君の名は。アフター小説- 私の恋(第四章)

瀧くんがこの子にあうのも6年ぶり。この子にとっては9年ぶり。ははは。

第四章 − 再会 −

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それにしても東京っていうのはすごい都市だ。9時を回っていてもドン・キホーテで中華鍋が買える。それもすごく安く。これが分かっていたらうちのお父さんも中華鍋をわざわざもらってきたりしなかっただろう。

炒め物といいながら、油っぽい料理になって三葉さんに嫌われるのはいやだったので、一応リクエストを聞いてみた。
「三葉さんって脂っぽいの大丈夫ですか?もしかしてスタイルいいんで、すごいダイエットしてたりします?」

「う〜ん、結構昔っから食べたいだけ食べてもあんまり太らんのよね〜。スイーツとかも際限なく食べたりするし。」
三葉さんの意外な一面を見た感じがした。そのボディが何の気なしに出来上がったとしていたら、それはまさに神業ってことになる。さすが元巫女!

「じゃあ、レタスの炒め物って食べたことあります?」
一応あんまり普通じゃあ面白くないので、私の中華鍋さばきが一番発揮できるところを責めてみることにした。

「ええっ!レタス炒めるの?すぐべちゃべちゃになるんやない?」
思った通りだ。普通のうちのフライパンではできない芸当だから、レタスは一般には炒めたりしない。でも私のスナップとそれなりに熱容量のある中華鍋ならばそれはいともたやすいのだ。

「えへへぇ、では三葉さんにレタスとエビの炒め物をごちそうすることにします。」
既に夢の国で買い込んだお土産と中華鍋で戦利品はいっぱいだったけど、もうひと頑張りということでスーパーで適当にエビとレタスを買って三葉さんのアパートに戻った。

三葉さんはご飯を炊いた以外は私が料理する一部始終をずーっと私の解説にメモを取りながら聞いてくれた。ここも三葉さんの意外な一面だった。三葉さんは何でもできるスーパーウーマンと思っていたのは私だけで、意外に普通の女の子だったのを知って、私の三葉さんへの好感度がさらに上がったことになる。実際、片栗粉でとろみを出して、その奥にレタスのパリッと感を残すというのが、中華鍋の扱いで左右されるところなので、三葉さんにも一度煽りをいれてもらった。

「むつかしいわぁ、これから練習しとくね。」

私にも少し三葉さんに教えられることがあったというのは、とっても新鮮でさらに気持ち的にも三葉さんとの距離が詰まったように感じた。

それにエビとレタス炒めについても三葉さんは
「きゃ〜、これすっごく美味しい!瑞穂ちゃんすごい!」

といいながら食べてくれた。三葉さんの笑顔がまぶしい。ランチの失態を帳消しにしてもいいかなと思えるほどだった。私は三葉さんにまた恋をしてしまった。

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結局学部は違うけど私はなんとか三葉さんと同じ大学に進むことができた。といっても三葉さんはサークルに入ったりしていなかったので接点はほとんどなく、2週間に1度ほど連絡を取って、たまにお茶したり買い物したりといった感じで程よい先輩、後輩のお付き合いだった。私もアパートに住んでいたので結局三葉さんのアパートにお邪魔したのは高校のあの時だけだ。このような距離感を少しでも縮めたい思いはあったけれども、とにかく三葉さんの周りに見えない壁が立っているような感じで、人をそれ以上近づけないオーラがあるかのようだった。

三葉さんは東京で就職することになり、住まいもそのままだった。服飾系の会社ということだったが、それまでと変わらずあまり派手なお化粧や服は好まず、一言でいうと質素、悪い言葉で言えば”華がない”いで立ちで、それはわざとそうしているように感じた。私は三葉さんの素材のすばらしさを知っているがゆえに、それが歯がゆくって仕方がなかった。しかしもし華美な服装や化粧をした三葉さんが周りの男たちに与える影響を考えると、あながちそれが私にとって悪いことではないことに気づいた。たまに三葉さんと会うと、自分が三葉さんに比べて派手すぎないかが気になった。なので私の普段の装いも自然に三葉さん基準になってしまった。結局私も東京で就職したけど、三葉さんばかりか私までも彼氏がいない状態でもう20代の中盤に差し掛かっていた。それはまだ私が三葉さんに未練を感じていたからなのかもしれない。

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ある春の日の夜。三葉さんから久しぶりにLINEが入った。

