て触発されたという経緯からも、少なくともこれが出来なかったら今日教えてもらっている意味がない。それなのにどうもターンしたあとのバランス悪く、自分でも上半身を下半身が支えきれていないような感じでなかなかうまくいかないのだ。何度もやってみるが その都度バランスを崩し 狭い部屋の中なので毎回瀧くんが支えてくれる。意図的ではないものの瀧くんの腕の中に飛び込む度に幸せな気持ちになる。思わず顔に出てしまう。もうターンなんかどうでもいいかななんて思えてきた。

せっかくシャワーを浴びたのにもう汗ばんできてるし。

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普段から姿勢がいいのも幸いしてターンそのものは軸もぶれずしっかり回れているのにもかかわらず,さっきから何度も何度も回っては最後にバランスを崩す三葉。その都度俺の腕の中に飛び込むように倒れてきては反省する素振りもない。何気に顔もうっすら笑っている感じだ。俺のほうはというと倒れ込んでくる三葉を受け止めるたびに柔らかい感触と洗いたての髪の香りが心地よいので,この状況を続けたい気持ちもあったりする。

でも、どうも三葉がこのターンを決められないことがさっきからこの上なくもどかしいのだ。小気味よいリズムで機敏にターンを決める三葉の姿は決して今までのイメージから似つかわしくはないのが、なぜか三葉というより”三葉の体でもこのターンを決められるはず”と信じ切ってしまっている自分がいるのだ。

もう何度もターンにトライしては俺の腕に倒れ込むというのを繰り返してきた三葉は既に少し息を切らしている。本人の表情は俺の思いとは別に既に満足げであるのに、繰り返すたびに俺は違和感を感じざるを得ない。その違和感の原因が何であるのか、せめて視覚から感じ取ろうとして三葉に無理強いしてでももう一回、もう一回、とターンを命じるうちに当の三葉も流石に勘弁してよというような顔をして俺を見る。

もう少しだけ、あと少しだけでいいから
俺はヒントがほしい気持ちになり、ターンの仕上がりがなかなか良くならない理由を探す。

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瀧くんがこんなに体育会系だとは思わなかった。正直安易に「教えて」といってしまったことを後悔しかかっていた。ただでさえ風呂上がりに汗なんてかきたくないのに、もう絶対寝る前にもう一度シャワーが必要になってしまった。

私は決めポーズが決められずよろけるのはある意味瀧くんに喜んでもらっている側面もあると思ったのに、そのたびに瀧くんの顔が険しくなるのは甚だ心外だ。私もそろそろ限界に近いので、もう数十回目のターンを止められなかったところで、そろそろ堪忍袋の…と思った刹那、瀧くんの私を抱きかかえる手の軌跡が変わった。

それまではかなり紳士的にに私の肩やときにはお腹のあたりを優しくハグするような感じで受け止めてくれていたのだが、突如左手は肩、それもかなり強めに握り締められ、あろうことか右手は私の左胸を包み込むように添えられたのだ。それも“添える”といった表現より、狙って掴みに行ったかのような所作だった。

しかしここで私は大きなミスに気づく。こんなことが起こるとも思っておらず、少しぶ厚めのTシャツで安心しきっていた私が、
”つけていない”
ことに。

そういえば私はもうずいぶん前、誰か知っている人が”つけずに激しい運動をした”ことを咎め、こっぴどく非難した記憶がある。それが誰だったのか、なぜ人のことなのにそんなに真剣に怒ったのかがわからない。しかし私はつける必要が出たときから可能な限りつける鉄則を守り続けてきた。彗星のころ、その理由はわからないのだが寝るときでもつけていたりしたぐらいだ。そのポリシーをなぜ人に押し付けようとしたのか、私がそんな世話好きであったかといえばそうでもない。女友達といっても下着の話をするのはサヤちんぐらいだったはずなのだが、なぜかその子には強く”つけろと指示”をしたような気がする。そしてなぜだかそれ以降”自分でなんとか対処した”ような記憶があるのだ。人のつけるつけないを自分の手で何とかするというのもなんだか変な気もするけど。

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三葉はその柔軟な体のおかげで滑らかで切れのあるターンそのものは比較的容易に出来ているのに、それが直後のストップモーション、すなわち動から静への切り替わりの瞬間にどうにもぶれるのである。三葉自身が体を停止させているつもりでもまだ動いている部位があるのが災いしているようだ。そして俺はその部位をついに特定し、同時になぜか三葉の成長を嬉しく思った。まるで高校生のころから定点観測をするかのように。

俺がそこを凝視していたところに三葉が案の定体勢を崩したものだから、俺は支えるつもりで、その部位に導かれるように右手を伸ばしてしまったのだ。決して悪意があったわけではない。

