君の名は。アフター小説- パエリアの思い出(第二章)

四葉目線のアフター小説の続きです。四葉が瀧くんをさりげなく尋問していきます。

 第二章 − 口噛み酒 −

===

今日は中央線を山手線の外まで少し行ったところにある大学のオープンキャンパスだ。
どうしても私が受験したい学部の説明会があるのが9時なので早めにおねえちゃんの部屋を出た。で、私だけで行くつもりでいたのがお姉ちゃんも一緒に出ることになってしまった。

「ついてこんでもいいにん。子供やないんやから。」

「ええんやさ、四葉は気にせんでも。」
何が良いのかわからない。確かにオープンキャンパスは父兄ということで本人が続柄を記入すれば2名まで付き添いができるようになっている。それを今朝いきなり事前登録で父兄2名を無理やり登録させされ、姉と推定カレシが同行する羽目になった。

お姉ちゃんは朝いちばんでさっさとLINEで連絡を取り、瀧さんはお姉ちゃんのうちの最寄り駅で合流した。こうして今日の私の仮面父兄が出来上がってしまった。 だから私はかなり不機嫌だ。
それに対してお姉ちゃんはすこぶる上機嫌だ。駅まで歩く間、変な言い訳ともつかないことを言い出した。

「瀧くんと学校行きたかったんよ。」
あれ、意表をついてこのヒト付き添うつもりゼロなんだ。私の違和感はそっちのけで続いて勝手にしゃべりだす。

「この前ね、瀧くんの高校まで行ったんよ。私なんでかすごく懐かしい感じがして、教室とか、瀧くんがお昼食べてたっていう屋上とかいろいろ見たかったんやけど、中に入れなくて。ちょっと寂しかったんよ。」

「人の高校が懐かしいって、なんなんやさ、それ?」

「わからんけど、私あの高校の中に入ったことがあるような気がするんやさ。門のところに立ったら、なんかわからんけどやっと見つけたって感じやったんよ。」
自己陶酔が過ぎる。これは引き戻してやらんといかんわ。

「お姉ちゃん、それは瀧さんが好きすぎて少し病的になっているってことやに。ちょっとは自嘲しないよ。」

「好きはなんは…、好きかな?」
驚いた。自分が病的なレベルというのも含めて否定しない!?

「やっぱりなんか瀧くんと高校の時の記憶でつながっていたような気がするんよ。」
またまた変なことを言い出した。私は昨夜の答えてもらえなかった質問を思い出す。

瀧さんがお姉ちゃんハチャメチャVer.の原因だったとしたら、今お姉ちゃんが言っていることから推測すると、お姉ちゃんが瀧さんのハチャメチャVer.の原因になっていたことも考えられる。でも二人は3年違い。そんなことはありえないと思った。

いやいや、そもそも人の中に入るって何よ。それがまずないは…ず。あっ!?

そこで私の記憶の今まで開けることのなかった引き出しに、少し思い当たる出来事を思い出した。

そうだ、口噛み酒。

小学生のときに一度だけお姉ちゃんと奉納舞を舞ったあと作った口噛み酒。あれを私はいたずらで少し舐めたことがある。それはえぐすっぱくってひどくまずかったので、すぐにフリスクで消毒した。あの後、神楽殿で私はほかの人になったことがある。誰かはわからない。ただ、入れ替わって私は何をやったんだっけ?自分の身体のなにか柔らかい ものをもんでいたような…。

あまりにも歪な記憶だ。オチも少し下世話なので誰に話しても笑い話にもならない。だからお姉ちゃんにだって今まで一度も言ってない。

でも、あれが口噛み酒のせいなんだったら、宮水家の遺伝的体質のせいなんだったら、お姉ちゃんにだって同じことが起こってもおかしくない。むしろそうだったとしたらあのハチャメチャVer.ぶりは合点がいく。

「お姉ちゃん、口噛み酒呑んだことあるのん?」

「絶対飲まんわ。ないわ。あれを飲むのは相当な変態やさ。」
二重に輪をかけて全否定だ。 それに”変態”のくだりは私の場合いたずら心からやったことではあったけど、ちょっと自尊心を傷つけられた。心の中で言い返す。
”それより、今あなたは神様を変態扱いしたのではないですかね?”

