君の名は。アフター小説- 帰省(第六章)

懐かしい人偶然会って思い出話。そしてご神体へ登っていきます。

第六章 − ご神体 −

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職員室やその周辺で声をかけてもお父さんがいなかったので、瀧くんと車のところに戻るとお父さんがさんざん待ちぼうけをくらったというような顔をして待っていた。
「ごめんやて、部室棟のほうまでいっとったん。」

「しょうがないな。もう昼だ。今日は朝早かったんで腹が減った。ちょっと足を伸ばしてラーメンでも食っていかんか?」

お弁当を持ってきているからと断ろうと思ったけど、この時間まで振り回してしまってちょっと申し訳なかったのと、お父さんとラーメンというのが凄くレアなペアリングのような気がして、お昼はラーメンにすることにした。なのでお弁当はあとで山の上で食べることにしよう。
「ああ、それええねぇ。瀧くんもラーメン食べるやろ?」

「ああ、いいよ。」
瀧くんもお父さんに申し訳ないと思っているのか、二つ返事だ。

そのラーメン屋さんは糸守出身の人でお父さんの復興事業の支援者の人がやっているお店らしい。H市街から糸守地区への県道沿いにそれはあった。

「あっ!」
前方に”高山ラーメン”という看板が見えたところで車の中から瀧くんが声を上げる。

「瀧くん、何ぃ?」

「いや、ここ前に来たことがある。今まで忘れてたよ。」
思い出したではなく、忘れていたというのは正確な表現だろう。私も瀧くんも糸守の彗星やその後にかかわる記憶は不自然なほど曖昧だ。その記憶が奪われたような感覚は私たちに共通している。

店に入ると瀧くんはきょろきょろしている。誰かを探しているようだ。

奥からおかみさんが出てきた。
「ああ、いらっしゃい。誰かと思ったら宮水さん。今日は何かあったんかね?」

「いや、糸守に行ってきたんですよ。」

「ああ、そうなん。何かうちの人に用事かいな?あんたー、宮水さんやで。」

奥からご主人らしき人が現れる。確かに昔糸守で見たことある人だ。私は軽く会釈した。 「ああ、宮水さん。いらっしゃい。今日は何か?」

「いや、糸守に行ったついでに娘たちに糸守高校を見せてきたんですよ。そのついでにうまいラーメンでも食おうかってなったんですよ。」

「ああ、糸守な。何も変わらんやろ。高校もなんも。」

テーブルに着こうとしたのに、瀧くんが動こうとしないで、急に大きな声を出した。
「お久しぶりです!」

「ああっ。あんた、糸守の絵の。久しぶりやなぁ。何年ぶりやぁ?」

「多分、6年ぶりです。あのときはお世話になりました。ええっと。」
瀧くんが言いたい言葉を探している。

「確か糸守高校に行って、次の朝林道まで送ってったんやったな。」

「そう、そうです。俺あのときあそこまで送ってもらったんです。」
何か誘導尋問のように聞こえるのは瀧くんの消えた記憶をこのご主人が補っているからに違いない。お父さんが奇妙な顔をしている。
「なんだ、立花君ここに来たことがあったのか?」

「ええ、6年前。確かにここでラーメンを食べました。その後、記憶がはっきりしないんですが、ご主人に糸守高校と登山口まで送っていただいたような気がします。」

「気がしますって、そりゃちょっと失礼だろう。」
お父さんが指摘する。しかしそれは無理もない話だ。私にはわかる。

「そうなんです。私はここでラーメンを食べるまで糸守町の彗星の被害についても、それに町の名前さえも忘れていたんです。」

お父さんは”そんなことがあるはずがない”と言いたげな顔をしているが、ご主人が気を利かせて瀧くんをフォローしてくれた。
「ああ、あんたあん時相当動揺しとったなぁ。ほっといたら何か大変なことになってしまいそうやったで、気になってな。一人だけで朝うちに電話してきたときはびっくりしたわ。」

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高山ラーメンをすすりながら、立花君に6年前なぜ糸守に来たのか聞いてみたが、どうもはっきりしない。彗星被害に興味があったといっていた割にさっきはこの店に来るまでは彗星被害も糸守の名前も忘れていたという。つじつまが合わないことを言っているには何かしら理由があるのかもしれないが、そんなことに何のメリットがあるのか。なので彼の言っていることに嘘をついている雰囲気が一切感じられないに加えて自分が何かを教わっているかのようなおどおどした態度であることが奇妙に感じる。

