君の名は。アフター小説- 帰省(第四章)

お墓参りに関連してお父さんが大変ことになります。

第四章 − 慟哭 −

===

おばあちゃんをうちまで送った後は、四葉が図書館に勉強にいくというので瀧くんと一緒について行った。瀧くんは東京の図書館でも何度か糸守の資料に目を通したことがあるといっていたけど、H市の市立図書館は糸守が近かったこともあり、糸守の郷土史の資料も多く蔵書している。今日の瀧くんと私の目的はそれだ。それにH市の市立図書館は駅からほど近く、私が子供の頃に通っていた糸守町のそれとは全然規模が違う。糸守図書館では子供用の絵本も数が少なく、ボロボロのものが多かった。すぐに全部読破してしまったので、小学校の高学年になって以来とんと足を運ばなくなった。

あと、それとは別の理由もあったように思う。図書館は町役場に隣接していたので、中学になってからお父さんのいる町役場から距離を置きたかった私は、自然に図書館からも遠ざかっていた。なので一時期はあんなに嫌っていたお父さんが昨日の瀧くんと話しているときは、まるであれが嘘だったみたいに感じた。お母さんへのお父さんの思いとか、糸守に対しての愛着だとか今までお父さんに感じられなかった感情を知ることができて、一気にお父さんとの距離が近くなったように感じる。瀧くんに来てもらってホントによかったと思った。

「ちゃんと勉強しといで〜。」
といって四葉とは学習室の前で別れ、瀧くんと郷土史の書庫に入る。驚いたことに糸守の資料は書架の2段分あり、糸守町がまとめた郷土史のようなものや産業を紹介するもの、言い伝えを明治になってからまとめたものなど様々な書物があった。それに加えて彗星被害の写真集や、被害前の糸守の写真を集めたドキュメンタリなど、H市そのものの郷土史資料の1/3ぐらいの量になるだろうか。

その中から10冊ぐらいを瀧くんと選んで閲覧コーナーで順に目を通していく。糸守には明治時代まではたたら製鉄場があったようで、最盛期には人口が私が子供のころの5倍の1万人ももいたそうだ。あんな冬になったら古川にでて行くことも容易ではない、いわゆる閉鎖された地域に1万人もの人が住んでいたというのが信じられない。何か糸守の土地自体に人を引き寄せるものがあったようにも感じ、糸守出身なのにいまさらながら驚愕している自分が滑稽にさえ思える。

江戸時代後期のそんな人口が密集したところに起こった”繭五郎の大火”では、史実を記したたくさんの書物や宮水神社の宝物殿のようなものも焼失してしまったので、明治になってからお年寄りの記憶を頼りに糸守の伝承語録がまとめられたようだ。中には適当に作った個人の武勇伝のようなものもあったけど、宮水神社への信仰を謳ったものも多かったので、如何に糸守と宮水神社のつながりが強かったのかうかがい知れる。高校生の頃はあんなにいやだったのが、今になってこんな些細なきっかけで宮水神社を誇らしく思うようになるのは私自身のことながらも甚だ自分勝手だなと思う。

瀧くんは時々”へぇ〜”とか”すげぇ”とか感嘆の言葉を漏らしながらそれを見ている。すると郷土史の中に、宮水神社の明治時代の奉納舞を撮影した写真があった。あの神楽殿の前に数えきれないほどの人がいて、4人の巫女が神楽舞を踊っている。おばあちゃんのおばあちゃんの代ぐらいだろうか。一族の中にも姉妹がいっぱいいた時代ならではの豪華版だ。この人たちこの後に例の恥辱プレイをやらされたんだろうな。
そして、最悪なことに瀧くんの目はその写真に釘付けだ。案の定私に目配せし、少し涙目で訴える。
「うぅ、三葉のこれ、やっぱり俺も見たい。」

奉納舞の話は以前四葉が東京に来た時に瀧くんに漏えいしてしまったものだ。その時は瀧くんの食いつきようにドン引きしたの記憶がある。私があれほど全否定したのにも関わらず、古い写真とはいえ画像を見て再燃してしまったようだ。瀧くんのあまりのしつこさに、
「絶っっ対あかんよっ!」
と図書館の中なのに少し声が大きくなってしまった。周りを少し見渡してから、