「外堀はもうこんなになってます。」
と写真付きの桜の開花レポートだった。

三葉さんが同じ東京に住んでいる私にわざわざ桜の開花レポートをすること自体も違和感があったが、それより写真を載せてLINEをしてくることはまずなかったので、私は驚いた。それも三葉さんが映っている写真で。

その写真の三葉さんは明らかに私が知っている三葉さんと違う人のように見えた。まず装いが違う。ワンピースとカーディガンは共にパステル系なので色彩感に大きな違いはない。でも、髪型もワンピースも何か”ふわっ”としているのだ。そして何よりも笑顔の質が違った。

一言でいえば、”人は幸せなときにはこのように笑うんですよ”的な笑顔だ。むしろ私としては普段のあれは笑顔ではなかったと否定されたような敗北感を感じさせるようなレベル。しかも写真は自撮りではなく、誰かに撮ってもらったもので、その笑顔はその人に向けられたものだと私は確信した。

なので、
「きれいな桜ですね。今日はお花見ですか?」
と可能な限りさりげなさを演出して打ってみた。

「ちょっとお酒を飲んでから歩いてます。」
目が点になった。三葉さんがお友達とお酒を飲むにしても勅使河原さんと名取さんぐらいだし、そんなことを私に報告してくることはまずない。勅使河原さんと会うときに三葉さんがこんなにオシャレをすることはまずありえないので、これは別の人だと確信した。

「会社の人ですか?それとも勅使河原さんたちとですか?」
わざと可能性をつぶす意味で聞いてみた。

「違います。」
何かそっけない。しかし可能性が残っているのは一番私が想像したくないケースだ。私もこの時点で冷静さを失っていた。

「気になります。もしかして彼氏ができたとか?」
もう我慢できずに単刀直入に行ってみた。

すると少し時間をおいて、
「さっき四葉にも同じことを言われました。」
このヒト、いつの間に”じらしの女王”になったんだろう。

「で、どうなんです?」
ちょっとわたしもじれすぎてきて付き合うのに疲れてきたので、相当ぶっきらぼうになってしまった。

「瑞穂ちゃん、正解です。」
”ええぇっー!”ある程度想像してはいたものの、頭を鈍器のようなもので殴られたような衝撃を感じた。私は何と返せばいいのかわからず、
「悲しいです。誰ですかそのヒト?」
感情を交えて聞きたいことを正直に聞いた。まあまともな答えは期待していなかったけど。

「瀧くんといいます。こんど紹介します。」
紹介要らんわ!と拗ねたいところだったけど、

「宜しくお願い致します。」
と、ビジネスライクな返事をしてその日は終わった。

気になるのは三葉さんのあまりの激変ぶりと、その男のヒトが悪い人だったらどうしようということ。あと、三葉さんを失ったら私は一体どうなってしまうだろうかという心配だ。もしかしたらまた三葉ロスで今度はメンタルを病んでしまうなんてことになりかねない。せめて三葉さんとは結婚できないけど、三葉さんの幸せを以降も感じ続けられる立場を継続したいところだ。

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三葉が
「今日は人と会うんよ。」
というので、”仕事終わりに会うのは無理と”いっているのかと思ったら、旧知の友人を紹介するという。誰なのか聞いたら、

「女の子やよ〜。かわいいからあんまり会わせたくないんやけど。」
いやいや、俺そんなにジゴロじゃねーしっ!そもそも女の子と付き合うのだって、三葉が初めてなのに。そんなイケイケになるわけがない。三葉は俺のことを勘違いしている。

今日は少し下町にあるスペイン料理屋で待ち合わせということで、三葉と二人ワインを選びながら待っていたら、一人の女の人がやってきた。
「瑞穂ちゃん、こっちこっち。」
三葉には珍しくホールに響くような声で、その人に声をかけた。

「こんばんわ。遅くなりました〜。」

「そんなに待ってへんよ、今お料理選んでたところ。瀧くん、こちらは瑞穂ちゃん。糸守のときの幼馴染。幼稚園から高校まで1コ後輩なんよ。」

「立花瀧です。あのっ、初めまして。」
と、初めましてというところで声が少し高くなってしまった。なぜかというと俺はこのヒトを知っているような気がしたからだ。う〜ん、どこであったんだっけか。思い出そうとして思わず無言になってしまった。