お姉ちゃんの頑なさに対比して昨日の瀧さんの”ムスビ信奉者”ぶりが気になる。

「昨日の瀧さんはお姉ちゃんのだったら飲んでしまいそうな感じやったけどな。」
お姉ちゃんは見る見るうちに顔が赤くなる。

「飲むはずないやろ、あほっ。」
言葉とは裏腹に少し嬉しそうだ。何を想像しているのやら。このヒト。

===

改札の中で二人を待っていたら、少し時間を過ぎてからようやくやってきた。手を挙げてお互いを確認の挨拶をしたら、少し時間がかかりながら四葉ちゃんの分の切符を買って改札を入ってくるなり、四つ葉ちゃんが変な質問をぶつけてきた。

「瀧さん、瀧さん。昨日の口噛み酒ってお姉ちゃんのやつだったら飲めます?」

面くらった。陽の高いうちにシラフでする質問ではないと少し四葉ちゃんに教育的指導を入れそうになった。でもここはまだこらえ性のあるいいお兄さんを演じたほうがよさそうだ。ふと三葉のほうを見ると、少し呆れた顔で俺と四葉ちゃんを交互に睨んでいる。さて、どう答えるか…。将棋の打ち手のように3手も4手も先を読んでみた。

まず、飲まないと答えるとしよう。そうすると三葉は”なんで私のんがのめへんの!”と思いながらも、平静を装うだろう。印象は悪い。朝からそんな雰囲気を悪くしては今日一日が思いやられる。また、四葉ちゃんも、せっかく面白ネタを振ってみたのに、面白回答で返さないと、なんてつまらない人なんだと思われる。

それに比べ、飲めると答えれば、三葉は少し照れながらも結果的には喜ぶだろう。四葉ちゃんは、こっちのほうが面白いと感じるだろう。そもそも口噛み酒がどういったものか知らないんだから、どう転んでも俺の責任ではない。

ということで、
「う〜ん、ちゃんとお酒になってたら三葉のも四葉ちゃんのも飲めるな。」
と四葉ちゃんへのサービスも加えて笑顔で答えてみた。見事な回答を褒めてもらいたくて三葉のほうを見る。
あれ?睨んでる。
どこからかわからないが”ピキッ”という何かが割れる音が聞こえたような気がした。

とっさに目をそらし四葉ちゃんのほうを見ると、
「やっぱりやさ〜、お姉ちゃん。瀧さんはいける口なんやさ。」

と少し嬉しそうだ。三葉対策には失敗し、四葉ちゃんにはまあまあってところか。
やっぱり女子との会話は無理ゲーだ。

「そうやね、瀧くんはJKもいける口なんやもんね。」
と低い声で三葉。そこか〜。サービスが仇になった。

四葉ちゃんは、
「ご神体に行ったらまだ私たちが奉納したんが9年物であるはずなんで、今度瀧さん一緒に飲みに行きましょうよ。」
などと言う。

「いや、やめとくよ。」
俺は頬をポリポリ人差し指で掻いて心底反省している姿勢を表す。ほどなく電車がホームに滑り込み、その悪い雰囲気のまま俺たちは電車に乗り込んだ。

電車の中で三葉の無言がちょっと怖い。

===

”四葉の口噛み酒まで飲めるって、どんだけ変態なんよこのヒト。”

と今日の私は瀧くんに会ったそばから機嫌が悪い。
この前旧知の友達として紹介してもらった司さんは瀧くんが昔から年上属性寄りだったといっていたから安心してたけど、JKもいける口なんかしら。私がいなかったらご神体まで行ってしまいそうで怖いわ。

