君の名は。アフター小説- パエリアの思い出(第一章)

主に四葉目線のアフター小説です。夏休みの四葉が二人が出会ってすぐのゴールデンウィークを回想します。

第一章 − うつくしく 笑う −

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「四葉、今日はわしゃコミュニティセンターいってくるでぇ。遅くなるにん。」

登校するため玄関で靴を履いている私におばあちゃんが言う。あのおばあちゃんの口からコミュニティセンターという言葉が出るのに違和感を覚えてた時期が懐かしい。

もう90歳を超えたおばあちゃんは社殿が無くなった後も神職を続けているので、仮設住宅から復興住宅に移ってからも糸守神社の氏子さんの冠婚葬祭の時には呼ばれて頻繁にお出かけする。杖を突いているけどまだ元気で活動的だ。
宮水神社はご神体が無事だったこともあり、無くなったわけではない。拝殿さえあれば後は糸守の人たちがお参りもできるので、今は復興住宅に近い氏子さんが用意してくれた土地に小さいお社を立てて、宮水神社(仮)が出来上がっている。でも祭殿や社務所はないからコミュニティセンターがその代わりになっているのだ。

彗星より以前はいろいろな儀式があって、巫女装束でおねえちゃんと奉納舞を舞ったりしたが、今は神楽殿がないのでそれはなくなった。ただあの彗星のあと伝統を残すためとかでお姉ちゃんとチャージ姿のまんま奉納舞をビデオ撮影させられたことがある。鈴もないし、装束がないまんま踊らされるのは甚だ不本意だったけど、おばあちゃんとお父さん以外は見せないという約束でおねえちゃんと避難先の高校の一部屋を借りて撮影した。この先誰があれを踊ることになるかわからないけど、角度を変えて何度も撮影したので大変だった。

お父さんは直前の避難指示に謎が多いということで彗星直後は時の人になったけど、糸守町が半年後にH市に併合される形で無くなった後、H市の市会議員に当選してからは糸守エリアの復興に力を入れているみたいだ。変電所とかもなくなってしまったので、電気や水道、道路、学校、役場の支所とかいろいろお金がかかるようで、忙しく東京や岐阜のお役所を巡って補助金を集めたりしている。いつかは糸守地区に宮水神社(仮)も移されるようになるんだろうか。その時は誰が巫女や神主をやるのか、想像はしたくないけど。

あの後、お父さんとおばあちゃんとおねえちゃんは話し合いをしたようだ。それまではあれほどまでに険悪だったのに、彗星のあとは”お母さんがそれを望んでいない”とか変なことを言って、仮設住宅に移って以降は同居している。それまでのことがあるのではじめはぎくしゃくしていたけど、そこは私がしっかり潤滑油の役目を果たせたと思う。
おばあちゃんとお父さんはもうすっかり普通の家族だ。ただおねえちゃんだけは少しお父さんとの関係が未だに変な感じもする。というよりお父さんがおねえちゃんについて何かしら身構えているような変な感じだ。

だからおねえちゃんが高校卒業とともに東京に行くことになった時も何かそれが運命であるかのように何の衝突も心配もなく送り出した。小学生の私にとってそれはあまりにもあっけなかった。まだ小学生だった私にとって急にお姉ちゃんがいなくなる喪失感は相当なものだった。

それに比べて私の進路。こっちは難航している。
お父さんはH市から通える大学、最悪名古屋という、なんとも過保護なのか単なる嫌がらせなのか私の東京行きに真っ向反対なのだ。成績はそれなりに良いほうだし、H市に移ったとはいえ田舎は田舎。そんな生活から抜け出す意味でメリハリをつけるということでいえば、大学はやっぱり名古屋ではなく東京にしたい。

それにしてもお姉ちゃんのときは何にもいわなかったのになんで私だけ?と不公平な感じがぬぐえない。私なりの対策が必要だ。

元来、末っ子というのは交渉上手なのだ。私もおねえちゃんとは年が離れていたけど、おねえちゃんのおかげで大人も含めて交渉することには長けている。だからまず2年生の時点でお父さんには”推薦入学であれば東京の大学も可”という条件を呑ませることに比較的容易に成功した。
まだおねえちゃんには話もしてないけど、”東京だったら同居もできるでさ”とでまかせも言っておいた。

しっかり戦略を考えておいたこともあって、1学期の終わりになって、私はそれなりのレベルの東京の大学の推薦をもらえた。恐らく糸守高校だったらそんなレベルの高い推薦枠はなかったはずなので、被災者の人たちには申し訳ないけど、これは彗星のおかげなのかもしれない。この夏休みは日中蒸し暑い復興住宅を出て,市立図書館の学習室で受験勉強をしている。今日も10時になったら出かけよう。

これまで私の戦略は完璧だった。そのはずなのに今になって私の進路が暗礁に乗り上げつつある。今や、それにどう対処するか、悩みのタネが尽きない。
実はこの春ごろから私の思惑を狂わせる何かが起こっていたのだ。

