君の名は。アフター小説- 三葉と私(第二章)

奥寺センパイと三葉がデートします。お互い何かを感じながらも少しずつ記憶の糸を手繰ります。

第二章 − 三葉とのデート −

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その半年後。あろうことか私は瀧くんが女の子と付き合い出したことを”本人の口からではなく”知ることになった。そして怒りとも嫉妬ともわからない、異常な心情が私の精神を席巻した。まず、古い話を蒸し返すようで情けない気持ちもあるけど、なぜ私にあのような仕打ちをしておいて、いけしゃあしゃあとほかの女と付き合えるのか?どれほどの女なのか確かめる必要がある。それに瀧くんからではなく他のルートでその事実を聞かされた私の気持ちをどうしてくれよう。そりゃいつかは話してくれるだろうけど、私以外の友人には先に話しておいて、それはないでしょう。無性に瀧くんを”とっちめて”やりたくなった。

なので、私は瀧くんとその新しい彼女のデートに乱入するという大作戦を決行したのだ。あの時の瀧くんの混乱ぶりったら、この上なく痛快だった。私の作戦通りに瀧くんは操ることができたし、その結果瀧くんにそれなりの反省も味合わせることができた。でも、私にとってそれよりも収穫があったのはその瀧くんの彼女と友達になれたことだ。名前は三葉ちゃんという。

実は私と三葉ちゃんは誕生日が約3か月違いで私の方が少しお姉さんということになる。でも学年は一緒だし、何か因縁めいたものも感じるのだ。いや、学年云々ではない。私はこの娘と絶対に何かあったはずと思ってしまうのだ。まだ半日一緒にいただけなのに、そのしぐさや口調の一つ一つがすこぶる心地良い。少し訛りが抜けきっていないイントネーション、私のいうことを親身になって聞いてくれる熱心な姿勢、喜怒哀楽の躰全体での表現。他にも匂い、髪型、顔、化粧の乗り具合、首筋、体の肉の付き具合、ああ、挙げても挙げても足りないぐらい。今までこんなに惹かれる女友達はいただろうか。幼稚園のときの女の先生とかには惹かれたことはあるけど、生まれてこの方ここまで同性に惹かれたことは記憶にない。

なので”オシャレの指導をして欲しい”と申し出てきた三葉ちゃんに便乗する形でまんまとゴールデンウィーク初日にお買い物ツアーの約束を取り付けたということなのだ。ああ、早く明日にならないかな〜。高校生だった瀧くんとデートしたときの前の晩よりも私は待ち遠しく感じている。

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私には瀧くんというカレシがいるというのにミキさんと明日お買い物ツアーの約束を取り付け、なぜだか私は初デートのごとくドキドキしている。さっきの瀧くんが不機嫌だったのも少し後ろ髪引かれる感覚ではあったのに、それを完全に無視できるほど明日向けてのワクワク感に私は今支配されている。

今回のデートは私がファッションの指南を受けるわけなのに、まず何を着ていこうか悩んでいる私がいる。正直瀧くんと会う時よりもはるかに気を遣っておかないと私の本能が許さないのだ。実際瀧くんの場合はどちらかというと気兼ねなく会うことができる。まるでテッシーやサヤちんと会う時と同じ感覚なのに、ミキさんについては本当に初恋の相手と学校の外で会う中学生のような気持ちになってしまっている。ベッドの上にシャツ、スカート、ワンピースを何着も並べて私なりの精一杯を演出しようとしているのだ。思いっきりおしゃれのつもりでお気に入りのワンピースかな?それともいろいろ試着することを考えるとシャツとスカートにして上に軽く何か羽織ろうかな?という具合に。

そういえば明日買いたいアイテムの数は、正直自分の限界を超えているような気がする。瀧くんとゴールデンウィーク中に会うためだけなのに、ワンピース2着、シャツ2枚、スカート2枚、パンプスかヒール2足、化粧品もファンデ、ルージュなどとても一日ではしっかり選んで購入に至るまでの時間が足りるとは思えない。でもミキさんなら、なんとかしてくれそうな気がして、とにかく私の欲望をかき集めてみたのだ。一応給料日からまだそんなに経っていないので、お財布は余裕がある。でも間違いなくお財布の中だけではなく、私がめったに使わないカードも登場しなければいけない金額になることは確実だ。それほどまでにミキさんとのお買い物は私にとって意味のあることなのだ。

まるで遠足の前の夜のような気持で私はその夜、なかなか眠ることができなかった。やっぱり昔一度こんな気持ちになって眠りについたことがあったような気がするんだけど、今はそんなことはもうどうでもいい。とにかく明日に備えなければ。

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「みーつはちゃん。ごめん、待った?」
三葉ちゃんの背後から声をかけた。

