君の名は。アフター小説- パエリアの思い出(第四章)

四葉目線の続きです。味覚から記憶を呼び起こす作戦といったところでしょうか。

 第四章 − 心理テスト −

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そのお焦げの美味しさ故、ひたすら狂ったようにフライパンの全体からこそぎ取ったので少し右手がだるい。さっきのお姉ちゃんのありがとうは何だったんだろうと少し考えたけど結局わからなかった。なんせ今日は感謝されるようなことは何にもしていない。

そのお姉ちゃんは今日は早く寝たいみたいで、先にシャワーを浴びにいってしまった。昨日に続いてワインを相当呑んで、かなり気持ちよさそうにしていた。その笑顔も本当に心から嬉しくて楽しいと思っている笑顔で、私もあまり見慣れないものだったけど、お姉ちゃんのホントの笑顔のような気がして、こっちも幸せな気持ちになった。
だから今のお姉ちゃんはホントに幸せなんだと思う。

お姉ちゃんがいない隙に、私は瀧さん容疑者(仮)のさらなる追い込みの手段を考える。
黙秘を続けている容疑者の登場を待つ検察官のような気持ちで瀧さんとの一問一答を組み立てていく。もうこうなったら瀧さんの嗜好を追及していくしかない。

まず少しお酒が入った顔の瀧さんに質問をぶつける。あくまでも無邪気な女子高校生を装ってだ。

「瀧さんてぇ、お姉ちゃんのどこが好きなんですかぁ?」

とフライパンから剥ぎ取った最後のおこげを口に運びながら聞いてみた。
すると少し思案して
「全部。かな? 嫌いなところはないから。」

このーっ、お酒が入っているとはいえ、言うに事欠いてここまでデレるか?と少し衝動的に首を絞めたくなった。でもここは落ち着いて、

「あえて言えば?」
と深堀りする。また少し時間をかけて思案して、思い出したように、

「笑顔…かな。三葉が笑っている顔が好きなんだ。三葉が笑うと俺の周りの世界が一気に明るくなるんだよ。」

クッソー、ここまで言われるともう目で自分の周りに鈍器のようなものがないか探してしまう。
「ということは顔ですか?」

「まあかわいいはかわいいと思う。」
ちょっと口の周りを押さえて答える。少し照れもあるだろうけど。 徐々に嗜好のレベルを深めていく。

「髪型はどうですか?」

「好き…だな。」
少し言い方を工夫したかったようだけど、”好き”の部分は即答だ。

「お姉ちゃんがショートカットにしたらどうですか?」

今度は食い気味に
「や、今がいい。」
と、”とんでもない”という感じの答えが返ってきた。

「もしお姉ちゃんがカラーを入れたりしたら?」

「どっちかというといやだな。」
う〜ん、これはかなり黒髪ロングに固執している。ここで少し質問を変える。

「オトコの人の感覚があまりわからないんですけど、思春期の自分と今とで感覚が変化していると思いますか?」

「あんまり変わらないと思うよ。」
ということは昔から黒髪ロング好きということか。
さて、ここからは少しテンポを上げていく。作戦通りに効率よく進めたいところだ。

「今日ですね、心理学系のセミナーがあったんですよ。そこで心理テストをやったんですが、瀧さん少しやってみません?」

「四葉ちゃん心理学に興味あるんだ。いいよ。なんか面白そうだ。」
よしよし、乗ってきたぞ〜。

「じゃあ、この内容は私だけで内緒にしておきますから正直に答えてくださいね。
では第一の質問です。
あなたの目の前にあなたの好きな人が眠っています。その人は何をしても起きません。そして周りに人もいません。 まずあなたはどこを見ますか?」

瀧さんは少し考えて、
「顔かな。」
お姉ちゃんの幸せそうな寝顔を見たいってことだろう。

「では、どこか触るとしたら、どこを触りますか?」

「髪をなでるかな。」
黒髪ロングフェチ決定。ちょっと引くけどここは臆せず突き進もう。

「かなり優しいですね。では、その髪をなでたという事実が知られるのは嫌ですか?」

「いや、別にいやじゃないな。ちょっと恥ずかしいけど。」
黒髪ロングフェチを包み隠さず表現できるその自信に感服しつつ、本題に移る。

「では、あなたが次に触りたいところで、触ったことがばれると困るところはどこですか?」

「う〜む、四葉ちゃん。それ答えないとダメ?」
瀧さんはもう答えを導き出しているが明らかにそれを言ったら社会的に死ぬかもと警戒している。私も薄々わかってはいながら、やはりしっかりとここは答えてほしいので、

