君の名は。アフター小説- 三葉と私(第一章)

奥寺センパイと三葉の物語。瀧くんそっちのけです。

第一章 − 私の失恋 −

===

「えええぇ?奥寺センパイとぉ?」

瀧くんが電話の向こうで絶望的な声を上げた。

確かにゴールデンウィークは毎日でも一緒にいようと話をしていたけれど、どうも毎日瀧くんと会うたびに同じような服を着まわしていると、なんか自分が惨めな気持ちになる。ミキさんに相談したら、ゴールデンウィークの初日にお買い物に付き合ってくれると申し出てくれたのだ。ゴールデンウィークの初日がいきなり瀧くんと会えない日になってしまうのは私も辛い。でも少しでもかわいいと思ってもらうために、ここは心を鬼にして決断した。

「う、うん。いろいろお買い物したいもんがあって、ミキさんがお店紹介してくれるっていうから。瀧くん一緒におっても退屈やに。」
瀧くんが明らかに不機嫌そうに店の外で待っている姿を想像しながら説得してみた。

「う〜ん、じゃあ夜会えないか?」

かなり引き下がってくるので、私もついつい合意してしまいそうになる。けど、せっかく買った服を手にしたまんま瀧くんにあってしまってはネタバレのような形になってしまうので、ここは我慢だ。
「ごめん、ミキさんと晩御飯も食べる約束なんよ。次の朝からは大丈夫やさ。」

「むむ、わかったよ。じゃあ他の日はちゃんと空けといてくれよな。」
ああ、瀧くんのスキスキオーラがスマフォ越しにもバンバン伝わってきて、辛い。あ、そうだ一つ言っとかないと。
「ゴールデンウィークは、あと四葉が泊まりに来るぐらいやから。」

「えぇ〜、四葉ちゃん来るの?じゃあ会えないじゃん!」
瀧くんは何かと悲観的だ。私が瀧くんに会いたくないとでも思っているんだろうか。

「大丈夫やよ。四葉はあんまり気にせんでいいから。それに瀧くんも四葉のこと知らん仲でもないよね。」

四葉と瀧くんの関係については少し瀧くんにとって苦い思い出もあるのかもしれない。なので渋々通話を切った後も、瀧くんは不満そうな感じで、ミキさんとどこに行くのかとかLINEで聞いてきたりする。私の方はミキさんに完全にお任せなので、全然わからない。”一応渋谷かな?”ということで入れておいたらなんとかおさまったみたいだ。

===

三葉と出会えた日から土日や休みの日は欠かさず会っていたのに、その記録が途絶えた。何か釈然としない。仕事がある日も一緒に晩飯を食ったりしていたので、平均すると1週間あたり50時間ぐらいは一緒にいたことになる。新入社員の同期たちはやれ同期会だとか懇親会だとかにいとまがないが、俺は専らそれらを辞退し、三葉と会っているのだ。いわば今の俺にとって三葉が全てだといっていい。

なのにいきなりゴールデンウィークの初日に会えないという返事。しかも奥寺センパイと買い物に行くからというのがどうも引っかかる。もしやあのヒト、俺のいないところで三葉にあることないこと吹き込んでしまわないだろうか。そんな危険な香りがプンプンする。

奥寺センパイとの出会いは高校時代なので、もう6年になる。そりゃ高校1年や2年の頃はあまり免疫のない大人の女性ということで、惚れたはれたの話もなかったわけではないが、それはバイト仲間の大学生たちに負けてられないとか、男子高校生特有の無鉄砲さが招いたものだ。いわば流行り病のようなものなのだ。それをまことしやかに三葉に話されたりしたら、また俺は誰かを探してさまよわなければならない。もうあんな思いはたくさんだ。絶対に俺は三葉を失うわけにはいかないのだ。