いや、もしかしたらそれよりずっと前からそれは運命づけられていたのかも知れない。一人になった部屋で私は思い起こす。

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あれはH市の桜はまだようやくつぼみになったばかりというような頃。
その日東京は満開になったというニュースをテレビでやっていた。この地方はやっぱりまだ山間部なので桜の開花も遅く、ゴールデンウィークの少し前に開花する。だから例年この時期になるとおねえちゃんから桜の写真が送られてくるのが私たち姉妹の風物詩になっていた。

案の定、その夜おねえちゃんからLINEが入り、
”桜咲きました!”
と写真が送られてきた。それには会社帰りなのか桜並木に立ってピースサインをするおねえちゃんの姿があった。うん?例年と何か違う。

まず自撮りでない点。今まではお姉ちゃんの顔が画面の1/3を占めているような写真だったのが、今回はほぼ全身が写っていて桜がメイン。例年は自撮りで桜を入れようとして必然的にローアングルで写すので、いつも少し変顔系のおねえちゃんが桜とともに写っていた。今年は自撮りでないのに加えて少し上体を横にかしげて、ちょっとかわいらしく見せようとする意図が見え見えのポーズをとっている。
サヤちんさんが撮っているのかとも思ったが、おねえちゃんはサヤちんさんの前でこんな(恥ずかしい)ポーズをとることはない。親友とはいってもあくまでもサヤちんさんの前では宮水神社の巫女たる姿勢を崩さないのがうちのおねえちゃんなのだ。

それに笑顔が違う。この点も強く違和感を感じたのでスマフォの画面いっぱいに拡大して分析してみた。なんというか笑顔の質というか、写真を撮るので笑っているのではない、自然ににじみ出るような笑顔。一言でいうと
”うつくしい 笑い顔”だ。
正直言って私は姉のこのような素直な笑顔を見たことがない。高校時代は周囲に対して宮水神社を背負っている重圧からか自分を押し殺して生活せざるを得なかったようで、よく当時小学生の私にグチっていたし、彗星のあとはさらに殻をかぶったようになってしまい、何かというと自分の手のひらを見て何か思案していたり、心から笑っていた印象がないのだ。

それなのに、
今年はまるでその写真が桜ではなく
”笑顔が咲きました!”
とでも言っているような感じだ。
あり得ない姉の変貌に、例年だったら翌朝になってようやく”東京生活はええねぇ〜”とか本題と違う返事を入れるのだけど、今回は緊急性を感じたので即応した。
それも核心をついて。

「誰が撮ったん?この写真。」

と打ってみた。すると3分ぐらい空けて、一番扱いにくいのが返ってきた。

「知りたい?」

ちょっとイラっと来た。まあ情報として必要なことは収集しておかないといけないので、 真剣さをアピールする。
「知りたい。」(土下座スタンプ)

「何してくれる?」
ああぁ〜、めんどくさい。さてはけっこう飲んでるな?

「何もしない。」

「じゃあ教えない〜。」(ぷんすかスタンプ)

「サヤちんさん?」

「違〜う。」(バッテンスタンプ)

まあ、テッシーさんはないので、
「じゃあ誰なんよ?」

「教えない〜。」

もう埒が明かない。めんどくさいのであんまり可能性はないと思いつつも揺さぶってみる。
「カレシ?」(はぁとスタンプ)

あれ?返ってこない。まじ?

しばらくして写真が入ってきた。
オトコの人の後ろ姿だ。多分その人には内緒で歩きながら後ろから撮った写真だ。髪型は少しツンツン気味で背はそんなに高くない感じだ。中ぐらいかな?スーツ姿でなんか鞄を肩にかけずに腕を折りたたんで手でベルトを握ったまんま肩から後ろに持っている。

まあ全然関係ない人とか、百歩譲って片想い中の人とかにこんなことをする姉ではないので、一応確認の意味で返す。

「まじ?」

今度はノータイムで
「マジ。」
と返ってきた。
即座に電話する。私も少し気が動転していた。言葉を荒げて矢継ぎ早に質問する。
「おねえちゃん、カレシってなんなんやさ?マジで?」

いきなり本丸を攻めると、少し小さめの声で
「う〜ん、出会ってまったんよぉ〜。」
いきなり中二病的な感じで来たし、小声ということはカレシ(仮)がまだそばにいるらしい。それに情報の断片的さにもほどがある。5W1Hって知っとンのおねえちゃん。あまりの姉の変わり具合に幻滅したという意味で少し声のテンションを張り、
「何ぃ?誰にぃ、いつぅ、どこでぇ?」