とか電車の中で考え込んでいたら、無言の私の代わりに瀧くんと四葉が楽しそうに話している。今日は荷物が軽そうだとかそんな他愛のない話なのだが少し癪に障る。二人の声を聞き一人だけ距離をとってドアにもたれかかって外を見る。

そういえば瀧くんに出会うまではいつも電車の中ではドアにこうやってもたれかかっていたのを思い出す。基本的に人混みが苦手な私はドアから中ほどまで進むことができなかった。ドアから離れると何か良くないことが起こるような、もしくは車両の中ほどで苦い経験があるかのようにドアから離れられなかった。

だからいつも電車の中からドアの外を見ていた。いつもそうやって何かを探していたような気がする。そのおかげで瀧くんに出会えたのだ、そんなことを思い出していたら、こうやって瀧くんに腹を立てている自分がたまらなくなった。 あの頃の私がやっていたように右手の手のひらをじっと見る。

これではダメだ。
私は絶対に瀧くんを離さない。四葉に嫉妬している場合ではないのだ。自分を変えなければ。

吊革につかまりながら四葉とにこやかに話す瀧くんのそばに移動し、わざと腕にがばっとつかまってみた。そう、私は瀧くんのカノジョなのだ。妹といっても私抜きで楽しく話をさせてはいけない。強い意志の下、二人の会話を強制中断させ、涼しい顔をして今日行く大学について四葉に質問した。

「S大って三葉の志望学部のキャンパスは今日行くほうにあるんよね?」

四葉はちょっと迷惑そうな顔をした。瀧くんと話すのが少し楽しかったのかも知れない。しめしめ。

「一般教養はこっちのキャンパスみたいだけど、3年生からは別みたいやよ。だから3年生からはおねえちゃんのところから通うのは大変かも。」

「えっ?四葉ってうちから通うつもり?」

「そのつもりやけど。」
当然でしょ?という口調で四葉が答える。

私は
「う〜ん、そっかぁ。」
と、瀧くんと顔を見合わせた。

===

この時期のオープンキャンパスは推薦入試向けなので規模的には小ぶりだ。でも今日は総合説明会のあとセミナーを午前中は1件、午後は2件をはしごするので、結構忙しい。

はじめの総合説明会はおねえちゃんと瀧さんは後ろの方で聞いていたみたいだけど、終わったらさっさとどこかに消えてしまった。パンフレットをもらったところで、二人でキャンパスの案内図を見て自分たちだけで楽しむルートを話し合っていたようなので、はなっから私に付き添う目的でないことは明白だ。

午前中のセミナーは大学の学生に対する期待とかを各学部長さんがしゃべる内容で、総じて退屈だ。興味のない学部のところはとんと頭に入ってこない。それよりさっきのおねえちゃんの反応が気になった。まるで私が同居できない事情でもあるかのようなリアクション。

確かに頻繁に瀧さんがおねえちゃんのうちに来ているのは昨夜の顛末からも明らかだ。それにあのお姉ちゃんには似つかわしくないデレっぷり。これは同棲か結婚かが近いということ。お父さんとかおばあちゃんの手前、同棲というのはなさそうな気がする。すると残るのは結婚。

でも瀧さんって社会人1年目って言ってたよね。私がちゃんと大学に合格したとして、お姉ちゃんと同居できない可能性があるということは、瀧さんが社会に出てまだ1年もしないうちに結婚するということか。それってどうなのよ。

とか思いつつも、自分の利益のために反対するのもなんか釈然としない。ここはお姉ちゃんがちゃんと幸せになれるかどうかを見極めて、それから対策を考えよう。

長めスピーチが連続し、私にとってあまり内容のない午前中のセミナーが終わったので、LINEを打つ。

「どこにおんの〜。」

「カフェ。」

糸守とは違ってH市にも喫茶店ぐらいはある。郊外のショッピングモールにも大手コーヒーショップのお店がある。でもカフェと呼べるものはない。せいぜい少し人気のパン屋さんが空いたスペースでコーヒーを出しているようなものだ。なので、糸守にいたころのカフェと無縁なお姉ちゃんの記憶が大半の私はその姉の”カフェ”とだけ打って来たのに少しイラッとした。