「はい、いえ、あの…。今来たとこです!」

何か以前これと極めて近いやり取りをしたことがあるような気がしたけど、三葉ちゃんの笑顔がそれを忘れさせてくれた。ああぁ、やっぱり私この笑顔好きだわ〜。”萌える”っていうのはこういったのを言うんだと実感する。

パステルグリーンのフリフリ付きのブラウスに7分袖のジャケットとフレアスカート。色調が多少地味だけど、三葉ちゃんにとても似合っている。お化粧も前回あった時とそんなに変わらないか、気持ち盛ったイメージだろうか。確かに前回全くシャドウをいれてはいなかったような気がするけど今日は少しだけ引いているようだ。まあ、三葉ちゃんは元から目元がはっきりしているので、シャドウは少しくどい印象かもしれない。素材からしてこんなレベルの高さなのにオシャレの指南なんて私に務まるんだろうか。そう考えると私は少し自信を失ってしまった。

そう滅入っていてもしょうがない。まずはスイーツの美味しいカフェに誘ってみよう。今日の作戦会議のために。

「じゃあ、いこっか。」

思わず肩を抱きそうになってしまったけど、いきなりのスキンシップは私の好感度を下げることにつながりかねない。ここは我慢しておくことにする。

「ここのパンケーキはねえ、生地がとってもふっくら仕上がってて甘すぎないから、ホイップクリームとかがいっぱい乗っていても全然さっぱりしてどんどん行けちゃうから危険なのよね〜。」
カフェのメニューを三葉ちゃんに見せて、お互いの髪が触れ合うほどにメニューを覗き込んでおすすめを紹介する。

「わあぁ、ホント。このイチゴとベリーマシマシパンケーキすごく美味しそう。でもまだ午前中だし…。」

「じゃあ、三葉ちゃん、私と半分こしようか。」

「ええっ!いいんですか?」

「もちろん。私も実はそれ食べたかったから。」

「きゃ〜、嬉しい!」

ということで三葉ちゃんの喜ぶ顔が見れて私は底抜けに幸せな気持ちになっている。こんな気持ちになるのは何年ぶりだろう。あれは私が瀧くんに初恋していた頃。瀧くんをバイトの前とかに連れまわしてカフェを巡ったりしていたときに、スイーツをおごってあげたらすごく喜んでくれて、それが嬉しくって、ついつい瀧くんにいっぱい食べさせてしまったこともあったっけ。

「瀧くんと一緒のときは瀧くんはコーヒーしか頼まないし、全然一緒に食べようとか言ってくれないんですよ。だから、スイーツカフェ巡りとかしたいんですけど、なかなか思い通りにいかなくって。」

「そうなんだ、瀧くんはダメだな〜。じゃあこれからはスイーツ食べたくなったら私に連絡頂戴ね。いつでも飛んできちゃうから。」
しめしめ、餌付け作戦ひとまずは大成功だ。

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私的にイチゴがいっぱい乗ったパンケーキは4月末までの限定メニューだと書いてあったので、どうしても食べたくなってしまい思わずミキさんにわがままを聞いてもらってしまった。そしてテーブルにやってきたミキさんのそれは流石に”マシマシ”という名前通り、ボリューム的にかなりな量になってしまうのでお昼前に食べるのは少し気が引けるほどだった。いつもはもし瀧くんが一緒にいても、目の前で面白くなさそうにコーヒーをすするだけで、私がどれだけ食べ過ぎようがお構いなしの体だ。そう考えると今日はミキさんと会えてホントによかった。

そんなことさえにもラッキーを感じつつ半分ずつにしたパンケーキを二人で平らげ、ブレンドコーヒーでお口直ししながら、ミキさんに少し気になっていたことを聞いてみることにした。
「瀧くんってミキさんと初めて会った時の印象ってどんなだったんですか?」

「う〜ん、まだ高1だったから、ほんとにオトコの子って感じだったかな?まだ背も伸びきってなくて、何するにしても初々しくってね。司くんと一緒に入ってきたんだけど、その中で一番世慣れてないって感じで、ちょっと頼りない感じだったかな?」