「えぇ?誰にって、それは会ってからのお楽しみやさぁ。」
いや、なんか最後の”さぁ〜”がホントにユルイ。今までこんな声聞いた事がない。
それにいつの間に私が会う前提になってんのよ?あなた何か騙されていませんか?東京はやっぱり怖いところなんじゃないですか?とか考えると今度は自分の進路に新たな懸念が出てきてしまった。
緊急性も感じたので、姉を救う必要があるかどうかを先に確認すべきだ。

「おねえちゃん、それ、なんか騙されてない?」

「それはないわ。」
と不機嫌そうに即答する。

「いや、なんでそんな言い切れるん?」

「絶対ないから。じゃあね、おやすみ!」
電話も切れたがおねえちゃんもキレた。
これは一大事だ。どうにかしておねえちゃんを助けなければ。

===

おねえちゃんは綺麗になったと思う。私がまだ小さかった頃に無くなったお母さんの写真を見て、いつもきれいだと思っていたが、最近はお母さんにそっくりになってきた。なのに一度もカレシというのがいたことがない。

東京に出るにあたって、東京でハメを外して遊び暮らす懸念もあったのに、一緒に上京したサヤちんさんの話では、大学の頃からモテなかったワケではないけど全然浮いた話はなかったようだ。
そのおねえちゃんにカレシ。しかもあの電話のデレ具合。信じられない。もし本当にカレシなら天変地異だ。だから私はおねえちゃんが何か都会の真っただ中で危険な罠にはまっているとしか想像できなかった。3月に電話した時は以前と変わらず地味な、声が低めのおねえちゃんだったのに。

その窮地にいるであろうおねえちゃんから送られてきた写真が唯一の手掛かりなわけで、私はその夜から何度もその写真を見返した。その写真の中で1点だけ変な気持ちになる点があった。この鞄の持ち方。まあ男の人はこういった持ち方をすることが多いんだろうけど、彗星の前、おねえちゃんが時々この鞄の持ち方をしていた。この持ち方をすると当時のおねえちゃんでも肩幅が大きく見えて、少しカッコよかった。それを思い出した。

けどそれだけでは、このオトコの人がいい人か悪い人か判断はできない。確かにおねえちゃんは私と会わせたいみたいなので、それを好機として活かすことにした。ちょうど推薦入試向けに大学からオープンキャンパスの案内が来ているようで、進路指導室にはいっぱいチラシが来ていた。ネットで調べたらゴールデンウィークの周辺に何カ所か東京近辺の大学で開催されるようだ。それを口実に東京に行くことにした。

早速その週末、久しぶりに地元に戻ってきたお父さんに計画を伝える。

「オープンキャンパスだと?」

厚い段ボールをはさみで切るようなざらついた声。
お父さんが不機嫌なサインだ。これは難航しそうだと思った。間を開けず、さらに否定が続く。

「それに何をもう東京に行くことを勝手に決めているんだ。それなら名古屋でもいいだろう。」

でもここまでは想定通り。お父さんは元は学者だ。理詰めで攻撃すれば陥落も可能だ。
「夏にあるのは一般入試向けなんよ。あれじゃ間に合わんからこの時期推薦入試向けに何カ所かいっときたいんよ。お父さん、お願い。」

両手を顔の前で合わせて、心底お願いモードを演じる。

ここでお父さんの奥歯が軽く歯ぎしりで軋む音がしたような気がした。要は以前、推薦でいけるレベルならば東京の大学もやむを得ないとの約束を取り付けておいたことを認識させたのだ。ここからは私が攻勢だ。

「おねえちゃんとこに泊まるし、お金はそうかからんようにするから。」

未だぎくしゃくがあるとはいえ、おねえちゃんの存在は今回のケースでは有効だ。本来はお父さんの前でおとなしく、まじめという印象があるようで、私が東京で遊び暮らすようなことがないようブレーキとしての役割が期待できるからだ。ただ、ホントのことをいうと今回は私がブレーキをかける側になりに行くんだけど。

「で、いつからいつまで行くんだ?」

”勝った。”と思った。

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今までの東京行きというとお父さんと一緒に上京し、おねえちゃんのうちに私だけ泊まって、帰りも同行というやり方で何回か東京へいったり、浦安の例のアレにお姉ちゃんと行ったりした。今回は一人で東京に行くという私を心配して、また役所の用事で東京詣でに行くお父さんに同行しろという申し出をひたすら断り、なんとか一人で名古屋行きの特急に乗り込むことに成功した。それでもお父さんは古川の駅までわざわざ送ってくれたりした。もう子供じゃないんだし、いい加減にしてほしい。

駅まで送るのをしぶしぶ認めざる得なかったのは理由があった。”送る、送らない”の押し問答の中で私が口を滑らせてしまったのだ。
”おねえちゃんも高校の時に一人で東京にいっとるにん”

この一言はお父さんがおねえちゃんに描いていた印象に違和感を感じさせてしまうことになった。そのあとは”それはいつだ?”とか、”なんのためだ?”とか私の東京行きとは関係ない方向に行ってしまって、結局防衛ラインの”駅まで送る”を明け渡さなければいけなくなったのだ。