その間に勝手に三葉が俺の紹介をしてくれた。その間、
「春先って、ついこの間じゃないですか。どこで出会ったんですか?」 とか、
「ええっ!瀧さんって年下なんですか?私より2コも!ああ〜、ショック。」 とか定番のリアクションに加えて、”何がショックなんだろうか?”と思えるような反応もあった。

その店はワインとイベリコ豚の骨付きステーキが絶妙にマッチしていて、ワインが思ったよりも進んだのと、三葉と瑞穂さんが喜々として思い出話など含めて楽しんでいるので、俺も多少いい気分になってきた。何か脳内が活性化されてきた感じだ。さっきの”あったことがあるかもしれない”という部分を少し思い出そうとすると、記憶の蓋がパカパカと少しずつ開いてきているような感覚になってきて、一層瑞穂さんの方ばっかり見てしまった。

「あ〜瀧くんっ!瑞穂ちゃんのほうばっかり見て、何かいやらしいわ。」
三葉に見つかってしまった。ほろ酔いなので少しねっとりとしている。

「あはは、瑞穂さんってどっかであったことあるかもって思って、つい。」
思わず本当のことを言ってしまった。すると三葉は、何か思い出したみたいで、いたずらっぽく瑞穂さんに昔の思い出を確認したのだ。

「瑞穂ちゃんって、私に昔ラブレターくれたことあるよね?」

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突然三葉さんが遠い昔の事をほじくり返してきたので、びっくりした。私も忘れかかっていたようなことを三葉さんが覚えていてくれてうれしい反面、こんなところで言わなくてもという気持ちだ。なんでいまさらそんなことを言ったのか、真意を確かめておかなければ。

「あははは、三葉さんよく覚えてますよね〜。嬉しいです。私三葉さん昔っから大好きですから。あれって何書いてたか、あんまり覚えてないんですよね〜。」

「あれ彗星の直前やったから私よう覚えとるんよ。ラブレターもらったって言ってたから、開けてみたら、私のお母さんが好きだったって書いてあったんやよ。ちょっと懐かしくって、うれしかったんよね。」

「彗星の直前?」
瀧さんが反応した。

「そうやよ。テッシーとサヤちんがいっとった。」
なんでこのヒトは自分の事なのにさっきから他の人が言っていたような言い方をするんだろう?と疑問に思ったところで、瀧さんが大きな声を上げた。

「ああぁっ、そうか!橋のところで3人で来てたあれっ!?あの真ん中の子だっ!」
何このヒト急に。でもそう、確かに門入橋で千歳と皐月と私で渡しに行った。でもその時周りに中学生とかはいなかったはずだ。なにかのドッキリ企画ではないかと私は疑いの目を向ける。すると三葉さんが、

「あれぇ?瀧くん、3人で来たって聞いてへんよ私。」
あなたもドッキリ企画の仕掛け人ですか?三葉さん。ちょっと私の混乱もそろそろ限界に来た。

「あの…、瀧さんって糸守出身なんですか…?」

三葉さんは瀧さんと顔を見合わせ、二人で声を殺して笑い始めた。そして、種明かしをするかのように、
「瑞穂ちゃん、瀧くんは東京出身やよ。でも糸守の事もよく知っててねぇ。」
と懐かしい顔をして話してくれた。ちょっと私も何を話しているのかわからない三葉さんの顔をじっと見つめながら、耳を傾けた。

「そうや、瑞穂ちゃんが手紙渡したとき私どんな髪型やった?」

思い出した!
「三葉さんはポニーテールでした。そういえば、ポニーテールの三葉さんは変でした。」

「変って…。」
三葉さんではなくなぜか瀧さんが不本意顔で横から口を挟む。”彼女のことを変と言われたから”という感じでもないのに違和感がある。

「けど三葉さんあのときすごく格好良かったです。全校で噂になってましたもん。」
今度はちょっとそれに瀧さんが気分を良くしたような顔になったのが気になる。

間もなくホールの真ん中で大きい鉄皿で調理されていたパエリアが完成したようでBGMに乗って二人のホール係の男の人によって運ばれ、私たちのテーブルの大皿に取り分けられた。

「そうや、瑞穂ちゃん。瀧くんってパエリア作るの上手なんよぉ。今度食べにおいで。」
小皿にパエリアを取り分けている瀧さんを横目で見ながら三葉さんがいう。そういえば三葉さんの部屋には高校生以来行ったことがないので、
「ぜひ!じゃあ、来週とかで。」
と、食いついてしまった。

