君の名は。アフター小説- 帰省(第三章)

起き抜けの二人。今日はお墓参りに行きます。

第三章 − 墓参 −

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瀧くんにはいきなり初対面のお父さんと同室で寝るという、”相当な冒険”をさせてみたので今朝はその結果どうなったかがとても気になる。お父さんは一人で起きてきて、朝ご飯を食べたら早々に出かけてしまった。雰囲気はいつもと変わらなかったので、お父さんから得られた情報は皆無と言っていい。当の瀧くんは昨日重い荷物を持たせて長距離移動したのがたたってか、まだ寝ている。といってもまだ8時半だ。向こうにいたら休日は10時ぐらいまで寝ていたりするので、田舎との時差にまだ慣れていないってことになる。

「お姉ちゃん、瀧さん大丈夫やったんかな?昨夜。」
そもそも瀧くんに冒険をさせた張本人が四葉なのに、私より心配していたりする。

「うん、ちょっと起こしてくるわ。」
とそそくさとお父さんの部屋のふすまを開ける。起こしに来たわりに、瀧くんの寝顔を見たくて私は忍び足だ。瀧くんの枕元に正座してまずは部屋を見渡す。お父さんの部屋に瀧くんが寝ているという、カオスな光景に胸が躍る。昨夜何があったか、いち早く知りたい私の好奇心が高ぶる。でも少しだけこの光景を目に焼き付けておきたいので、静かに瀧くんの寝息を聞きながら、もう一度部屋を見渡した。

正面の本棚の高いところにはお父さんとお母さん、そして私とまだ幼い四葉が写った家族写真が置いてある。

あの写真は宮水家ではなくお父さんが自分の部屋に持ち出していた写真で、彗星の被害を免れたものだ。宮水の本家にあったものはすべてなくなってしまったので、お母さんの写真は多分あの写真と他にはお父さんが持ち出した分の数点だけだ。実際、私も四葉も彗星のあとはお父さんが持ち出していた写真でしかお母さんを見ることができなかった。お母さんを早く無くして、その思い出まで失うところだったけど、お父さんが別居していたのでお母さんと写真であっても会うことができる。奇妙な巡り会わせだと思う。

私はそんなことを思いながらその懐かしい写真をしばらく眺め、報告する。

”お母さん。この人が瀧くんやよ。私が探しとった人”

ようやくお母さんに報告できたと思ったら少し涙が出た。無性に目の前で寝息を立てて寝ている瀧くんが愛おしくなって、頬にやんわり触れてしまった。瀧くんの唇が少し動く。私はそれに吸い寄せられるように瀧くんの顔に当たらないよう髪を肩越しに持ったまま、瀧くんの顔に唇を寄せた。

と、そこで何か視線を感じて、私は我に返った。完全に閉めていなかったふすまの隙間から四葉がのぞいていたのだ。
私と視線が合ったところで四葉が口を開く。ギリギリ私に聞こえるような小声で、
「何でやめるん?」

顔から火が吹き出るほど恥ずかしい。普段向こうでだったら自由にこんな時間を過ごせるのに、ここではそうもいかないということをようやく悟った。

「もうっ、大人の問題!」
と少し声を張って支離滅裂ないいわけをしたら、瀧くんが目を覚ました。

「どうした?三葉。」

「ああ、瀧くん、ご飯できとうよ。はよ起きない。」
瀧くんは”そうか、おはよう。”と目をこすりながら上体を起こし、今度はごく自然に私の顔に唇を寄せてきた。

「ちょ、ちょちょ、瀧くん、四葉がおるんよ!」
慌てて瀧くんの唇を抑える形で手のひらをかざした。綺麗なぐらい一瞬で瀧くんの動作が止まり、沈黙したまま二人そろってふすまの方に顔を向ける。