確かにあの東京行きについておねえちゃんは口を閉ざしているし、行く前はデートだとか言っていた。1日で帰ってきて髪をバッサリ切って、挙句に次の日は相当に変だった。自分のことをオレとか言っていたし、避難を一番先に言い始めたのも。それが彗星の日だ。東京に当時カレシがおったとは思わないけど、彗星の件も相まっておねえちゃんにあまりその東京行きのことを根掘り葉掘り聞けなかった。一度、彗星のあとに東京行きのことを話題に出したら、当の本人は行った記憶さえ曖昧な様子だった。忘れたい思い出なのかもしれない。

そんなデリケートな話をお父さんにすれば東京暮らしの娘を今になって無駄に心配させることになる、果てにはそれが私の東京行きをさらに困難にする可能性があったので、早く幕引きをしたのだ。

名古屋駅でのぞみに乗り換え、そろそろ品川に着く。おねえちゃんの中では私は修学旅行で一度東京に来ただけの田舎者と同じ認識のようで、わざわざ東京駅までお迎えにきてくれるようだ。
おねえちゃんにLINEを入れる。

「品川すぎたよ。」

「何号車?」

「14号車。」

「中央乗り換え口の外で待っとるよ。」

「(了解スタンプ)」

修学旅行の時は全員が下りるまで駅のホームの上で待っていたりしたけど、今回は一人なので、すぐにエスカレーターに乗れる。気軽だ。それにあっけないほど簡単に改札の外のおねえちゃんを見つけることができた。

「きっぷ両方とも重ねていれるんよ〜。」
とか言っているけど、
”それ田舎者にいう言葉ですからね。そんな大声でこんなところで晒さないで欲しいわ。その本人も相当訛っとるし。”と思いながら少し立腹気味に改札を抜ける。

「四葉〜。久しぶりぃ〜、元気しとった?おばあちゃんも元気にしとぅ?」

お正月ぶりではあったけど、既に私はこの時点でおねえちゃんの変化に気づく。

・少しおしゃれ
・にこやか
・訛っている

最近いつも会うのは糸守に帰ってきたときだけなので長旅ということもあって少し疲れている。だから再会のはじめは大体不機嫌モードから始まる。こんなにこやかな再会は経験したことがない。

あと、おねえちゃんは人前では糸守出身というのを隠したいようで、東京にいるときは訛らないようにしていると未だ訛りっぱなしのサヤちんさんとテッシーさんが言っていた。私と電話で話すときも部屋にいるときは飛騨弁、周りに人がいるときは標準語を話している。だから東京駅のような人が多い場所で飛騨弁を話す自分の姉に違和感を感じた。

これに加えてもう一つ。横にオトコの人が立っている。肩と肩の距離は50cmぐらいなので微妙な距離感だ。

「あのねぇ、四葉。紹介するわ。タキくん。」

あの日送られてきた写真のツンツン気味の髪型と重ね合わせ、容易に本人と確認できた。これがカレシ(仮)か。そのカレシ(仮)が口を開く。

「四葉ちゃん、いらっしゃい。立花瀧って言います。」

自分の心拍数が急上昇するのを感じる。あれっ?ちょっとワタシ少し緊張してるかも?正直この状況は十分に想像できた。あの姉の浮かれようは私との引き合わせを一刻も急ぎたいと思っていてもおかしくはない。だからここでカレシ(仮)とご対面するのは想定内だったのに。当の私が想定外の心拍数になっているのを抑え込みながらまずは挨拶。

「よっ。四葉です。姉がお世話になっています!」

お辞儀したら背中のスクエアリュックが重くって前につんのめりそうになったので、ちょっと声が裏返ってしまった。何のお世話になっているかは知ったことじゃないんだけど、まずは社交辞令だ。その瀧くんとやらの観察はそれからゆっくりすればいい。

===

今日は会ってすぐ三葉が嬉しそうに

「今日は四葉が来るんよ〜。東京駅に迎えに行ってもいいかな?」

というのでノコノコついてきた。家族に会うのならもう少しましな恰好をしてきたと思うのだが、まあ妹さんということならそう気張ることもないか。四葉ちゃんは三葉と8つ歳が離れている。今年は受験で大学のオープンキャンパスに来るらしい。そういえば三葉の家族に会うのはこれが初めてだ。

東京駅で四葉ちゃんを待つ間、
「じゃあこのゴールデンウィークはあんまり会えないな。」
といったら、

「大丈夫、四葉はほっといたらええんよ。」
と、かなりサバサバしている。歳の開いた姉妹というのはそんなもんなのかな?と一人っ子の俺は想像した。それと同時に、昔一時だけ妹がいたような感覚が湧き上がってきた。俺が兄妹っていいなと実感したあれはいったい何だったんだろう?まさか俺ってもし妹がいたらシスコンだったのかも?とか思っているうちに三葉が改札に向かって駆け出した。