「ははは、今日パエリア食べるのに?瑞穂ちゃん気が早いわ。」

心からの笑顔というのはこういったのを言うんだろう。

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昨夜私は手紙を書いていた。

もし、今日瀧さんに会って、三葉さんを一生大切にしてくれそうだったら、手紙を渡そうと思っていたのだ。私の二葉さんへの思い、幼少期から三葉さんを見てきたこと、彗星の後の三葉さんの寂しげな姿。それを私はただ見ているだけしかできなかったこと。そして、これから三葉さんを幸せしてあげてほしいということを私なりに言葉にしたものだ。そして私はその手紙で”私の恋”を終わらせる決心をした。 そして少なくとももう会社の先輩に付き合いが悪いとか言わせないようにしようと思う。新しい私に変わるのだ。

ワインもボトルが空き、3人でパエリアを平らげたところでもうおなかが一杯になってしまった。店を出て、地下鉄の隣の乗り継ぎ駅まで歩いておなかを落ち着かせようということになって、私たちは今河口にかかった大きな橋を渡ろうとしている。

それにしても今日の三葉さんの笑顔ったら、それはそれは素敵な笑顔だと思う。今まで20年以上三葉さんを見てきたけど、一度も見たことがないぐらい、世界中のみんなが恋をしてもいいほど可愛らしく、優しく笑っている。私が三葉さんのことをあきらめるのが惜しいと感じるほどの笑顔を、三葉さんが今まで封印してきたのか、その理由が気になっていた。でも今日の二人を見ていて、それは容易に結論に至った。やっぱり瀧さんの影響なんだろうと思う。

瀧さんは私たちの会話が聞こえないように配慮してくれているのか、かなり前を左手に鞄を持ち背中越しにぶら下げて歩いている。昔こんな鞄の持ち方をしていた人がいたような気がすると漠然と思う。そして三葉さんと並んで歩きながら私は知りたかったことを尋ねた。
「三葉さん。瀧さんと出会えて幸せですか?」

「うん、私ずーっと誰かを探してきたんやよ。それが瀧くん。だから幸せやよ。すごく。」
普通に聞いたらずいぶん変なことを言っているはずなんだけど、私はそんな変なことを真顔で言えてしまう宮水家ってやっぱりすごいなと思って納得してしまう。ふと彗星の直後、体育館で手のひらをじっと眺めていた三葉さんを思い出した。今の三葉さんのほうが私は好きだと実感した。

踏ん切りがついた私は三葉さんに断りもなく駆け出した。

「瀧さんっ!」

少し時間がかかって瀧さんが驚いた表情で振り向く、私はバッグから手紙を取り出した。
「てっ、手紙読んでください!」

「えっ?俺に…? 三葉じゃなくて?」
自分の顔を指さし、ぽかんと口を開けている瀧さん。私はなぜか以前この表情を見たことがある。

後ろから三葉さんが追い付いてきた。
「瑞穂ちゃん、なにぃ?何で瀧くんに?」
怪訝そうな表情だ。

「安心してください。私瀧さん取ったりしませんから!」

「でも気になるわぁ。私も読ませてもらってええん?」
三葉さんは食い下がってくる。よっぽど気になるようだけど、その文面のほとんどは三葉さんが知っていることだ。

でも、
「ダ〜メ〜で〜すっ。」
とわざと煽ってみた。

「ええぇ?何でぇ。」
三葉さんの表情がかわいくって思わず吹き出してしまった。

「じゃあこれからも仲良くしてくれるって約束してくれたら、見てもいいですよ。」

「仲良くするからっ!瑞穂ちゃん大好きっ!」
少し酔っているのか、三葉さんが急に抱きついてきた。今までの三葉さんからは考えられない。でも柔らかでいい匂いがした。不意に私の心には二葉さんの面影がよぎった。そしてさっきの瀧さんの表情を思い出し、二葉さんの不思議な力のおかげで瀧さんと三葉さんが結ばれたような気がした。今になって思う。私は二葉さんと、二葉さんの選んだこの二人に恋をしてきたのかもしれない。

涼やかに橋の上を吹き過ぎた海風が、今度は瀧さんの腕にしがみつき歩く三葉さんの髪を揺らす。ふと糸守の橋の上のことを思い出し、天を仰いだ。そこには二葉さんがいるような気がした。

あの優しい面影を思い出しながら、ふと私は思った。

”三葉さんに恋してきてよかった。”

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 終

 

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