しかし俺の右手はなぜだかその手のひらに収まった部位をしばらくは掴んだまま離せなかったのだ。その懐かしい感触、いやそれよりも心地よい、ある意味グレードアップした感触。なんだか朝の日課をこなしているかのような感覚もあり、あたかもそれが義務であるかのような、そんな感覚で俺はその部位をただ愛でる。

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「た、瀧くん…っ。これはちょっと…、恥ずかしいわ…」
とあまりにも瀧くんが手を離さないので、ただ私の心情を吐露してみた。瀧くんは顔を赤らめながら

「ごっ ごめん!」
と我に返り慌てふためきながら、うちに泊まる時用に先週おろしたばっかりのジャージのズボンにその手を擦り付け、まるで証拠隠滅を図るかのようなしぐさをした。

「別にええんよ…、瀧くんはこういうの好きなんよね…」
と言ってみた。瀧くんは慌てた様子のまま、

「いや、違うんだ、俺、三葉の身体の変化を完っ全に忘れてたんだよ」
って、いきなりなにそれ?わけのわからないことを言い出した。だから最低限のクレームを入れてみる。
「瀧くん、身体の変化って…ちょっといやらしいわ。」

「三葉ってこういった運動するのって久しぶりなのかな?って思ってたんだ。で、何か以前と変化したところがないかなって考えたら自然にそこに手が…。」

いいわけにしてはまたずいぶんと不自然極まりないのだが、瀧くんの顔は嘘をついている感じはしない。赤面はしているがむしろ大真面目だ。

「滅茶苦茶な言い訳して、瀧くん。触りたいんやったらこんな回りくどいことせんでも…」
と、うつむきながらこれまた私も自分で明らかに赤面しているとわかるような顔の表面温度を感じながら、クレームともアピールともつかない言葉を発してしまった。それでも瀧くんはこれをしっかりとクレームと捉えてくれたらしく、まだこの言い訳をひたすら正当化しようとしている。

「いや、あのっ、三葉が豊穣祭で踊ったのって高校の頃が最後だったんだよな?振り付けとか覚えるの早いし、手足もスムースに動かせるのに動作を止めるときだけ何かやりにくそうだなーって思ってさ。で、高校の時から成長するっていうと、その…。」

まだ頬をポリポリ掻いている瀧くんがなんだかかわいく、どんな嘘だって許してしまいそうになる。でもそれって私の体重が増えたってことを意味する可能性もあるので、けん制の意味を込め、
「あーっ!それって、私が太ったって思っとるでしょ!もうホントにこの男はーっ!」
と少し瀧くんに突っかかるふりをする。なんだか以前これと似た言葉、シーンを二人で演じたような気がした。

瀧くんはというとまだ頬をポリポリ掻きながら、
「そうじゃなくて、部分的にっていうか…  すまん」
と蚊の鳴くような声でまだ私の胸元から目を離さない。

あんまり困らせるのもかわいそうなので、私は
「そう、部分的だったら…許す。」
とだけ言って、瀧くんの胸に顔を押し付け、背中に腕を回して密着する。
ほどなく瀧くんの両腕が私の背中を優しく包み込み顔を近づける。

そして私は口元を寄せてそれに応えた。

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朝起きたら、もう三葉が朝飯を作っているところだった。多少けだるさのある、それでもなんだかすがすがしい朝だ。なぜか俺はにやけながら上体を起こした。

三葉の作る朝飯はいつもご飯とみそ汁だ。朝にパンを食べるとお金がかかるとかで、ごはん、みそ汁に加え豆腐や青菜のおひたしが並ぶ。台所に立つ三葉をしばらく眺めて少しまどろんだ後、おはようと声をかけた。するとお玉を手にしたまんまベッドサイドまで小走りにやってきて、
「瀧くん、瀧くん、さっき私ターンちゃんと決められるようになったんよ!」

と満面の笑みを俺にぶつけてきた。あまりの意外な行動にまだ掛布団はそのまま上半身を起こし三葉を迎えた俺は相当変な顔をしていたんだろう。

「あーっ瀧くん信じとらんね?じゃあ」
といっていとも簡単にターンを決め両手を広げてポージングをどや顔で決める三葉。俺は昨夜からの大いなる進歩に感心し、“おおー”と言いながら指先だけで音なしの拍手をしてみた。

鼻高々の三葉は上機嫌のまま台所に行ってしまったので、着替えて洗面所へいく道すがら、三葉の後ろ姿を凝視した。当然俺の確認する部分は一つだ。そして自分の考察が正しいことを確信した。

― そうか、今朝はつけているのか。 ―

と。

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