四葉ちゃんは今時のJKっぽくどちらかというと少しボーイッシュないでたちで、フード付きのパーカーにショーパン、ハイソックスで髪はツインテールで登場した。想像したような田舎クサさはなく、背中のスクエアリュックは女の子らしくいっぱい物が入っているように見えて重そうだ。

少し改札を抜けるときに不機嫌そうだったのだが、俺があいさつしたらそうでもなさそうだったから安心した。安心ついでに、

「荷物重そうだから持ってあげようか?」
と言ってしまった。なんか大きなしっぽのついたキャラクターがプランプランしているピンク色の大きなスクエアリュックを背負うのには少し勇気がいるが、ここはいいところを見せておかねばと思う。

「いえ、いいです。自分で持てますから。」
少し下を向いて恥ずかしそうだ。ここは無理強いする必要はないと思ったのだが、三葉は

「遠慮せんと持ってもらっときない。疲れとるにん。」
といって無理やり四葉ちゃんからスクエアリュックを奪い取った。どうも妹に俺のいいところを見せて仲良くさせようという魂胆なのかもしれない。でもJKっぽいスクエアリュックを背負うのは周りの目が気になるので、ショルダーベルトを2本まとめて手で持って腕を折りたたんで握り、肩越しに後ろに持つことにした。

久しぶりに会った二人だ。積もる話もあるだろうということで、二人を後ろに従えて道案内のつもりで歩き出す。 二人の会話は、お父さんとかおばあさんの話と、元糸守の人たちの話がしばらく続いた。俺に聞こえないトーンになったときには恐らく俺のことを話していたんだと思う。

===

中央線に乗ったところで、私たち二人はシートに座り、瀧さんはその前で吊革につかまっていた。挨拶の時はあんまり見れなかったけど、これだと正面から瀧さんを観察することができる。

おねえちゃんによると瀧さんは22歳でおねえちゃんより3ケ下だそうだ。ということは私と5つ違い。おねえちゃんの男友達というとテッシーさんしか知らないが、テッシーさんはもうオジサンっぽいのに、瀧さんはまだ若い感じだ。まあテッシーさんは昔からなんかオジサンっぽかったけど。

下から見上げると、喉のあたりとか、腕とかがよく見える。オトコの人って感じだ。

そういえば、今瀧さんってあの写真と同じ鞄の持ち方をしている。私が結構苦労して背負っていたのを片手で軽々しく持っているのも外観的にはプラスのポイントだ。と、自分が必要以上に値踏みしてしまっているのに気づく。ここは発想を変えなければ。

「そういえばおねえちゃん高校の時、少しだけ学校の鞄をあんな感じで軽々と持ってたことあるよね?」

おねえちゃんはきょとんとしている。
「なにいっとんの、私肩からしかかけへんかったよ?あんなん肘痛めてしまいそうやし。」
あれ?私の記憶間違いだったかな?

「ふ〜ん、そうやっけぇ。」

そうこうするうち何駅だかについておねえちゃんのうちについた。驚いたのはそのまんま、私のスクエアリュックを背負ったまんまその瀧さんがおねえちゃんのうちまでやってきたこと。このヒトいつバイバイするのかな?と思っていたらそのままなし崩しにおねえちゃんの部屋にいとも簡単に侵入してきた。それに対しおねえちゃんは平静の構えだ。
あれ、私の姉はこんなにワキの甘い人やったっけ?

確かに東京に出てくるにあたって、女子専用のマンションとかは高いので、ごく普通の少し古めのアパートとマンションの中間みたいなところに住むことになった。だからお父さんもそれなりに心配して東京詣での度におねえちゃんと会って、ハメを外していないか確認していたようだ。その抜け目ないチェック体制であってもおねえちゃんの身持ちの固さはお父さんの様子を通じて妹の私にも容易に把握できた。

それなのに、この激変ぶりはなんだろうか?
おねえちゃんが紅茶を入れている間に瀧さん容疑者(仮)はいったい何者なのかをひたすら考える。本人を目の前に。おねえちゃんをここまで急激に変えてしまうそれは新興宗教?それとも薬物?それともあなたのジゴロ的な何か?という目で私は瀧さん容疑者(仮)を凝視する。なのにこのヒトなんなんだろうか。JKに見つめられるのに慣れているのか、一切精神の揺らぎを見せない。なぜかにこやかなまんま逆にしつこいほど私を見つめ返してくる。こうなると私のほうが我慢できなくなってきた。
ついに居たたまれなくなって、