するとまだふすまから顔半分しか出していないまんま、四葉が一言。

「まるでフランス人やに。」


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瀧さんは都会育ちのくせに、うちの朝ご飯の御御御付やお味噌汁、ご飯さえもおいしいを連呼しながら食べる。ごはんもお茶碗に大盛りで2杯目をお替りして、まるで高校生みたい。そういえばお姉ちゃんはいくら食べても太らない体質らしく、高校生の頃は朝ご飯も大盛だった。けど、お姉ちゃんが東京に行ってからうちの食卓は食の細い3人で日持ちのする田舎料理を適当に突っつくだけになってしまった。

それが昨夜も今朝も、様相が一変した。瀧さんのパエリアは2回目だったけど、依然お焦げを含めて絶品だった。まさかこんな田舎であれが食べられるとは思わなかったけど、おばあちゃんやお父さんまでがおいしいといって食べていたので、二人に対して瀧さんの評価を上げる効果は絶大だったと思う。

おばあちゃんが寝てしまった後もお父さんと4人で珍しく長々と話をした。こんな団らんは今まで私の記憶にはない。お父さんの日ごろの仕事の目的や苦労話は初めて聞くことばかりだった。彗星の後、私たちは避難所暮らしをしていたのにほとんどお父さんはそこに帰ってこなかった。半壊した町役場に寝泊まりすることも多く、一体何をやっているのか当時小学生の私には理解できなかった。昨夜の会話のおかげで、ようやくそれが糸守の人たちを安全な場所に移り住ませる大事な仕事をしていたからだったとわかった。なんだか一日で気持ちが暖かくなったような気がする。私が知らなかったことの中に、知るべきことがあったことに気づいた。そしてそれは私たちが家族である上でとても大事なことだったんだとわかった。これからは少しお父さんと込み入った話でもしてみようかと思う。

それにしても瀧さんをお父さんの部屋で寝かせたのは正解だった。あの後いくら気まずい雰囲気で二人が床に就いたかなんて知ったことではない。さっきのお姉ちゃんの瀧さんの起こし方を見ていたら、一緒の部屋に寝かせないで正解だったとしみじみ思う。あんな起こし方するのはR15指定のフランス映画ぐらいでしか見たことがない。あのノリで二人が同室で寝ていたらと思うと背筋が凍ってしまう。横におばあちゃん寝ているのに隣の部屋から変な声が聞こえてきたらそれこそ思春期真っただ中の私にとって耐え難い拷問だ。それに長い目で見て私の情操教育にも深刻なダメージになるだろうし。

まあ、今朝は興味本位でふすまの隙間からのぞいてしまったけど、明日からは我慢してあげることにしよう。せめて朝ぐらいは許してあげないとストレスで二人とも狂暴化したら困る。せいぜい耳栓ぐらいは用意しておくことにして。


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四葉が覗いていたのはよく考えたら容易に想像できたので、私の手落ちだ。少し不完全燃焼気味の不機嫌ながら反省もしつつ朝ご飯をお父さんを除いた4人で食べる。当初瀧くんを起こしに行った目的をようやっと思い出したので、一応聞いてみる。
「瀧くん、昨夜お父さんと寝て、大丈夫やった?」

瀧くんはきょとんとした後、あまり真意を理解せずに答える。
「ああ、よく眠れたよ。」

ほっとして私は少し立ち入っていく。
「寝る前になんか話しした?」

「ああ。少し話ししたな。」

いや、そこが聞きたいんだって。
「何話したん?」

瀧くんは私のほうを一瞥して、
「内緒。」
といった。気に入らない。すごく気に入らない。四葉と内緒話されるより嫌な感じだ。なので、
「だから、何の話したかだけでいいから!」
と深追いしてみた。

「大体三葉の話だよ。」

はぁ?私お父さんにそんな話されるほどいろいろ話してないから。
「どんなぁ?」

「内緒。」
瀧くんは頑なだ。もういい。四葉とおばあちゃんがいないところで改めて問いただすことにしよう。とにかくこのリアクションはお父さんと一緒の部屋で寝てもそう問題なかったと考えていいと思う。あと3泊お父さんと寝かせるかどうか、どうやらあんまり悩まなくてもよさそうだ。私はほっとしながら少し残念な気もして複雑だ。