「もう装束も鈴もないから。」
と私が小声でできない理由を言ってあきらめさせようとしたら、急に何か思いついたみたいでスマフォでその写真を撮影しだした。恐らくア〇ゾンとかでこれに似たコスプレ巫女装束を買って、私にそれを着させようという魂胆だろう。呆れてしまうほど浅はかなので一応念を押しておく。

「装束そろえてもやらんからね。」

私の声が聞こえているのかどうか。写真を拡大して出来を確認している瀧くんの横顔が既に見るに堪えないものになっている。これはもう確実に東京に戻ったらア〇ゾンから箱がいくつか届いているに違いない。

===

今日はいつもの田舎料理だ。立花君の口に合うか気になったが、彼はなんでもうまそうに食べていた。”これなら糸守でも生きていけるな。”と今更なことを考えてしまう。お膳を下げ、お茶を飲んでいると、四葉が食卓では珍しく私に報告してきた。

「お父さん、今日お母さんのお墓で綺麗なセキレイがおったわ。」

セキレイか、日本書紀に登場する鳥なので民俗学者の私にとってはなじみのある名前だ。しかしどんな鳥なのか気にしたことはない。学者というのはそういうものだ。専門外のことにはとんと疎い。その分狭い分野での専門家になれるのだ。

「ホンマ綺麗な鳥やったね〜。なんか私らにあいさつしてるみたいやったなぁ。」
と三葉が続く。
四葉がスマフォで検索して画面に大きくそのセキレイとやらを表示して私の目の前に突き出した。なにやら見覚えがある鳥だ。黄色い胴体の色がとても鮮やかなので印象に残っている。そうだ。私が毎週欠かしたことがない二葉の墓参りの時、冬の季節以外はたいがいそばの枝にとまっている鳥だ。糸守の頃もそうだったし、こちらに移った仮墓所でもたびたび見かけるので私は勝手に墓場が好きな鳥なのかと思っていた。

「これがセキレイというのか。」

「そう。昔、お母さんに教わったんやよ。」

四葉のその言葉で、私の記憶がまるで音を立てて一気に巻き戻った気がした。

あれは二葉に宮司としての作法や儀式の次第などを叩き込まれていたころ。祭礼の儀式で使う物や、供え物の説明を受けていた。私は二葉のあまりのスパルタぶりに閉口しながら二葉の声をただ聞き流していた。なのに私は特に物の名前を知らなくても所作や言葉さえ間違わなければ良いとタカをくくっていたので、極めて不真面目な生徒に成り下がっていた。そのアイテムの一つに小さい2羽の鳥の彫像が乗ったセキレイ台というものがあった。もちろんそのセキレイ台という名前は後で繰り返し儀式に登場してきたので後になって覚えたわけだが、私がそれを初めて目にしたときの説明の後、二葉が付け加えた一言を今思い出したのだ。それは,まるで何か避けられない運命にあきらめをつけるかのように聞こえた。

”この子らみたいに いつまでもつがいでおれたらええんやけど。”

二葉の言葉が当時の音感そのままに脳裏に共鳴した。そして四葉のスマフォの画面に映ったセキレイの胴の黄色が瞬時にして滲み私の網膜にあふれ、それと同時に私は感情の爆発に耐えられなくなったのだ。

===

「お父さんっ!どうしたん?どっか痛いの? お父さんっ!」

四葉の見せたスマフォに向かって突っ伏すような勢いでお父さんが食卓に頭をもたげ、急に号泣し始めたのだ。それは誰も想像だにしない光景だった。お母さんが亡くなった時も、険しい顔でくやし涙を見せすすり泣いたぐらいで、これほどの大きな声を上げて泣くようなことはなかった。それに再び同居してからも、極力私たち家族には感情を見せないように、すべての喜怒哀楽を押し殺してきたような人が、今は玉のような涙をぼろぼろ落としながら、嗚咽するほどにただひたすら泣いているのだ。

瀧くんも呆然とそれを見ている。同じく私たち姉妹もただうろたえるだけだったが、おばあちゃんはお茶を飲みながら平然としているようにも見えるし、何か少し怒っているようにも見えた。数分の後ようやくお父さんは私たちの存在に気づいたかのように顔を上げた。

そして、なぜかお父さんはゆっくりとおばあちゃんのほうに顔を向けた。私にはそれが何か許しを請うようなしぐさに見えた。それを察してかおばあちゃんがお茶を一口すすった後に口を開く。