「瀧さん、何か私変ですか?」
と、探りを入れてみた。すると、

「いや、四葉ちゃん初めて会った気がしないな〜って思ってたんだよ。」
軽いな〜。そんなんじゃ私は落とせませんぞ!と思いつつ、

「そんなわけないじゃないですか〜。瀧さんほうぼうでいろんな娘にそれ言ってるんじゃないですか?」
と一太刀浴びせてみた。すると顔を真っ赤にして、

「そ、そんなの言ったことないって!」
と言葉を荒げた。あれ?想定外の反応だ。これはジゴロの線はないな。

「四葉ちゃん、昔からあのキャラクター好きだったんじゃないかな?」

といって私のスクエアリュックの横についているキャラクターを指さした。そう、あのでっかいシッポの何かわからないキャラクター。今はペンケースもそれだしノートの表紙にもシールを貼ったりしている。確かに小学生低学年から好きなキャラクターだ。
何を唐突に。このヒト守護霊とか見えるの?と疑念もあるけど、多少混乱しながら会話を構成する。

「そ、そうですけど。それは何か他の子と勘違いしてるんでしょう?」

不慣れな標準語で精いっぱいの会話を続ける。

「そうかもしれない。けど三葉がそうだったみたいに四葉ちゃんも以前から知っていた気がするんだ。」
やっぱりフシギ系の新興宗教だったか。こりゃ手におえないかも。と思って次どう攻めるかを考えていたらだんだん気まずくなってきた。するとお姉ちゃんが何かおいしそうな東京っぽいケーキと紅茶を持ってきた。
すごく美味しそう。ひとまず休戦だ。

お腹がすいていたこともあってケーキを先にぺろりとたいらげた後、ゆっくりと紅茶をすすりながら、休戦解除。

「ところでおねえちゃん。瀧さんとはいつ頃からなんやの?」

すると、少し考えて
「出会ったのはひと月前ぐらいかな?でもその前から探しとったんよ。」

また幻想的中二病路線きたーっ!こうなるとわが姉ながらもうどうしようもなく手ごわい。
そこに瀧さん容疑者(仮)が口を挟む。

「俺も同じなんだよ。俺が永い間探してきたのが三葉なんだ。」

ナニコレ、茶番すぎる。韓流ドラマを見ているマダムの横の旦那さんのような気分になってしまう。それにしても二人とも真顔すぎる。一点の嘘もないような真剣なまなざし。確かにセミナーとかいって洗脳合宿を受けるとこうなるって聞いたことあるなー。
やばいわ、これ。

ほぼ冷め切った最後の紅茶をすすったところで今気づいたけど、この二人距離近っ!瀧さんにほぼ寄り添うようにわが姉は目測でいうと8度は瀧さん方面に傾斜している。決して接触はしていないものの、私という存在がなければ確実に接触したうえでごろにゃん状態だ。

そういえば糸守にいた頃はあまりの田舎ぶりに、これではいけないということでスマフォを持っているおねえちゃんにお小遣いを上納して〇マゾンでJSスタイルっていう雑誌を購読していたけど、そこに載っていた小学生のバカップル漫画の主人公を見るようだ。
あの主人公たちより15歳とか年上なんですけど、あなた方は。

「で、どこで出会ったんよ。」
どうせ合コンかなんかでしょう?と思いつつジャブを入れる。

「神社の階段よ。」
はぁ?何それ。意味わかんない。それに輪をかけて瀧さん容疑者(仮)が、
「違うだろ?電車の窓ごしに会ったんだろ?」
と、余計話をややこしくする。

「やけど、瀧くんが声かけてくれたんは階段やさぁ。」
おねえちゃんも負けていない。 総合するとわが姉は電車で見かけて追っかけられた瀧さん容疑者(仮)に神社の階段で声をかけられていとも簡単に陥落してしまったらしい。チョロイ。
わが姉としてもう少し難攻不落でいてほしかったと思いつつお姉ちゃんの顔を見るとホントにあの写真のような、私が見たことがない屈託のない笑顔をしている。

すごくきれい、いや美しいと思った。

そういえば神社の階段といえば彗星の前、お姉ちゃんがあほなことを言っていたのを思い出した。宮水神社の階段で、お姉ちゃんは、
”来世は東京のイケメン男子にしてくださ〜い!(さーいさーいさーい:こだまの音)”

と言っていたのだ。偶然の一致とはいえ神社の階段で東京の(推定)イケメン男子にめぐり合ったというのはお姉ちゃんの深層心理に都合よくはまり込んだのかもしれない。なら、この攻撃の主ははあの夜宮水神社のそばであの雄たけびを聞いていた可能性が高い。もしそうだとしたら恐ろしく根の深い精神攻撃だし、もう私の手には負えない。なのであきらめの気持ちをもって瀧さん容疑者(仮)に最後の、そして可能性の低い質問をした。

「瀧さんって糸守に来たことあるんですか?」

「うん、行ったことあるんだけど6年前なんだよね。でも誰もいなくってさ、あんまり意味なかったんだけど。」

ううう、またなんか変な答えが返ってきた。もしそうだとしたらあの雄たけびを聞いた証拠にはならないし、誰もいない糸守に行く意味がそもそも不明。新興宗教にはまっている上に廃墟マニアならそんな組み合わせもあるのかも?終末主義者なのかな?危険すぎる。最悪でもミイラ取りになってはならない。もう私の姉はあきらめて私が撤収したほうがいいかも?とかいろいろ考えた挙句捜査は一時中断することにした。起訴の可能性も薄れたということで、容疑者扱いは免除ということにした。