気を取り直して今日の予定を瀧くんに伝える。
「今日はお墓参りに行こうかと思うんやけど、瀧くん大丈夫?」

まあ、答えは決まっていると思いながら聞いたわけで、瀧くんは当然肯定するはずだ。

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瀧さんがお墓参りに賛成したので、今日はお墓参りの日になりそうだ。

うちのお墓は彗星で無くなってしまったので、ひとまず糸守神社の氏子さんたちのお墓と並んで市内の墓地に墓標が立っている。お母さんも、おばあちゃんの両親やおじいちゃんもそこに祀ってある。糸守に戻らないと決めた人たちはその墓地からは徐々に抜けていったので、大体宮水神社の敷地から少し離れて奥の墓地に入っていた約半分はすでにほかのお墓に移っていったみたいだ。そのたびにおばあちゃんは呼ばれて、ほかのお墓に出ている御霊の引っ越しのためにお祈りをささげていたりする。ああいったのを見ていると災害後も宮水神社のお役目がいかに重要なのかがわかる。

今日はおばあちゃんも一緒に行くというので、おばあちゃんの杖を突いて歩くスピードで仮のお墓のある墓地まで歩く。瀧さんは田舎の風景に慣れていないのかおばあちゃんの歩くスピードに合わせてゆっくり歩きながらきょろきょろしていろいろお姉ちゃんと話をしたり、おばあちゃんに宮水神社について教えてもらったりといそがしい。

それにしてもおばあちゃんぐらいの歳になるともう初対面も久しぶりに会う人も関係ないような感じだ。おばあちゃんの口調はあたかも瀧さんと久しぶりに会ったかのような言い回しが多く、時々瀧くんも変な顔をしてお姉ちゃんのほうを見たりしている。おばあちゃんは歳の割にまだボケは始まっていないと思うのだけど、瀧さんが前に糸守に来たことがあるとわかりきっているかのようなことをいう。
「あんた、糸守に来とったときはどこから来とったんさね?」

「あ、東京から来ました。私が以前糸守に来たことご存じだったんですか?」
瀧さんは、おばあちゃんはボケていないものと確信しているのだろう。”糸守”という地名に正確に答える。
「あんたは忘れとるじゃろうなぁ。あはははは。」

なんか変な会話だし、瀧さんも複雑な顔をしている。おばあちゃんは何か知っていてそれを確信しているのかもしれない。おばあちゃんは昨日瀧さんが来て以来、紹介を受けてから直接瀧さんに質問するのはこれが初めてだった。それまではお姉ちゃんと話す瀧さんの様子をうかがっていたり、特に深い興味を持っているようには見えなかった。ただ、パエリアを食べた一口目に、普段はもう細くなってしまった目が、一瞬きりっと光ったような気がした。何か思い出したのかも知れない。

「瀧さんは6年前糸守に来たそうやよ。そん時はもう誰もおらんかったのに。」
一応確かめる意味でおばあちゃんに確認する。

「そうかい。そんな遠くから。」
なんか遠い目をして、また変なことを言った。

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糸守にあったお墓の仮墓所はH市の墓地の一角を間借りする形で祭られている。糸守にお寺はなかったので、町民のほとんどは糸守神社の裏手の墓地にお墓があったのだ。仮墓所のある墓地も同じく神社の敷地から少し離れた場所で、少し急な坂を上っていかないといけない。
神社の一の鳥居を入ったところにベンチがあったので、そこで休憩を入れる。少し汗ばんだ体に木立の間を抜けてくる風が心地よい。水筒の冷たい麦茶を飲みながら、昔ご神体にお姉ちゃんと3人で登った時のことを思い出した。

「おばあちゃん、これもムスビやろ。」

私がそう言ったとたん、瀧さんがびくっと動いた。今度は瀧さんが何かを思い出したように見えた。
「そうやぁ、今飲んだお茶とあんたの体もムスビ、今朝のご飯も昨夜のお酒も、今こうしてみんなでご先祖さまに会いに行くのも、全部ムスビなんやさ。」