大学には学食があるにはあるが、フードコートのような運営方法で、そのまわりに専門店のような形でいろいろな飲食店がある。キャンパスの案内図を見るとこの大学は私学の中でも大きな方なので、カフェと呼ばれるものが3つはあるみたいだ。

「どのカフェにおんの?」

「テラスのあるとこ。」

店の名前ぐらいいいなさいよと思いつつ案内図にテラスのようなものがあるカフェが1つだけあったので、そこに向かうことにした。案の定店の名前は横文字で長い。だからLINEの会話もこうなるんだと合点がいく。店を見つけ、中に入ったら二人の姿はなく、外のテラスで陽当たりのいいところに二人が座っているのを見つけた。コーヒーに加えお姉ちゃんはなぜか高校の時以来異様に好きになったパンケーキを頼んだみたいだ。

二人が座っているテラス席は、ウッドデッキになっていて、その上に太い木から切り出した一枚板のテーブルが4つ。それと丸太から削りだして座面を付けたような椅子がおかれていた。学生向けということで、長時間くつろぐというよりちょっとした休憩をするためのログハウス調のものだった。私はなぜだか記憶を少しくすぐられた感覚があった。

セルフサービスでコーヒーを受け取り、お姉ちゃんの横に座る。

「あぁ、四葉。来たん。どうやった?」

「うう〜ん、午前中のは全部説明会みたいなもんやし、午後に期待やに。」
さっきの変な感覚の理由を探しながら答える。

「パンケーキちょっとちょうだい。」

「ええよ〜、おいしいよ。これ。この大学ええねぇ〜、こんなの毎日食べれて。」
”毎日食べるわけないでしょ”と思いながら、一切れにフルーツをたんまり載せて口に運ぶ。おいしい。学校で食べれるものとは思えない。顔に出てしまったのでこれじゃあ無言であってもお姉ちゃんに同意したことになる。ちょっと気まずい気持ちになったので、少し話題を変える。そう、変な感覚の理由を思い出したのだ。

あれは彗星の直前。うちのそばのバス停にお姉ちゃんたちが勝手に休憩スペースを作って遊んでいたのだ。テッシーさんがいろいろ機材や木材を持ち込んで、ずいぶん楽しそうにしていた。それまでのお姉ちゃんからはあまり想像できない突然の出来事だったので、鮮明に覚えている。急にジャージをもってこいとか言われていやいや持っていったりしたし。

あの時のお姉ちゃんはほんとうに別人だった。髪の毛は後ろで1本に縛っただけだったので、外見から違ったけど。みるみるうちにテーブルと椅子が完成したのはテッシーさんの持てる知識と指導力、それにお姉ちゃんの普段からは想像できないほどの積極性とか機動力、そういったもののおかげだったと思う。

一度学校の帰りに友達とあそこに座っておしゃべりをしてみたけど、結構居心地がよくって、思わず長居をしてしまったっけ。また今度はちゃんとお小遣いを持ってきてジュース飲みながら使わせてもらおうなんて思っていたら彗星でぶっとんでしまった。もったいなかった。

「そういえばお姉ちゃん昔こんなテーブルとイス、テッシーさんと作っとったよね?」
お姉ちゃんは一瞬きょとんとした顔になったけど、昨日と同じく答える。

「あれは別の人やよ。」
と瀧さんに目配せした。瀧さんは少し当惑した顔になったが、すぐに笑顔でお姉ちゃんと私の方をいたずらっぽく見やって、
「そうかもね。」

といった。

===

 第二章 了

 

KEN-Z's WEBのトップへ NEXT