なんせお姉ちゃんがあんなに”うつくしく”笑えるんだから。

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その夜、3人で近くのイタリアンレストランで夕食ということになった。まだ未成年の四葉には申し訳ないけど、瀧くんと二人でワインを飲んでそれなりに楽しいひと時を過ごした。四葉の前でお酒を飲むのは初めてだ。一葉おばあちゃんは元々神職なので、お酒を飲ませることはあっても、自分で飲むことはなかった。それに宮水神社に奉納酒がいっぱいあったが、宮水家にはお酒はなかった。
だから未だに復興住宅の宮水家でも原則お酒を家の中で飲むことはない。

パスタと野菜中心のイタリアンの最後にジェラートが出てきた。そろそろワインもおしまいだ。

あまりにも私と瀧くんが楽しそうに見えたのか、四葉が聞く。

「なあ、お姉ちゃん。ワインって美味しいん?」
私もかなりいい気持ちになっていて、少しイジワルっぽく答える。

「そうやねえぇ、瀧くんと飲むお酒は美味しいよぉ。」

四葉はひくつきながら笑っている。ちょっとのろけすぎたかな? はじめ四葉は瀧くんに対して少し感じが悪かったけど、徐々に瀧くんにも心を開いてきた様子。よしよし。
でも次の四葉の質問は私的には少し勘弁してほしいものだった。

「それやったら口噛み酒も美味しいもんなんかなぁ?」

ああ今、まだ少し分厚い心のかさぶたを無理やりはがされた。血がドバドバ出てきたかも。

「四葉、あれはお酒やなくってねぇ…。」

”もう黙れ”という意図で半分脅しながら低い声で制止する。
しかし、瀧くんがあまり聞かせたことのない私の声にギョッとした顔で私を見ていたので、言葉途中で口をつぐんだ。

私は単純にあれは”吐しゃ物”と思っているので、このテーブルにある美味しいワインと一緒にしてほしくない思いでそういったのだが、四葉はあれがちゃんとお酒に変わるものと信じ切っているらしい。わが妹は瀧くんに対して私の恥部も含めてあらいざらい情報開示した上で、それでもうちの姉を選べるようなら選びやがれという感じでぶちまける つもりなんだろうか?危険な予感がした。

「お姉ちゃんとおばあちゃんとでご神体にお供えに行ったやないの。あれがお酒やなかったら何になるんやさ。神さま喜ぶからやなかったの?」

そこに最悪なことに瀧くんが食いつく。
「口噛み酒ってなんだっけ?」

ああ、最悪。
私の絶望のわきで四葉が的確に答える。そしてそれは私の最も望まない表現の連続だった。

「うちの神社のお祭りの前に、奉納舞を舞った後に…。」

瀧くんが聞きなれない言葉に食いつく。
「奉納舞?」

「ああ、巫女装束来て頭にお飾り付けて鈴鳴らしながら踊るんですよ。彗星が来たんで私は1回しかやったことなかったけどお姉ちゃんは何回もやってるんで、ものすごくうまかったんですよ。」

瀧くんがすごい勢いで私のほうに振り向き、見つめる。 ”踊って見せて”と目で訴えている。

「もうっ。踊らんよっ!恥ずかしい。」
と先読みして蓋をした。しかし敵もさるもの。くるっと踵を返し、

「四葉ちゃんは踊れるの?」

「多分お姉ちゃんと一緒だったら踊れるかも。」

なんだか瀧くんの鼻の下がだらーんと伸びたような気がした。
私が了承しなかったとしても、私に隠れて四葉だけを踊らせてマンツーマンで鼻の下を伸ばしている瀧くんを想像してしまい、私は冷静さを失った。

「お酒の話しやったんと違うのっ?」
自ら墓穴を掘ったことに気づいた。これでは口噛み酒の話題に逆戻りだ。そこに堰を切ったように四葉がマシンガン回答をぶちまける。

「そうそう、口噛み酒っていうのは日本最古のお酒で、お米を口の中で甘くなるまで噛んで、それを溜めて何年か置いておいたらお酒になるっていうやつなんです。それをお姉ちゃんと私で作ってご神体に奉納したんですよ。」

あぁ、言っちゃった。終わりだ。あの野蛮な儀式をもう何年も経って一番大事な人にばらされてしまうなんて。あまりの羞恥プレイに顔を両手で覆っていたんだけど、そのマシンガン回答のあとあまりに沈黙が続くので不信に思って片手ずつ外して瀧くんの顔を見てみた。

瀧くんはなんだか神妙な顔をしている。そしてゆっくり口を開いた。

「お酒には魂が宿るっていうけど、それって三葉と四葉ちゃんの魂がその口噛み酒に宿っているってことだよね。それは神さまを喜ばせて人を幸せにするんだよね。それって神さまの体の中に三葉と四葉ちゃんの魂が入るってことだから、すごいことだよね。」

あれ?このヒト、一葉おばあちゃんの”ムスビ教”信奉者?
あの”べぇー、ドロドロドロ”ってところは想像力が働かなかったってことかな?