瀧さんはおばあちゃんの方を凝視して、なぜか目には涙が浮かんでいる。そして、その時おばあちゃんが初めて瀧さんの顔を見たような気がした。そして瀧さんの知りたいものすべてに答えるように、付け加えた。
「あんたが三葉に会えたのも。な?」


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杖をついているおばあさんは階段や坂が続いてそこからは大変なので俺がおんぶしていくことになった。おばあさんの軽さに驚きつつも、転んだりして怪我でもさせたら大ごとだ。足元をしっかり確かめながら1段1段上がっていく。俺にとってこの感触がなぜか懐かしい。片親であった俺は父方の祖父母とも疎遠であったので、このような経験はなかったはずだ。そこにおばあさんがごく自然に俺の耳元でつぶやく。

「ありがとうな。これ,久しぶりやさ。」

四葉ちゃんが気を遣ってフォローする。
「昔ご神体までおねえちゃんが負ぶってったことあったやに。」

三葉がそれに反応する。
「だからあれは私と違うっていっとるにん。」

それを聞いて、おばあさんは”あははははぁ”と笑った。四葉ちゃんは変な顔をしているが、俺にはそれでだいたいのことが分かった。それにしても軽いとはいえ三葉の体で、あの険しい山道を負ぶっていったのか。”無茶をしたもんだ”と少し当時の自分の考えの足りなさを責める。

程なくして墓地についた。糸守の仮墓所といいながらもかなり広い敷地に家ごとに木製の仮墓標が立っており、供花台と線香立てもそれぞれ設けられていた。お盆ということもあり、多くの墓標の前には花が手向けられていた。

宮水家のものも他の墓標と同じ大きさのものだが、場所は木陰の風通しの良い一番奥にあった。
まず墓標とその周辺を掃除する。といっても普段から掃除が行き届いており、4人ではそれほどの時間も要さず、特に作法が分からない俺は始終手持無沙汰だった。

おばあさんから順にお参りをする。おばあさんは先祖全員に対してのものであったようで、ずいぶんと長くかかった。祝詞のような言葉を発していたが、全く俺には聞き取れなかった。次に四葉ちゃん。最後に三葉と俺が同時にお参りする。その後、三葉が墓標に向かって声をかけた。

「お母さん、瀧くんが来てくれたんよ。昨日はお父さんにも会ってもらったんよ。」

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お姉ちゃんがお母さんに話しかけた瞬間、やんわりと奥の林から涼しい風が吹き、いつの間にか墓標の上にあざやかな黄色い胴をしたセキレイがとまっていた。セキレイは私が子供の頃、神社で婚礼があるたびに用意されていたセキレイ台で見ることがあり、お母さんから教わったのでその鳥がセキレイであることは一目でわかった。それに糸守湖のまわりはいろんな種類の鳥がいたので、おかあさんには新しい鳥を見るたびに”あれは何の鳥?”と聞いていたのを思い出した。だから私は鳥のことはお姉ちゃんよりも少し詳しいはずだ。

「きれいなセキレイやなぁ。」
お姉ちゃんのお参りの最中だったけど、思わず口に出てしまった。私の声に驚く素振りもなくそのセキレイは尾を振って、まるで何か踊っているような感じだった。おばあちゃんの方を見たら、なぜかそのセキレイをじっと見ている。

お姉ちゃんと瀧さんもセキレイを驚かさないように、墓標の前にかがんだまんまで、そのセキレイの踊りを見つめている。私は何か厳かな雰囲気を感じ、神楽舞を見ているような感じだたと思った。

そのセキレイは舞を舞いながら、しばらく墓標の上を何度か行ったり来たりした後、少し羽繕いをして、足許の墓標を少しついばんでまるで一礼したような動作をした後、チチチッと一声鳴いてどこかに飛んでいってしまった。

今感じた感覚を口にしようと思って、息を吸い込んだ瞬間、意外にもおばあちゃんが一番初めに口を開く。

「二葉はあんたの事、昔から知っとったそうやで。」

瀧さんの背中を見ながら、また変なことを言った。

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 第三章 了

 

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