「勿論。もし私がドン引きするような内容でも、絶対に引きませんし、口外しません。」

「絶対に?俺を見る目が変わってしまうようなことはない?」
相当な警戒だ。ここは弛緩してやらねば。
「大丈夫です。お姉ちゃんから少し話を聞いていますので、少々のことは驚きません。」

「なにそれっ。何を聞いたか気になるな。あとで聞かせて。」

ちょっと逆効果の危険もあったけど、体のいい交換条件が出てきた。こりゃいけるかも。
「ははは。わかりました。ちゃんと答えてくれたら細かく教えてあげますよ。」

「じゃあ、正直答えよう。」
瀧さんはスーッと一度深呼吸を入れて、目をつぶったまま少し小さな声で答えた。

「胸。」
やっぱり。私としてはここで”この変態鬼畜野郎!”と罵倒したいところだけど、これでかなり核心に近づいてきた。ここは落ち着いて。
「わかりました。では次の質問です。さて、何日か経って、同じ状況になりました。触りたい場所というのは前回と同じですか?他にありませんか?」

「同じで…す。」

「はい、わかりました。これで質問は以上です。」
瀧さんはきょとんとしている。多分セクハラしたのに訴えられなかったかのような拍子抜けな気持ちなんだろう。

「これでなにがわかるの?」

少し考えてみる。適した答えが見つかった。

「お姉ちゃんとの相性です。これでお姉ちゃんとの相性がとてもいいことが分かりました。」

確かに若いころから胸に興味があったとしたら、朝のあれは瀧さんの所業であったと結論できる。また私の確証に近づいた。一方の瀧さんはまだ謎っぽい顔をしている。
「なんでそんなことが分かるの?」

少し酔っているみたいで、何度もかなりしつこく追及してくる。自分だけが恥ずかしい 思いをして損をしたと思っているのかも知れない。
ここはピシャっと締め切ってしまおう。

「なんでもです。超心理学的理論です。」

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お姉ちゃんはシャワーが終わって髪を乾かしている。お姉ちゃんは瀧さんがいるのにパジャマを着てしまっていて、以前のお姉ちゃんからは想像できないほどのオープン具合だ。まるではるか以前からお互いの気心が知れていたかのよう。ごく短期間にこの関係を築けてしまっている二人に私は違和感を感じながらも、さっきまでの二人の言葉を思い返し、少し納得した。
二人が別人格でお互いの生活を知ることができていたなら、それは当然のことなんだと。

瀧さんがそろそろ帰るというので、近くのコンビニまで買い物がてら送っていくことにした。
「お姉ちゃん、瀧さん送ってくついでにコンビに行ってくるわ。」

すると、予想外の反応。
「えええぇ?四葉ずるぅーい。私も〜。」

ちょっと、あんたそんなキャラやないでしょう!?お酒入ってるとはいえ。

「いや、三葉。もう着替えたんだから今日はもういいよ。明日会えるだろ?」
私たちが靴を履いている玄関に飛んできたお姉ちゃんは瀧さんの首にすがり付いて、このままほっといたら見たくない光景が繰り広げられてしまいそうだ。

「ちょ、ちょ、ちょっと待っててね、四葉ちゃん。」

と、二人で一旦私から見えない部屋の奥に消えていった。

少し男女の糸を引くような甘い声が聞こえて耳障りだったけど、約1分後ようやく二人が出てきたときは少し上気したような感じだった。お酒を飲んでいる以上に顔が赤い。こまかいことを言えば、瀧さんは少し汗をかいているかもしれない。
むしろ聞こえたのが声だけでよかったと思った。他の音だったらどうしてくれようか。

「じゃあねー、瀧くんお休み〜。四葉も気を付けて早く帰るんよ〜。」
と少し浮かれたお姉ちゃんの声に送られて、二人で階段を下りる。

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二人してあんな感じなので、私がいなかったら多分瀧さんは泊まっていったのかもしれない。明日私が行く大学は少し郊外にあり二人はついてこないみたいなので、どうせ私がいないところで明日も二人は会えるはず。だから気にしないことにした。
ちょっと腹立たしいぐらいだったし。

照れ隠しなのか瀧さんが口を開く。

「四葉ちゃん、ごめんね。ちょっと俺たちおかしく見えたかも。」

「あははは、確かにおかしいですね。あんなの純真なJKに見せつけるもんじゃないですよ。」
と、本心で答える。すると滝さんはカウンターを喰らって面食らったようで、

「ご!ごめんね。ホント。けどあれは三葉が!」
とうろたえる。

「わかってますよ。私、あんなお姉ちゃん見れるなんて思ってもみなかったから、ちょっとびっくりしてます。」

「そうか、三葉だけじゃなく、俺も三葉に出会えてからずいぶん変わったよ。それまでは誰かを探してる感覚がいつもあって、焦りばっかりで気持ちが満たされることはなかったんだ。三葉もそう言ってたし、お互い出会ってからは何か奪われていた時間を取り戻しているような感覚なんだ。」