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口噛み酒の話題については瀧さんが気持ち悪いって顔をしなかったので、お姉ちゃんはほっとしたみたいだ。私も少し意外だったけど、まだ瀧さんが宮水神社と似た特異性を追い求めるマニアックな新興宗教の手先である可能性も否定できない。まあ、少しお酒が入って気持ちよくなっているかもなので、今これ以上追及しても判断に足りる精度が保てないし、さっき容疑者扱いはやめるってきめたのだ。
適当にお姉ちゃんにその口噛み酒にまつわる私の印象的だったエピソードを振る。

「そういや、おばあちゃん最近はしじゅう杖ついて歩いてるけど、あんときはまだご神体に行くときだけやったよね。それで見かねてお姉ちゃんが負ぶって頂上まで行ったけど、今だったら下からずっーと負ぶっていかなならんね。」

お姉ちゃんはきょとんとしている。

「おばあちゃんを負ぶってったぁ?そんなことできるわけあらへんに。」
意外な突っ込みだ。私の数少ない彗星前の家族の淡い思い出を全否定するなんて。

「いやさ、お姉ちゃんマジで担げるんかな?と思ってたら、初め一回つんのめっただけで山の上まで負ぶっていったでしょ?」

「無理無理…。あっ。」

思い出したように逆に質問してきた。

「そん時の私の髪型どうやった?」

何のことか全然わからず、記憶をたどってみた。あの時期お姉ちゃんは2種類の髪型を使い分けていた。多分何か自分の殻を破りたかったのかもしれない。

「う〜ん、多分やけど巌流島で待っとったほうみたいな感じ。」

「それ、佐々木小次郎やないのっ!」
すかさずすごい勢いで突っ込んできた。そういうことをいわれるのにトラウマでもあるんだろうか?

「そうそう、それ。」
恐る恐るこう答えると、お姉ちゃんは少し思案して。

「ああ、それは別の人やよ。」

支離滅裂とはこのことだ。そんなキテレツなことをいいながら、顔はまた屈託のない笑顔に戻っていた。幸せそうだ。でもワインもしこたま飲んでいるので、酔いが回ったのかもしれない。そろそろ帰ったほうがよさそうと思った。

「お姉ちゃん、私明日早いからそろそろ帰ろ。」

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瀧さんを駅まで送って、相当気持ちよくなっていそうなお姉ちゃんと二人部屋までどうにか帰り着いた。簡単にシャワーを浴びて、私はソファーベッドにシーツを敷いてお姉ちゃんのベッドの横に寝ころんだ。

ワインの酔いがまださめないのか、お姉ちゃんは少し饒舌だった。天井を見ながら二人でピロートークだ。しばらく他愛のない話をして、ふとお姉ちゃんはさっきの話を思い出したみたいに聞いてきた。
「四葉ぁ。彗星の前ね、お姉ちゃんちょっと変な感じの日なかった?」

そういえば、髪型のほかに

朝自分の胸をもんでいたり、
いきなり晩御飯になじみのないイタリアンを出してきて、それが意外に美味しかったり、
組紐が急に作れなくなったり、
テッシーさんと大工みたいなことを始めたり、
私をいきなりちゃん付けで呼んで優しくなったり、
東京にデートに行くって言ってみたり、急に髪を切ったり、
私の学校の子にお祭りに行くなってくってかかったり、
自分のことオレとか、三葉じゃないとダメなのかとか変なこと言ってみたり、

それはそれはハチャメチャだった。あれはヤバかった。もうあのときの私は”ヤバい”を一生分口に出してしまった。
だから正直に

「うん」
とだけ答えた。

「あれは別の人なんよ。」
ぇえええーっ?そんな責任転嫁ってあり?ちょっと呆れた。

「お姉ちゃん…、意味が分からんに。」

「彗星が落ちるって言ったのはあれは私じゃない。誰かが私に入って、私がそう動くようにしたんよ。だからその人に感謝せんといかんのよ。」
意味が分からない言葉は続く。私は黙って聞いていた。

「私、ずーっとその人を探しとった…んよ。」

なぜかお姉ちゃんが昔、右手をずーっと見ていた光景が目に浮かんだ。それと少し今日のことを思い出した。しばらく時間が空いただろうか?その真意を聞き出したく思ったので、聞いてみた。

「それが…瀧さんなん?」

何も返ってこない。 いつの間にかお姉ちゃんは寝息を立てていた。

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 第一章 了

 

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