”いかん。気分が滅入ってきた。これ以上考えるのはやめよう。”そう思ったところにスマフォが鳴った。タイミングが悪いことに奥寺センパイのLINEだ。

「やっほー。明日はごめんね。三葉ちゃんとお買い物なので。」
ただでさえすごくむかついているのに文面を見てさらにむかついた。少し放置したものの、もう一度スマフォが鳴る。

「既読スルーですか?瀧くんも大人になったんだね〜。」

怒らせるともっと悪いことが起きそうなので、ここらへんで相手をしておくことにした。

「何でしょう?今忙しかったので。」
可能な限りドライに対応する。

「三葉ちゃんから瀧くんが不機嫌になったって聞いたので、慰めてあげようと思って。」
いちいちカチンとくる表現で俺を責めてくるなこのヒト。

「俺は不機嫌じゃなく、奥寺センパイが何か変なこと言わないか不安なだけです。」
もう、長々とやり取りしているつもりはないので、本心を打ち明ける。

「変なことって何かな?」

あ〜あ〜、もうわかりましたよ!
「何でもないです。」

もう降参することにした。結局あのヒトには俺なんかが敵うわけはないのだ。どうも相手が奥寺センパイだと三葉をとられてしまいそうで怖い。そんなはずはないんだがどうも無性に怪しい香りがするのだ。奥寺センパイによると明日の待ち合わせは新宿らしいから、偶然を装ってどこかでばったり会ったふりでもしてみようか。そんなさもしいことを考えてしまったりする自分が情けない。

気分を入れ替えて、じゃあ明日は何しよう?と考えた。高木に連絡でも取って遊ぶか?建築デッサンのスケブでも持って都内をうろうろしてみようか。図書館にでも行って、例の写真集からインスピレーションをもらって、俺の知らないはずの記憶を絵にして抽出でもしてみるか。三葉が喜ぶかもしれないし。

===

そういえばミキさんが私たちのデートに乱入してきて、知り合ってからまだ1週間しか経っていない。あの日の午後は瀧くんそっちのけでミキさんとひたすらアパレルネタで盛り上がり、買い物講座になってしまった。でもミキさんとそうしているのが私にはとても楽しく、今まで夢見ていたことがようやくできたような気持ちでいたのだ。ミキさんの声はとにかく私の耳にすんなり溶け込み、程よく私の内側から刺激する。ミキさんの匂いも同じく内側から心地よく私をくすぐる。まるで昔から仲のいい友達だったかのような、それ以上のことがあったかのような、なぜかそんな気持ちになってしまう。

そういえば瀧くんは高校時代からミキさんとバイトが一緒で知り合いだったということだけど、あんな綺麗な人がいたらバイトはさぞかし楽しいものだったんだろう。ちょっと嫉妬する。私が以前からミキさんを知っているような気持ちになるのもそんな背景があるからだろう。

明日はミキさんとひとまず新宿待ち合わせだ。ミキさんと並んで歩くわけだから、あんまり格好悪い服は着ていけないので、とにかくそれなりのオシャレを工夫すべく、明日着ていく服をベッドの上に並べて比較してみる。よく考えたら瀧くんと会うときもそんなことまでやったことはなかった。オンナの人と会うのにここまで気合を入れてる私って一体なんなんだろうと少し疑問も感じる。

===

さて、明日は三葉ちゃんとお出かけ。瀧くんには申し訳ないけど三葉ちゃんを一日占有してしまうのだ。昔から性格なのか、外観が原因なのか女の子の友達というのがあまり多くない私。別に嫌われていたり、煙たがられているわけではないと思うけど、きわめて表層だけのお付き合いが多かった。なので親友というのが私の場合すぐには思い浮かばない。

高校時代は友達が片思いしている男の子が私に告ってきて、お断りしたにもかかわらず結局その友達とは気まずくなって友達を失うといったパターンで3人。友達と付き合っていたカレシが、私のことについて失言(たいがい可愛いだとかきれいだとか言ってしまう)して、その結果気まずくなって失った友達が5人。他にもそういった事故を未然防止するためなのか、クラスの女の子が近づいてこなかった期間も長らくあったりした。