おかみが店の他のお客もいなくなって暇になったのか、立花君に声をかける。
「あんた、まだ絵描いとるんかね?あの糸守の絵良かったわぁ。」

立花君が恐縮した口調で、
「ありがとうございます。今も建設会社に勤めているので建物の絵はよく描いてます。でもあの絵、あの後無くしちゃったんですよ。」
と答える。記憶がないと言っておきながら、どうも人と話すと思い出すような感じで、どんどん情報が出てくるようだ。

思わず私も口をはさんでみる。
「立花君はここに来る前に糸守の絵を描いていたんだよな。どんな絵だ?」

すると、おかみが立花君より先に答える。 「ああ、あれは宮水さんの神社の側から糸守湖のほうを見た絵やったな?小学校の搭が近くに描いてあったから。」

「そんなに細かく描いてあったのか?」

さらにおかみは立花君をかばうかのように、
「そうやでぇ、きれいな絵やった。うちの人見惚れとったもんなぁ。なあ、あんた。」 厨房に声をかける。主人は手をぬぐいながら出てきて、
「ああ、あれはよう出来とった。下手な写真より糸守に近かったわ。あんた糸守に住んどったんやろ?」
と立花君にあり得ない質問をする。

「いえ、住んでいたというか、住んでいた人と交換留学のようなことをしていたような気がします。」
少し彼は嘘をついたような気がした。しかしそれは方便のレベルだろう。確かにこんな片田舎の高校と交換留学なんて当時も今もあるわけがない。案の定主人も変な顔をしている。

なぜか三葉が立花君の言ったことに反応した。
「あははは。交換留学ねぇ。瀧くんうまいこと言いよるね。」

「三葉。お前は何か知っているのか?」
すると、三葉は私が何かまずいことを聞いたような顔をしている。

「う…ん、多分瀧くん、彗星の前に糸守に来とったんやと思うよ。」
三葉が何か知っていながらも言葉を濁している。わざと隠しているのではなく、言い表せないといった感じに聞こえる。

「君は糸守に2回来たということか?」
埒が明かないので、立花君本人に問いただしたが、そこに三葉が口を挟む。

「お父さん、私たち二人彗星についての記憶が二人ともあいまいなん。あんな大きな出来事なのに、他の記憶ごと消されてる感覚なんよ。だから私も瀧くんも確実なことは言えんと思うんやさ。」

私は”記憶を消されている”ということに思い当たる節があった。二葉が亡くなって以降、彗星までの間、忘れていた記憶がある。それは家族4人が幸せに暮らしていたという記憶だ。二葉への愛情が糸守町の古くからの習わしなどへの嫌悪に昇華してから、なぜか家族の幸せだった記憶を一度も思い出すことはなかった。彗星の後にその記憶は断片的ながらも徐々に私によみがえってきた。あれはまるで私がその記憶を持っていると何か不都合があるかのように、”意志をもって何かに記憶を隠されていた”かのようだった。

三葉は続ける。

「でも、今回瀧くんといろいろ周ってみたらいろいろ分かってくると思うんやさ。さっきも高校でいろいろあったよね?」
と、立花君の方をみる。彼もそれに深くうなづいている。それは何だったのか聞きたくなったが、三葉の口ぶりからはそれは二人だけで共有したいことのようだった。私も野暮なことを聞くのは止めておくことにしよう。

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林道の登山口のところまでお父さんに送ってもらった。そこは一応携帯の電波が来ていたので、夕方に下山したらそこからお父さんに連絡を入れることにした。

予定から遅れてしまい、もう2時を回っている。私の記憶ではゆっくり上がって2時間、下りも1.5時間ぐらいだったので、下山するのは日没になるだろう。LEDライトや防寒具をしっかり用意しておいてよかったと思う。ほとんど瀧くんに持ってもらっているけど。登山道は昔に比べたら左右から下草が生い茂っていて、狭くなっているように感じた。糸守に人が住んでいたころはご神体にお参りする人もいて、それなりに登山道としての整備が行き届いていたんだということを今になって認識する。

瀧くんはなぜか私よりも先を歩いて、かなりなスピードで登っていく。ちょっとついていくのが大変だ。そろそろ後ろにか弱い”カノジョ”がいるんですよとたしなめようと思ったら、”カノジョ”のところで少し恥ずかしくなって、どう言い換えるのがいいか思案していた。すると急に瀧くんが立ち止まった。足許には木の根っこが出っ張ったりしていて、ここから少し険しくなってくるポイントだ。