「お前ももうちいとまじめな神職でおったなら、わかってやれたろうに。」

それを聞いたお父さんはまた涙を流し嗚咽してしまう。昨日ようやく分かり合えたような気がしたお父さんが、また元に戻ってしまうのではないかと心配に思った。おばあちゃんが見かねたように私たちに声をかけた。

「三葉、立花さん、こっち来ない。四葉は少しお父さんを見とったってや。」

===

それは突然の出来事だった。食事が終わって四葉ちゃんが昼間の話をしたとたんにお父さんが泣き崩れたのだ。ほぼ初対面である俺を全く意識の片隅にさえもおかず、ただただ号泣していた。俺はあまりに急で衝撃的な出来事に当惑するばかりで、三葉と顔を合わせてどうしたものか思案していたところだったのだ。そこに声をかけられて、おばあさんの部屋に通された。いわばとんでもない修羅場から解放された安どようなの気持ちで訪れたおばあさんの部屋には、比較的大きな神棚のような祭壇と、様々な神具が置かれていた。急に連れ込まれた別世界を目の前にした確かにこれじゃあ二人は寝れないなと思いながら見まわしていたら、おばあさんが済まなそうに俺に気を遣ってくれた。

「あんたにはどもならんとこ見せてもうて、かんにんやさ。」

三葉が恐る恐る聞く。
「おばあちゃん、お父さん突然何があったん?あんなお父さん私見たことないで。」

おばあさんは何を説明すべきか言葉を探しているようだった。ゆっくりと話しはじめる。

「人っちゅうのは狭い世界で生きとると見えるはずのもんが見えんようになる。聞くべきもんも聞こえんようになる。あんたのお父さんは糸守の人を助けるために、狭い世界に押し込められとったゆうことやさ。」

「おばあちゃん、言いたいことは大体わかるけど、おばあちゃんは今日何か見えたの?」
三葉の質問は核心をついていたようだ。

「あんた方はすぐにでも一緒になりたいと思っとるやろ。」
的を得た急な質問に三葉も俺も即答できずにいたが、少し時間をおいて三葉が本心を打ち明ける。

「私、この春んなって瀧くんとようやっと会えた気がするんよ。今までの気持ちがあるんで、なおさら早く結婚して一緒に住みたいと思っとるん。だから今日はお母さんにそれを許してもらいたかったんよ。」
俺は少し顔面の熱が高くなるのを感じた。おばあさんの前ではテレもなく三葉はこれほどにストレートな言葉を使えるのかと感心した。

「立花さん、あんたはどうなんやさ?」
今度は俺の番だ。おばあさんのまっすぐに俺を見るまなざしは、年齢を感じさせることのない力強いものだ。それに敬意のようなものを感じ俺は本心を飾ることなく答えることにした。

「私も三葉さんを長い間探してきました。もう二度と離れたくないし、いつでも一緒にいたいと思っています。ですから早く結婚したい気持ちは三葉さんと同じです。まだ貯金も少ししかありませんけど…。」

おばあさんはまるで裁判官が判決を申し渡す直前のような表情で、三葉と俺を交互に見据えながら、
「今日わしは二葉と話した。あんたら二人が好き合うとるのがよくわかると言うとった。そんで、あんたらの好きなようにさせてやってくれっちゅーとったにん。」

「おばあちゃん。」
三葉の目には涙が滲んでいる。

「好きなようにすりゃーええ。わしもそう思うわ。」

そして、少しいたずらっぽい笑顔になって、付け加えた。
「ただ、お父さんは今日は混乱しとるみたいやでぇ、その話はもう少し待っといたほうがええ。今日はここに四葉と寝るでぇ、今日はお父さんは一人で寝かせてやんない。いろいろ考えることもあるじゃろ。」

「うん、そうする。ありがとう。それはそうとお母さんって今日どこにおったん?お墓なん?」

「だいたいわしらのそばにおったにん。心配せんでもあんたらもいつか会えるでさ。」

何食わぬ顔でお互いが言葉を並べてはいるが、甚だ尋常さを欠いた会話だ。俺は宮水の血統そのものが人らしくない何かを持っているとさらに確信した。

===

今夜は私がおばあちゃんの部屋に寝て、お姉ちゃんと瀧さんが私の部屋で寝ることになった。布団を敷くスペースを空けるためにおばあちゃんの部屋の神具を片付けるのと、私の部屋の瀧さんに見せたくないものを隠すのが結構大変だったけど、お父さんがあんな状態で瀧さんと同じ部屋に寝たら、今回の私の目的が未達に終わる可能性だってある。ここは将を射んとすれば馬を射よの精神だ。