瀧さんがとても変なことを言っているのは確かだけど、今日いろいろ探りを入れてみて気づいたことがある。この二人には過去の記憶のつながりがあるということ。そしてそれはまだすべて明らかになっていないということ。

少なくとも瀧さんがお姉ちゃんの別人格だったとすれば、今日の”パエリアのお焦げ”と、心理テストの”胸”の部分は私の小学生の頃の記憶に寸分の違いもなく、疑う余地がない。だから、この二人の言う変なことを信じることにした。となると、私にも俄然興味がわく部分がないわけでもない。それは、瀧さんと当時小学生だった私にも接点があったかもしれないということだ。コンビニへ歩きながらそれとなく聞いてみる。

「瀧さんは兄弟いるんですか?」

「いないよ。でも時々妹がいたらよかったのにと思うことはあるんだ。それは多分…。」
何か言いかけてためらっている感じだ。
「多分?」

「いや、三葉と四葉ちゃんを見てるとそう思うよ。すごく仲がいいから。」

「ははは。そんな仲良くないですよ。お姉ちゃんのアイス食べたとかで呪うとか言われたし。」

「なにそれ。怖いね。あっ。そうだ、四葉ちゃん、アイス食べよう。」
ちょうどコンビニの前まで来たところで瀧さんが急に言い出した。

「ええぇ〜、お姉ちゃんに悪いからいいですよ。」

「いや、三葉には内緒にしておくから。四葉ちゃん、俺の妹として一緒にアイス食べよう。」
なんか変なこといいだした。このノリのまんまコンビニの前でしつこくされても困るので、譲歩することにした。

「じゃあ、いただくことにします。」

自分の買い物は特に何のことはないヨーグルト風味の天然水とポケットティッシュだ。お姉ちゃんが”東京はどこでもポケットティシュ配ってるよ。”というのであんまり持ってこなかったら、全然配ってなかったので補給しに来たのだ。レジで清算して振り向くと、瀧さんはフリーザーの前で、じーっと考えている。
「四葉ちゃん、どれがいい?」

「ハーゲンっぽいやつでもいいですか?」

「いいよ。」

「じゃあ、このバナナキャラメル。」

「よし、じゃあ俺は季節限定のパンプキンだな。」
ああっ。それ私が2番目に欲しいやつ!と思ったけど、今回はバナナキャラメルだけで我慢しよう。瀧さんが会計を済ませて、イートインコーナーで並んでふたを開ける。
でも私は辛抱できず、瀧さんがスプーンを入れる前に恐る恐るリクエストしてみる。
「瀧さん、それちょっとだけ味見させてもらえます?」

「いいよ、俺もそのバナナキャラメルちょっとだけいい?」

「どうぞ!」
私の我慢が足りないばかりにこんな状況になっているわけだけど、なんかお互い味見しあっているので、周りから見ればカップルみたいでなんだかこそばい感覚。ちょっとお姉ちゃんがうらやましくなった。アイスのほうはパンプキンも最高だったけど、バナナキャラメルもなかなかだったので、かなりな満足感だ。一日の締めにしては素晴らしい。瀧さん、さすが東京育ちだけあって、JKの気持ちがよくわかるんだなぁなどと先入観だけで感動してしまう。あれ?私ってかなりチョロい?

ふと昔お姉ちゃんとアイスでもめたことがあったのを思い出した。高校生の頃お姉ちゃんはまだ糸守では珍しかったハーゲンのアイスで新しいのが手に入ったので”みつは”と書いて冷凍庫に入れていた。その一時期のお姉ちゃんは急に気前が良くなって自分のアイスを食べていいと言い出したり、その急変に振り回されたのだ。

あの”アイス食べてもいい”と私に言ったいった優しいお姉ちゃんは多分…。

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最後の最後にはふがいなく懐柔されてしまった私は、瀧さんとは戻る日にまたあえそうだということで、なんだかホッとしていたりする。アイスを食べ終わり、瀧さんとはコンビニの前でさよならした。私はお姉ちゃんが不審がるといけないと思ったので少し速足で部屋に戻った。玄関のドアを開けてサンダルを脱いでいると案の定、お姉ちゃんは
「おかえり〜。なんかえらく時間かかったねぇ。」
と、勘の良さを発揮する。こういったところはさすが巫女の家系だ。

「えっ?ちょっとだけ道草しとったんやさ。」
どこで何をというアリバイができるほど土地勘がないので、漠然と言い訳をしたら、

「何して道草しとったん?」
とすごい勢いで食らいついてきた。あなたさっきまで眠いって言ってましたよね?