「三葉。」
といって、崖の下を指さす。そこには落ち葉に埋もれて、赤い棒が顔を覗かせている。よく見るとそれは赤い棒ではなく自転車のフレームだった。

「あっ。テッシーの。」

そうだ。間違いなくあれはテッシーの自転車だ。ハンドルの前にテッシーが自分で溶接したって言ってた荷台がある。テッシーは実益至上主義だから格好にはこだわらない。だから昔も今も坊主頭だ。自転車についてもあんなもん付けてる自転車はさすが糸守みたいな田舎でも相当に格好悪いので私はとても乗る気になれなかった。

瀧くんは少し涙くんでいたみたいだ。袖で目をぬぐってから、
「ちゃんとテッシーさんに謝っておいてくれたか?」
といたずらっぽく笑った。

瀧くんの笑顔のおかげで私にも急に記憶が戻った。
「うん、”ごめんやって”言っといたよ。」

私も少し涙が出たけど、笑顔でちゃんと事後報告できたと思う。

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「瀧くん、それはそうともう少しゆっくり歩いてくれん?汗かいてきたわ。」

再び歩き出そうとしたところで、三葉がいう。

「ごめんごめん。気持ちが焦っちゃってさ。」
そうだ。俺は焦っていた。

登山道を少し上ったところで木の根っこの形が印象的だったので、崖の下を見てみたら赤い自転車があった。俺があの時こんなところまで自転車でやってきたというのか。そしてそれを三葉にやらせていたとしたら、なんて無茶なことをさせたんだとまた当時の自分を責める。そんないたわりの気持ちがあったならば、今こんなことを三葉に言わせることもなかったろう。

まるで自分勝手に三葉の身体を使ってきたのが、俺の日常であったかのような変な感覚だ。
これからは三葉をいたわってやらなければいけない。それが三葉にやっと出会えたことに対する恩返しのような気がする。

「三葉先に歩いてくれないか?その方がいろいろサポートもできるし。」

ところどころ蜘蛛の巣があるのは気になるが、三葉はそういったのにも慣れているようだし。
「う〜ん、やっぱり瀧くんのほうが先行って。なんや後ろから見られとると緊張するし。」

予想していなかった答えが返ってくる。”そうか!そうなるのか。だから俺はダメなんだ。”女子との会話が続かないのは女子の気持ちがてんでわかっていないからというのはわかっているが、こんなところでも俺はその至らなさ再認識させられた。

確かに今日の三葉は髪を後ろ1本に組紐で束ね。キャップのアジャスタ穴を通している。いつもと違う髪型で、うなじが良く見えたりするので、ついつい後ろから凝視してしまう。あと、伸縮ジーンズをはいていてなんというのか体のラインがいつもよりはっきりしているのだ。後ろを歩いている自分の視界を想像して、”それは残念だな。”と心の中でつぶやく。

セミの声が聞こえなくなり、やがて傾斜がきつくなり登山道も小石が目立ってきた。段差も多くアップダウンが激しくなってきたので、三葉のリュックサックを預かり、胸の前に三葉のリュックサックをかけた。受け取ってすぐは三葉の体温としっとりしみこんだ汗を感じ、少し口元が緩んだ。”これじゃあ変態じゃないか”と自責する。

「瀧くん悪いね〜。」
といって申し訳なさそうにする三葉に対してそんな不埒な考えをたしなめられているようで逆にこっちが申し訳ない気分になるほどだ。そういえばこっちに来てから家族の目があるのであんまり三葉と十分なスキンシップが図れていない。よく考えたら久しぶりに二人きりになったわけだ。それで何かしたいわけではないが、無性にフラストレーションを感じる。

森林限界を過ぎたあたりから見通しもよくなり少し心地よい風も通るようになってきた。木陰になる場所にちょうど座れるような岩があったので、そこで休憩する。三葉に案内されたわけでもなく、間違いなくそこが休憩ポイントだと俺の記憶がそう言っているかのようだ。

「アイスコーヒーにする?それともお茶がいい?」
水筒を二つ両手に持って三葉が言う。”それで俺の荷物があんなに重いのか”と思ったが、せっかく作ってくれたので、今回はコーヒーをいただく。”今回は”というのはいかにも以前があったような言い回しだ。ただ、新糸守湖が出来て見える風景は変わってしまったが、この場所の記憶は確かに今俺の中によみがえった。こうやってその場所に三葉と訪れるごとに俺は何かを思い出していくんだろう。