「へぇ〜。確かに今も頼りになるって感じじゃないですけどね〜。」

「そうね。なんかナマイキな感じで、いきがってるっていうか、あるでしょう?高校生男子のあの感じ。まわりを心配にさせちゃう感じだったのよ。」

「それは意外ですね。私にとってはそれなりに何でも器用にこなす印象なんですけど。そんなに心配するってことは少しは気にかけてた面もあるってことですか?」

「う〜ん、どうかな〜。瀧くんはほかの男の子たちと一緒で、私にちやほやしてくれてたけど、確かに一時期とっても気になった時期はあったかな?」

「それはどういったきっかけですか?」

「うん、バイトのときに少し助けてもらったことがあってね、そのときの瀧くんが意外だったんだ。それでちょっとかわいくなっちゃって。」

それを聞いて私も”ヒトのカレシ捕まえてかわいくなっちゃってどうなのよ?”と気になったので。
「それで?」

「デートしちゃった。」

「デートぉ〜?」
ちょっと取り乱してしまった。それにしてもこのヒト人のカレシつかまえてデートぉ?聞き捨てならないわ。

「でもね、あの前日の瀧くんはとってもかわいくって、もう食べちゃいたいぐらいだったのに、そのデート当日は朝から全然乗り気じゃなくって、雰囲気もあんまりよくなくってね。晩御飯も食べずにさよならしたんだけど別れ際に私、”瀧くんには別の好きな人ができたんでしょ?”って少し恨み言を言ってみたの。そしたら図星だったみたいで。」

「それって誰なんです?」
思わず身を乗り出してしまった。

「それがね、瀧くんったらそのデートから1か月も経たないうちにそのカノジョに会いに行くっていうじゃない。私悔しくって無理やり司君とついて行っちゃったのよ。でも結局そのカノジョとは会えなかったみたいなんだけど…。」
そう言いかけてミキさんは何かを思いついたような表情になった。

「そうだ。あのときに糸守に行ったんだわ。」

その言葉に私もビクッとした。何か話題がどんどん私の知っていること、むしろ私自身のことに近づいてきていることをひしひしと感じた。もう私はミキさんのほうを正視できなくたっていた。そこにミキさんが続ける。
「私も途中からの記憶があいまいで瀧くんとは別に帰ってきたり、瀧くんも何か帰ってきてからずーっとふさぎ込んでたんで、はっきり何があったかわからないんだけど、確か三葉ちゃんも糸守出身よね。そう考えると何か元々瀧くんと縁があったんじゃない?」

「そ…そ、そうですね。」
目が泳いでしまわないように気を付けながら精一杯の笑顔でこう答える。何かそれ以上詮索されると私たちにとって不利な何かが暴露されてしまうような、そんな恐怖感を感じながらミキさんとのこの会話につては終止符を打つことにした。

「それはそうと、今日のお買いものなんですけどっ…」

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結局その日のお買いものはすべてミキさん御用達のお店で、すべての店員さんがミキさんの顔見知りであったことも手伝って、すごく効率的に、しかも私が想定していたよりもずいぶんお安くすべての予定していたアイテムを買い揃えることができた。ミキさんはお買い物リストにはなかった下着について異様に固執して、勝負下着はどうするの?と盛んに聞いてきたけど、さすがにあこがれのミキさんに下着まで選ばせてはいけないと思って、今回は辞退した。そして最後にはお礼の意味を兼ねてミキさんと二人でミキさんと瀧くんがアルバイトしていたというイタリアンレストランで夕食をとることになった。

御苑の目の前のそのお店はいかにもしゃれた造りで、なぜか私にとってとても懐かしい感覚を呼び起こすものだった。高い天井、チェッカー柄の床、しゃれた木組みの椅子。それに白いシャツにベストのウェイターさんたちとホールに響くオーダーを伝達する声、食器のすれあう音、エスプレッソマシンからの蒸気を吹き出す音、すべてが私にとって身震いするような感覚で聞こえる。何か労働意欲が一気に湧き上がるというか、戦場に自分が立っているかというような緊張感。なぜそんな気持ちになるか、薄々私はわかり始めていた。そう、ここは ”私たちがバイトしていたところ” だからだ。

そして、その私たちとは私と瀧くんとミキさん、そしてこの前紹介してもらった司さんと高木さんということになる。前回ミキさんと初めて会ったとき、私はそれが初めてではなかったことに気づいていなかった。けれど、瀧くんは薄々気づいていたに違いない。だから私をミキさんに会わせたくなかったのだ。

そして今朝から今までミキさんと一緒にいて、少し私にも記憶の欠片が少しずつ帰ってきた。ミキさんとデートをしようとしたのは瀧くんではない。そういった事実が少しずつ私の脳裏に浮かんできたのだ。まるでそれが長い間奪われていたかのように。

お料理もそろそろ終盤に差し掛かったところで私がそのお店の内装を懐かしい思いで眺めていたら、少しワインでほほを赤く染めたミキさんが唐突に質問を吹っ掛けてきた。
「そういえば、三葉ちゃんって瀧くんのどういったところが好きなの?」

う〜ん、その手の質問苦手だな〜。だって、あんまりまだ昔のことはっきりと記憶してないし、昔どうだったかなんてもう今の感情で言い表すのがとても難しいのだ。でも一つだけ私が瀧くんを好きな理由がはっきりしている。だって彗星の後、私の掌に残っていたあの文字。あれは永遠不変のものだ。もう私もお酒がまわっているので、言ってしまおう。