特に私は素材がいいわけではないと思う。だから綺麗でいたいとかそういった努力を続けているだけ。でもその綺麗になりたい思いは男の子にもてたいからとかではなく、単に綺麗でいたいだけなのだ。だって綺麗だと楽しいし、気持ちも軽くなる。だからクラスとか身近に素材のいい女の子がいて、その子が自分の殻に閉じこもって綺麗とかカワイイということから遠ざかっていたら、たまらなくお世話してしまいたくなるのだ。

でも多くの場合、その試みは失敗に終わってしまう。というのもそのような女の子は大体私の外観や噂から、何か裏があるのではと警戒してしまうのだ。やっぱり人を変えるためにまずは信頼関係が必要なのに、その前提は崩れてしまっている。なので結果的に私はその子におせっかいを焼いて、悪評だけが残る。そんな損な役回りも何度も演じてきた。だから大学に入ってからはそんな子を見つけても声をかけたりしなかった。大学よりもバイトをいっぱい入れて、綺麗な服やアクセサリーに投資した。就職も結局その知識や経験を活かして大手アパレルメーカーに入った。

バイトしていた頃、一度だけかわいくなれるはずの子を見つけて、お世話しようとしたことがある。当時高校生だった瀧くんだ。なんで男?と言われるかもしれないが、
”だってかわいかったんだもん”
というしかない。

瀧くんはバイトに入ったばっかりの頃はまだ高校1年生だった。父子家庭で、遊ぶお金がほしくてバイトをしているという、ごく平凡な男子高校生だった。ツンツン頭でまだ幼さも残っていたので、それなりにカワイイ印象はあったが、当時の私の目からは、単に粗削りで、機転の利かないよくある男子高校生の特性を多く備えたいわば”低スペック”な男の子の一人でしかなかった。

それが、その瀧くんがある日を境にして私の琴線に触れるタイプに変貌したのだ。

・怒りっぽくない
・お裁縫が得意なのを披露
・笑顔がかわいい
・教えてあげるとなんでも真剣にスマフォにメモを取る
・いろいろ甘えてくるけど、しっかりしているところもある

などなど。特にお裁縫については、意外でびっくりした。私のスカートの補修を、刺繍枠もないのに下書きも何もなくとってもかわいい図案で5分でやってのけたのだ。毛布を腰巻にして心もとない気持ちで瀧くんの手元を凝視していた私は、いっぺんにそのスキルの高さに魅了されたのだ。それまでカワイイ服や綺麗なアクセサリーはその存在にしか興味がなかった。一瞬にしてスタイリッシュに生まれ変わった自分の制服のスカートを見て、カワイイ服が生まれてくる瞬間や、それを作り出す職人さんのスキルとかに私が興味を持つきっかけになったのだ。

私はその刺繍があまりにもカワイイので、小さな子供がいるテーブルではわざとお尻を突き出して仕事してみたりしたけど、バイト男子たちのまとわりつく視線もあってあれは諸刃の剣だった。一応バイトをやめるときは本当は制服を返さなければいけないんだけど、店長に無理を言って、そのスカートだけはもらうことに成功した。なので未だに私のクローゼットに宝物としてしまってあるのだ。

実際私はその瀧くんを一時恋愛対象として見てしまっていた。元々彼の私への好意は自然とにじみだしてきていたので分かり切っていたが、3つも年下でなんの変哲もない男子高校生。でもその時期の瀧くんは私にだけはいろいろな側面を見せてくれるいわばアトラクションのような存在だった。当時の私はとても愛嬌のある友達ができたような感覚で瀧くんと一緒に遊び、果てにはなんと恋してしまったのだ。

それまで男の子には告られることはあっても、自分から好きになったことはなかった。大体私が見て直観的に良さそうに見える男の子であっても、結果的に私の嗜好と異なる部分が見えた時点で候補から脱落してしまっていたのだ。高校の頃から何人かと付き合ったりしてはみたものの、私自身が恋と言えるようなテイストを感じていなかったので、私ははっきり言って男女の付き合いというものについて全く興味がなくなっていた。だからそれまでの私の経歴をさかのぼると、あれは私にとって初恋と言っていいんだと思う。