でも隣の私の部屋からさっきからお姉ちゃんと瀧さんのひそひそ話が聞こえてきて、どうも眠れない。それにいつその声がいかがわしいものに変わってしまうか気が気でない。早く寝てしまえばいいはずなのに、おばあちゃんの部屋に寝ること自体全く経験のないことで、一緒に寝るのだって仮設住宅以来だ。緊張していると言ったら大げさだけど、なかなか感情の揺らぎが睡眠レベル以下に落ち着くことがない。

それにさっきのお父さんの一部始終がとても気になる。おばあちゃんたちがいなくなった後も少し嗚咽していたし、鼻水も出ていた。大の男がと言ってしまうと身もふたもないけど、普段外見にも相当気を遣ってうちの中でも乱れることのなかったお父さんについて、あれほどの感情の吐露は見たことがないし、想像もできなかったことで私にとってもショックではあった。

ふと彗星前後のことを思い出した。

私は当時まだ小さかったので、お父さんが出ていった経緯もそのときの感情も知らず、おばあちゃんとお姉ちゃんが何でお父さんを嫌うのか一切理解できなかった。友達はお父さんお母さんがいるのにうちにはいない。でもお父さんはうちにはいないけど、町内にはいる。しかもそれが町長という有名人。そんな奇妙な家族関係を少しでも改善したいと常に画策していたのだ。その仲たがいの原因はお母さんへの感情の問題だとは薄々感じていた。だからお母さんがいてさえくれればよかったのにと日々単純に思っていた。お母さんがいればいとも簡単に仲たがいしている3人をうまくまとめてくれるような、そんな気持ちで日々を過ごしていた。

けれど、彗星の後になって急にお父さんが同居することになった。おばあちゃんとお姉ちゃんは少し抵抗があったみたいだけど、お父さんが”全てわかった”という漠然とした理由で全面降伏した形だ。全て何が分かったのかは、おばあちゃんとお姉ちゃんは理解していたみたいだが、まだ小学生の私にはそれが何だったのかわからなかったし、だれも教えてはくれなかった。

しかし私はただお父さんが戻ってくれたことがうれしくて、できるだけお父さんのそばにいようと決めた。おばあちゃんが何かお父さんに不満がある時にそれとなく伝えてみたり、お父さんが出張がちで家を開けることが多くても、できるだけお父さんがいなかったときに何があったかを食事時にそれとなくわからせるようにした。お姉ちゃんが高校を出て東京に行くつもりみたいだと知らせたときは、お父さんは明らかに不機嫌になり何かもめ事が起きそうだったのに、なぜかお姉ちゃんが押し切った。それもごく自然にだ。今思い起こせば私が調整役として役に立たなかったのはあの時だけだったかもしれない。

そんな調整役の私がいるから、なんとかこの家族は一緒に住むことができていると思っていた。なのに今日はその中心にいると思っていた私が知らないことでお父さんがあれほどに感情をむき出しにしていたのだ。中心にいたつもりだったのは私だけで、実は何か家族のバランスを取る力が働いているような気がしてきた。それは何だろう、もしかしたらそれは何かではなく”誰か”なのだろうか。

可能性があるとしたらその誰かは間違いなくお母さんだろう。確かに今日のあのきっかけになったのはお母さんのお墓参りの話だ。スマフォでお父さんにセキレイの画像を見せたのがいけなかったのか。だとしたらあのセキレイは一体何だったのか。お父さんと取り残された食卓で、お父さんの背中をさすりながら原因を見つけ出そうとしていた。

まさかそんな状態でお父さん本人に原因が何なのか問いただすわけにいかなかったから、私は終始無言で、心のなかで”よしよし”とつぶやいていた。それでもさすっている右手を通じて感じるお父さんの体温に温かさを感じて、今までにない親近感を感じていた。お父さんの中で何かが変わろうとしている。そしてそれは家族にとって必ずいい方向に働くはずだと、なぜか思った。