「いや、コンビニのイートインで休憩。」
すると、私のほうに鼻を近づけてくんかくんかしてきた。しつこい。

「ああぁ!キャラメルの匂いがする!アイスやろ、アイス食べてきたね?」
す、鋭すぎる!

「な、何を?」
うろたえる私。

「ハーゲンのキャラメル入ったやつ、私好きやからようわかるんよ。あれ食べたやろ。」
さすが元巫女。それに加えて状況証拠から過剰に勘づいてしまった。

「あっ!もしかして、四葉。あんた瀧くんとアイス食べとったんやろっ!」
もうあまりの勢いに、認めるしかなくなった。

「はい…。」

お姉ちゃんがみるみる涙目になる。

「くぅ。」
と声にならない声を発して、テーブルに突っ伏した。

「ああぁ!お姉ちゃん、ごめん、ごめんやって!」
泣き上戸だったんですか?あなたは。謝りながらその奇行を見つめる。そしてしばらく突っ伏していたと思ったら、急にがばっと身を起こし、

「そんなら!瀧くんは何食べとったんっ?」
勢いがありすぎてすごく怖い。これほどまで責められるような悪行を働いたつもりはないんだけど、もうここは素直に答えておこう。

「ぱ、パンプキン…です。」
火に油とはこのことかもしれない。

「ああぁーっ、季節限定のパンプキン、今年は瀧くんと食べたかったのにぃっ!」
こうなったら瀧さんとはじめの一口だけ交換こしたというのは口が裂けても言えない。この上無駄に嫉妬の炎が燃え上がったら、何か爆発物に引火しかねない。

「ごめんやて、おねえちゃん。でも瀧さんが食べようっていうから。」

「ああーっ。瀧くんのバカーぁ。ああーっ。」
取り付く島がない。明日の瀧さんにはとても気の毒な事をしたけど、しょうがない。本当のことだ。しばらく閉口してなんにも言わずにお姉ちゃんのほうを見ていたら、またがばっと頭を起こし、口をとんがらせて私をにらみながら元巫女とはいえ言って欲しくない一言が。

「呪うわ。」

まるでデジャヴだ。

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私は無事残り2校のオープンキャンパスを終え、今日はH市に戻るだけだ。私の心の中では推薦をもらう大学は決まった。あとは受験まで少し弱い論文と面接の練習を進路指導室でやって万全にしておこうと思う。

瀧さんのおかげで大騒ぎになったあの夜はお姉ちゃんが寝付くまでは大変だったけど、翌朝は何事もなかったようにお姉ちゃんは朝ご飯を用意してくれていた。そんなあと腐れのないところはお姉ちゃんのいいところだ。でも当の瀧さんは罪滅ぼしに翌日にはお姉ちゃんにかなり高価なスイーツを食べさせる必要があったようで、新入社員の懐には厳しいバツが下ったみたいだ。私は楽しかったからいいけど。