その当時の瀧くんは、極めて私好みの日と、そうでない日の落差が激しかった。性徴期特有の精神の不安定さがそうさせるのだと思うことにして、私好みの瀧くんはとにかくまるで恋人のように、そうでない瀧くんの場合は適当にからかって面白がるという変な関係だったように思う。

ある時、瀧くんと休日にデートすることになった。私から言い出したことだったが、その約束をした日の瀧くんは私好みの状態だったので、二つ返事でOKをもらった。なのにデート当日の瀧くんは普通の瀧くんだった。その日あまりの落差に私は一日中その原因について考えていた。恐らくこれは新しい女の影が表れている。しかもそれは私好みの瀧くんのような女だと勝手に結論付けた。

===

そんな瀧くんが数週間後には突然その女の子に会いに行くといい出した。バイトで瀧くんと同じ高校の司くんからの情報で、私はとにかくなんとかその女の子と瀧くんが結ばれるのを阻止すべく、司くんと共に東京駅で瀧くんを待ち伏せたのだ。

その日の私は瀧くんの離れていった気持ちを取り戻すのに必死だった。今になって思えば、私の初恋ともいえるものがあんな形で終わってしまっては私のプライドが許さなかったのかも知れない。とにかくその日はファッションやしぐさ、発生のすべてを瀧くんが私好みになっていたときのものにかなり寄せて自分をプロデュースしたのだ。

たとえば普段なら見向きもしないゆるキャラにはしゃいでみたり、わざときゃぴきゃぴと腕を大きく振って歩いてみたり、神社の階段で司くんとグリコをやってみたり、あの時の瀧くんがいかにもやってしまいそうなことを終日続けた。なのに瀧くんは始終眉間にしわを寄せていろいろな場所でいろいろな人に聞き込みをしていたり、それはそれは必死だった。ついこの前までは私にそれぐらいの必死さを向けてくれてもよかったはずの男の子が、手のひらを反すように私の方さえも見てくれない。私が普段見せないようなアピールをしているのにも拘わらず、それは一切効果がなかった。やがて私の敗北感は頂点に達した。

それがあまりにもショックだったのか、私の記憶はその完膚なく叩きのめされた後にラーメンを食べたあとぐらいからの部分がすっぽりとなくなっているのだ。今思い出せば、その直後気が付いたら翌日司くんと東京駅に降り立っていたといった感じだった。瀧くんはなぜかその次の日になって戻ってきたようで、ずいぶんと疲れているのか言葉も少なだった。そして何かショックなことがあったのかと思い、私はそっとしておいてあげることにした。

あれ以来、私は何かと元気のない瀧くんに折を見ては連絡を取ってみたりした。瀧くんが大学生になってからも、何かと下向いて自分の手のひらを眺めている、そんな瀧くん固有の虚無感がいつまでたっても消えずにいたからだ。私の初恋の相手が、いつまでたっても私と無関係なところで何か得体のしれないものに打ちのめされたような状況になっているのは忍びなかったのだ。

そんな中、私は婚約した。いわば一時は私の初恋の相手としてまでになった瀧くんがまた戻る日を待っていたのだけど、結局それを待たずに押し切られた感じだ。婚約者は心から私を愛してくれているけど、まだ収入が少ないので結婚の時期は未定ということにしておいた。彼の希望と、あと要らないオトコ除けのつもりで、指輪だけは常に嵌めておくようにしていた。最後の確認の意味で瀧くんにそのもらったばかりの指輪を見せたが、ほぼ感情的な揺らぎはなかった。以前からの喪失感に満ちた彼の表情になすすべもなく私は

”君もいつか幸せになりなさい。”

と無責任な言葉をかけるしかなかった。

===

 第一章 了

 

KEN-Z's WEBのトップへ NEXT