「これもムスビか…。」

三葉に聞こえるか聞こえないかの声で俺はつぶやく。

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高度が上がってきて、四方の山の稜線が見渡せるようになってきた。後ろを振り返ると新糸守湖の手前側までが見渡せる。記憶がよみがえってきた。この風景はあの朝、俺が見た風景と変わらない。あの日は心の中にぽっかりと何かが欠落したような喪失感と、ただ自分が世界の中で迷子になったような孤独感に耐え切れずひたすらに下山した。しかし、今はその風景の中に三葉がいる。それだけでこの上ない幸せを感じる。振り返った俺に気づき、
「もうすぐやね〜、頂上。子供の頃はもっと大変やったんやけど。」
と声をかける。

程なくして外輪山の頂上についた。外輪山の尾根は風化した石がごろごろしているが、俺が前回朝目覚めたときとそう変わっていないように感じた。”俺が眠っていたのはどのへんだろうか?”外周路を少し歩いてみたくなった。湖の見え方からしてここらへんかと思い立ち止まったところで目を足許に落とす。俺はなぜかそこに何かがあることを確信していた。

そこには蓋が開いたままの黒の油性ペンがあった。長い年月を物語って、印刷はもう見えなくなって表面のフィルムもボロボロになっているが、これは確かに俺のものだ。後ろからついてきた三葉にそれを拾い上げて見せる。三葉の目から見る見るうちに涙が玉のようにあふれる。
「これで…、瀧くんが書いてくれたんよね。」

そうだ。俺はこのペンで三葉の手に何かを書いた。そして三葉は書き終えないうちに…。急に悲しい出来事を思い出したような気になり。俺まで少し涙がにじんできた。

「あの言葉で私、彗星の後もいろいろ頑張れたんよ。また会えるって信じることができたんよ。」
俺の涙の100倍ぐらいの涙を流して三葉が思い出に浸る。そうか、そんなにいいこと書いたんだ。なのでまだ俺の記憶に戻ってきていない情報を三葉から引き出そうとした。
「うん、俺何て書いたんだっけ?」

それは単に三葉の感動に少しでも共感したくてはなった言葉だ。しかし三葉の顔から歓喜の色が一気に消え去り、代わりに怒りの色への変わっていった。
「瀧くん今なんて言ったん?」

「いや、何て書いてあったのかな〜と思って。」

「マジでそれいっとんの?」
すごく怖い顔になっている。

「ご、ごめん!でも記憶が消されてるんだって。多分。だから教えてください。」
心底それが知りたくって三葉様を拝み倒した。

「くっ。」
俺のふがいなさに歯ぎしりするような感じで、三葉が声を漏らす。あ、だめだ。三葉はまた涙目になってる。今度は涙の質が悔し涙みたくなってるし。少し俺の方をにらみながら、

「絶対いややしっ!」
と打ち捨てるように言って、ご神体のほうにすたすたと歩きだした。

せっかく感動的なシーンだったのに台無しだ。俺にとって何歳になっても女子との会話は無理ゲーなのだ。

それにしてもなんて書いたんだっけ。俺。

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”もう!瀧くんのあほ!トウヘンボクのオタンコナス!”

ありとあらゆる罵詈雑言を並べ立てても今の私の気持ちを抑えることはできない。
あのときの私の気持ちなんて瀧くんにわかるはずがない。もうわからなくていい!

と思ったけどそれはいやだ。やっぱり瀧くんとあの感情を共有したい。
どうにかして瀧くんに”あの言葉”を思い出させる必要がある。

大きな石がゴロゴロした斜面を下りる。ご神体の上に枝を張っている木は少し大きくなったかも知れない。宮水神社の元男衆の人たちが言っていたような小川の水が増水しているような様子はなく、水量も私が高校生になってから来たときのまんまに見える。ただ、一気に水が引いたダムみたいに、小川のまわりは少し土が露出していることころが目立つ。

今日はご神体に入れないと思っていたのに、入れるかもしれない。ちょっとうれしくなって瀧くんに声をかけた。
「瀧くん、ご神体の周り、水が引いてるから中に入れるようになっとるよ。」
私の機嫌が直ったと思っているのか、安どの表情で私のところに駆け下りてきた。

下草はそれなりに伸びていたので、瀧くんが先を歩いてようやく小川の飛び石みたいに石が並んでいるところに来た。

「どうしたん、瀧くん。行こうよ。」
瀧くんは立ち止まっている。少し怖い顔をしている。
「いや、ここから先はあの世だろ?」

意外な反応に、一応緊張を和らげるつもりで私は軽く答える。
「ああ、瀧くんようわかっとるねぇ。おばあちゃんがそんなこといっとったなぁ。」

「戻ってくるためには、俺たちは何かを置いてこないといけないんだよな?」

「よう知っとるね。」
私は口噛み酒の話題になるのではと懸念し、なおさらつっけんどんに答える。ちょっとずるがしこい感じもしたが、元巫女という神職にちょっとでも近い立場を利用して瀧くんを懐柔する。
「安心しない。今日も別にちゃんと持って来とるよ。」