今朝、朝ご飯のあと出る前に少し時間があった。お姉ちゃんが紅茶を入れてくれたので、大学のパンフレットをお姉ちゃんにも見せてみながら話をした。

「ええねぇ。大学生。私も戻りたいわ〜。」
お姉ちゃんがパンフレットの中でも学生の写真が多く載った見開きを見ながらつぶやく。

「でもお姉ちゃんあんまり大学楽しそうやなかったにん。」

「ああ、そうやったかな?でも今は何か楽しめそうな気がするんよ。」
少し何が言いたいのか、何が変わったのか分かった気がする。

「それは瀧さんと一緒だったらっていうこと?」

「うん。」
少しはにかんだようにうなずく。

そして、済まなそうに続ける。
「ねえ四葉。お姉ちゃん瀧くんと来年の春には一緒に住もうと思ってるんよ。」

「わかってる。なんとなく。」
私ももう子供ではないっていう感情を込めて、答える。

「だから四葉が東京に一人で暮らせるよう私からもお父さんに言っとくから。」
そんなことを心配する前に自分の心配をしたらいいのにと思う。だから単刀直入に聞く。

「結婚するん?」

「…うん。」
少し顔が赤い。

「じゃあ先におねえちゃんがそれをお父さんに言いない。」

「えっ?」
意外な顔をする。

「先に私の推薦で受かったら、お姉ちゃんの結婚に反対する材料になってしまうに。そうならんよう、先に言っとき。私も応援するから。」
みるみるうちに泣き顔になった。

「四葉…。ありがとう。」
でも、すぐに今度は厳しい姉の顔に戻った。

「でも今のうちから受かる前提なんは感心せんよ。油断しとったらあかんよ。」

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瀧さんと合流してお土産を買い込んで、結局お昼ご飯を一緒に食べたので新幹線は14時ぐらいのになってしまった。こりゃH市につく頃はとっぷり夕方になるかな?二人はほっておくと新幹線のホームまでついてきて万歳三唱でもしかねなかったので、新幹線の改札までということでなんとか阻止した。

改札の向こうで手を振る二人を見ていると、もうこうなったら二人が結ばれることがごく当然であるかのように感じる。それに今はまるでお姉ちゃんは瀧さんに会うために生まれたように思う。お姉ちゃんは高校の頃から伏し目がちで、心からの笑顔を見せなかった。その心の中で誰かを探していたんだろう。その人に会えたんだから。

そしてふと自分のことを思う。私もあの頃のお姉ちゃんと同じ年頃なのだから、そろそろ誰かを探し始めないといけないのかもしれない。

そんな強迫観念も抱きながら、いろいろ考えていたらうちに到着した。今まで往復したときはもっと長時間に感じたのに、今日は考え事があったからか、すごく短い感じがした。玄関で出迎えてくれたおばあちゃんは今日は何も用事がなかったので、一日うちにいたようだ。歳にもかかわらず隅々まで掃除をして、いつも以上にいろんなところが綺麗になっている。

「疲れたやろ。四葉もお茶のみない。」
ちゃぶ台にお茶を運んできた。

「ありがとう。おばあちゃん。いただきます。」

お茶を一口飲んだ後、
「それはそうと、お姉ちゃんカレシができとうよ。私、会ってきたんやわ。」
と、真っ先にとびきりの土産話をひけらかす。

「そうかい。」
あれ?軽い。

「おばあちゃん驚かんの?それに結婚するってゆっとるんよ。早くない?」

「あんたの母さんもそれぐらいで結婚しとんやさ。驚くこともないで。」

まあ、確かに昔の適齢期からすると遅いぐらいだから、年寄りはこんな反応なのかも。 でも”普通でなかった”ことはしっかり伝えておこう。何か知ってるかもしれない。

「なんかね、お姉ちゃんとその人、前からなんか関係があったそうなんやよ。」

「そうかい。」
あれ?また軽い。説明が足りないかな?

「彗星の直前にお姉ちゃんちょっと変になっとったの覚えてない?あれがその人のせいらしいんよ。」
記憶が抜けているのか少しきょとんとしている。まだ説明が足りないかも?

「おばあちゃんあのパエリアって覚えとう?貝とかエビとかでお姉ちゃんが作ったスペインの焼き飯みたいなん。あれ、お姉ちゃんやのうてその人が作ったみたいなんやよぉ。」
おばあちゃんは少し思案した様子だったけど、思い出したみたいだ。

「ああ、あれ。ありゃ美味かったなぁ。」
味覚は偉大だ。こんなお年寄りの深い記憶をやすやすと掘り起こした。

「あと、お姉ちゃん朝自分の胸もんどったけど、その人がやっとったみたいやわ。だからちょっとヤラシイ人なんかも知れん。」

「そうかい。」
またその反応。もうこの歳になるとこの程度の下ネタは全然響かないのか。

「それになんかお姉ちゃんもその人も薄々それ感じとるらしいんやわ。おばあちゃん、そんなことってあるん?」

おばあちゃんは少し思い出したように、話しだした。
「少女の頃、わしも誰か別の人の夢をみとったことがある。あんたのお母さんも、わしのお母さん、おばあさんも同じなんやさ。三葉がその誰かに出会えたんや。めでたいことやさ。」

お茶をすすりながら、ほっこりと言う。絶大な安定感。思わずすべて納得してしまいそうだ。

「けど、その人お姉ちゃんより3歳も若いんやさ。そんなことあるんかな?」
少し意地悪な質問だけど、ストレートに私の今一番納得できていない疑問を投げかけてみた。

おばあちゃんも答えに困ったのかもしれない。でも少し時間がたってから何かひらめいたようで、急に笑顔ですべての謎を解消させる魔法の答えをくれた。
それは私の遠い記憶にもあった言葉だった。

   「それもまたムスビ。あはははぁ。」

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