「ええっとぉ、私のことを好きでいてくれるとこです。」

少し時間をおいて、あらミキさんの目が真ん丸になった。しばらくの沈黙の後、”ぷぷーっ”っと吹き出して、
「三葉ちゃんすごーい。そんなこと言う人初めて見たわっ。そりゃそうだよね。瀧くん果報者だわ〜。すごいっ。」

「ミキさん、そんな笑わんでも。」
ちょっと感情的になって、訛りが出てしまった。

「ごめんごめん。でもすごいよね。三葉ちゃんと瀧くんって何か昔からとっても深いつながりがあったみたいな、私が絶対入り込めない雰囲気あるよね。ちょっと悔しいわ。」

そういったミキさんの表情がとっても色っぽくって思わず私はドキッとした。

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昨日の三葉ちゃんとのデートは私にとっても新鮮で、なぜか昔から夢見ていたことがかなったような気さえもした。今日は司君と会う約束をしているので、この気持ちの高ぶりを糧に昨日の土産話をさんざん聞かせてあげようと思う。

それにしても三葉ちゃん、絶対に何か私の知らない瀧くんのことを知っているような感じだ。誰もいない糸守に瀧くんと行ったのは瀧くんが高校生の時だから6年前。三葉ちゃんは私と同い年だから、東京で女子大生をしていたはずだ。

じゃああの時の瀧くんは誰に会いに行ったんだろう?あのときの瀧くんはなぜか糸守の災害のことを一切知らない感じで、そこに誰かがいると確信していた。そして私の記憶もあいまいで、瀧くんも何か心にぽっかりと穴が開いたようになって戻ってきた。あのときいったい何があったんだろう。もしかしたらあのとき私の想像もできない何かが起きていたのかもしれない。

知りたい。

こんなに好奇心を駆り立てられたことは久しぶりだ。まるで少女のころのように私は思いを巡らせていた。ワクワクする。しかしそれには触れてはいけない部分もあるだろう。それでも私が当時の瀧くんに感じていた違和感。少なくともその部分については私も当事者として知る権利はある。

少し冷静になって考えていたら、瀧くんを突っついたとしてもすでに警戒されている私が何を言っても多くを語ってはくれないとの結論に至った。ここは三葉ちゃんサイドを攻めていくことが得策だろう。それにしても”三葉ちゃんを攻める。”っていうのはなんて素敵な響きなんだろう。

確かに昨日の出来事を仔細に思い起こしてみると、二人が昔から関係があったかのような部分に触れようとすると、とたんに話題を変えようとするところがとても怪しい。その割に旧知の仲であったような雰囲気がぷんぷんするし、私の直感でもあの二人は昔から絶対に何か関係があったはずなのだ。なので、二人の共通点について何かないかを考えてみた。

三葉ちゃんと瀧くんは…、あれ?全然共通点なんかないじゃない。こんなにも関係が深そうに見えるのに、なぜか何も共通点や接点がない。性別、年齢、出身、性格、境遇、得意分野、何をとっても共通点がない。私の話した限りではおそらく共通の趣味もないだろう。今になって気づいたけど、これはものすごい違和感だ。う〜ん、どうしよう。いきなり暗礁に乗り上げてしまった。

三葉ちゃんを攻めると一旦は決めたけど、こういった場合は昔からよく知っている瀧くんからアプローチしてみるのが正攻法だろうか。そういえば昔から知っているといいつつ、私は瀧くんのほかの一面を知っていることを思い出した。そう、あのとてもかわいい瀧くん。愛くるしくって、いつもセンパイ、センパイといって私を決して特別扱いしないでいてくれた瀧くん。そう、あれだ。

あの瀧くんを思い出しながら照合してみた。

・笑顔:○
・しぐさ:○
・口調:○
・性格:○
・細かさ:○
・私を見る目:○
・私の好きさ加減:◎

あれ、合致ポイント多すぎない?なんだろこれ?ちょっとあまりのことに頭がボーっとしてきた。何か思い出してはいけないものを思い出してしまったような。なぜか意識が混濁する。その見えない力に意識を奪われないように私は最大限踏ん張って対抗する。

そんな変な感覚に抗いながら、私の興味のほうが打ち勝ってきたので、改めて自分の導き出した結論を整理する。それは”もしかして、三葉ちゃんってあのときの瀧くんとそっくりなんじゃ?”ということだ。そうなると、どこまでそっくりなのかを確かめてみたくなってしまった。私は日ごろ仕事で使っているファッション関係のメモ帳を取り出し、何をどうしてそのそっくり具合を確かめるべきか、その戦略を練るのに没頭していった。

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 第二章 了

 

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