瀧くんは少し変な顔をしていたけど、
”ああよかった。瀧くんがここで口噛み酒を造ろうなんて言い出さないで。”
と思いながら瀧くんに続いて飛び石を渡った。

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ご神体の中は一面が苔むしていた。小川の水量が増え、長く誰も近寄れなかったということだろう。LEDライトで足元を照らしながら階段を下りる。すると薄暗い中に祠が現れた。祠の前には瓶子が一つあって、周辺も一面深く苔むしている。瀧くんの後ろからついていった私はその瓶子が1本しかなかったのが目に飛び込んできて、顔が上気するのを感じた。

彗星の年。奉納舞は私と四葉の二人で踊り、そのあと2本の口噛み酒を作った。それは私が私でなかった日に奉納したと聞いていた。でもそれを飲んだ人がいたというような情報を得た記憶があったのだ。そして、その情報は本人からもたらされたような気がするのだ。したがって瓶子が1本しか残っていないことはその情報を裏付けるものでしかない。なので、事情を知っていると思われる人に尋ねるのがこの場合は一番の近道ということになる。
「瀧くん。瓶子が1本しかないんやけど?」

「あ、ああ。多分そこらへんにあるんだろう。」

ちょっとむかついた。
「そうやのうて、だれが祠の前から取ったのか聞いてるんよ!」

瀧くんは聞こえないふりをして祠の前の地面を探している。やがて、
「あっ、あったあった。これが三葉のやつだ。」

と、蓋が開いてほとんど苔の塊と化した瓶子のようなものを取り上げて誇らしげに私に見せつけた。
私のものと特定されてしまい、ブチ切れそうになりながらも落ち着いて追求する。
「瀧くん心当たりがあったかのようやけど?」

「いや、だって、あれは俺なりにどうすりゃいいか真剣に考えたやったことだから!」
瀧くんは逆ギレ気味だ。そりゃあ必要だったかもしれないけど、負けてはいられない。
「でもあんなもん飲まんでも、他になんかあったやろうに。」

「いや、三葉は知らないだろうけど、まあまあ美味しかったんだって!」
くぅ〜、いうに事欠いて開き直ってる。それに未成年やったくせにいっちょ前のことゆうて。でも瀧くんに美味しいとか言われてちょっとうれしかったりもする。
「もう、どうでもええわぁ。」
と、地面を蹴ったら足元に何かあった。というか苔の塊だったのだが、それがボソッと動いたのだ。明らかに石ではなくなにか柔らかいものだ。

「あっ!それ。」
と瀧くんが駆け寄ってきた。その柔らかいものを取り上げ、何度かはたくと苔が落ち、それがディバッグだとわかる。ディバッグの中を開けてみると、衣類のほかに紙が入っていて、それにはいろいろな糸守の風景が描いてあった。ディバッグが防水だったこともあって、紙には少しカビが生えていただけで、ちゃんと絵としては見れる状態だった。

「瀧くん、これ、前に見せてもらった下書きの絵から仕上げたやつ?」

少し瀧くんは少し涙ぐんでいる。
「そうだよ、ラーメン屋の親父さんが言ってたやつだ。ここにあったんだな。」

他の絵もみせてもらった。すると何か見覚えのある部屋のデッサンがあった。
「瀧くん。ちょっとぉ!これ昔の私の部屋やにん。こんなん持ち歩かんといてよ。」

「あははは、すまんすまん。でもよく描けてるだろ?」
瀧くんは探していたものが見つかって嬉しいのか、悪びれる様子もなく笑うばかりだ。

そしてそのディバッグの近くにやっぱり苔むしたスマフォが見つかった。瀧くんが苔を取り除いてみたけど、コネクタやなんかが腐食しているのでもう使えないだろう。でも私にとってもなじみのあるスマフォだ。瀧くんから受け取って懐かしい気持ちで手触りを確かめた。

「そうだ。三葉これ見たことある?」
瀧くんが思い出したように天井を照らす。

「あれぇ、こんなん書いてあったんやね。彗星みたいに見えるんやけど。それになんか2つに割れとるね。」

「そうだよ。これが宮水神社のお役目なんだよ。文字がなかった時代は言い伝えを昔は絵で残すしかなかった。そんな時代から宮水神社は次に来る彗星の被害を食い止める役目をしてきたんだ。」

私は黙って聞いている。そこに瀧くんが一言付け加えた。

「― もしかしたらこれからも。 ―」

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 第六章 了

 

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