===

翌朝、おばあちゃんが起き出したので、それにつられて私も起きてしまった。昨夜いろいろ思案しながら眠りについたので、睡眠時間は5時間弱ってところだろうか。強烈に眠い。しばらくして、まだ6時前だというのに、なぜか部屋でまだ寝ていると思っていたお父さんが外から帰ってきた。少しお線香の匂いがする。糸守とは違ってこちらの墓地には神道以外のお墓も多いので、お参りすると線香の匂いがつくので、すぐにわかるのだ。

そしてお父さんは昨日とは打って変わって晴れ晴れとした顔をしているように見える。確かにお墓参りに早朝から出かけることは、今まで仕事が忙しかった日にはたびたびあった。ほぼ毎週お墓参りをしているようだから、天候によってその時間は様々で、家族であってもいつお父さんがお墓参りに行ったかは把握していないのが常だ。

でも昨日お墓にはまだ枯れていない榊が刺さっていたので、恐らく一昨日か、その前の日にお父さんがお参りしたと思っていた。なのに今朝いってきたということはやっぱり昨日の何かがお父さんをお墓参りに行かせたんだと思う。そんな感じでお父さんを詮索していたんだけど、それはそのうちお父さんにそれとなく真相を聞いて置くことにしよう。

そろそろ朝ご飯の用意をしようと思ったものの、そういえば昨夜一つ失念していたことがあった。パジャマに加えて今朝の分の着替えを自分の部屋から持って出ておくのを忘れていたのだ。なのでパジャマから着替えるためには自然に私はあの部屋に一度入らなければいけない。危険回避の対策としてまずふすまに近づき耳を澄ますと、瀧さんのものと思われる寝息が聞こえてくる。二人がどんな姿で寝ているのか、私は恐ろしくてふすまを開けられずにいた。昨日のようにこれから何が起こるかは好奇心が勝ってくるが、事後というのは事件現場に足を踏み込む鑑識課員のような感覚で気が進まない。

それでもおばあちゃんが起きても何にもできないでいる私を見ていて何か言いたさそうにしているので、意を決した。まずはソローっとふすまを2cmぐらい開けてみる。カーテンが閉まっているので、なかなか目が慣れてこなかったが、ちゃんと二人とも別の布団にいるみたいだ。これで大惨事は回避できた。次はちゃんと衣類を身に着けているかどうかだけど、少し微妙だ。この季節、山間部にあるこの地方は夜間はそれなりに冷気が家の中まで入ってくる。なので大体大きめのタオルケットをかけて寝るのだ。昔お姉ちゃんは相当寝相が悪かったので、朝は完全にタオルケットはだけてしまっていて、その具合を観察するのが朝起こしに行く時の楽しみだったりしたのだが、さすがに今朝瀧さんの横でそんなことにはなっていない。タオルケットのかかり具合は瀧さんも同じ感じだ。少し目が暗さに慣れてきて見渡すと、周りに下着とかが散らかっていたりしないので多分服は着ていると思われる。そして布団の間に視線を移したところで、思わず声が出てしまった。 「んげっ!」

目を凝らすとお互いのタオルケットからお互い腕だけ出して、その手と手が指の1本1本が絡み合うように固く結ばれている。それを見ていると顔の血流が過剰に早くなって、一気に熱くなってきた。そしてなんとかこの状況を解消したいという思いが沸き立ってきた。これが
”リア充 爆発シロ”
という気持ちなのか。10年前ぐらいに流行った言葉だけど、私はそれまで意味が分からなかった。けど今は痛いほどわかる。この言葉を発明した人は天才だ。

少し乱暴にふすまを開けてズカズカ箪笥の前まで歩く。

「なあにぃ、四葉。」
お姉ちゃんが寝ぼけながら声を上げる。

「着替え!」

「そ…。」
と言いながら、お姉ちゃんはおもむろに瀧さんと結んだ手をそのまま自分の頬に摺り寄せた。そしてねこ鍋みたいに横向きに背を丸めてまた眠ってしまった。これでは私が部屋に入る前よりもいかがわしい光景になってしまったと後悔する。再び
”爆発シロ”
と心の中でつぶやきふすまをわざと乱暴に閉めたのだった。

===

 第四章 了

 

KEN-Z's WEBのトップへ NEXT