君の名は。アフター小説- 三葉と私(第三章)

二人で例のカフェでデート。日本人より外人のほうが特徴を捉えるのがうまかったりします。

第三章 − 私の嗜好に関する考察 −

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昨日はミキさんの怒涛のお買いものスキルのおかげで、予定していた買い物を一気に済ませることができた。まあ、私にとって生まれて初めての大人買いだったのだけど、少し買いすぎたと一人部屋に帰ってから後悔する気持ちもなかったではない。でも、やっぱり瀧くんに少しでも綺麗とか可愛いとか思われたいのだ。まるで女子高生のようだけど、これはこれでしょうがない。私の感情がそうなのだから。そういえば

次の日に瀧くんに会うということで早速ミキさんに見立ててもらったワンピースを着て行ったものの、瀧くんってば全くそれに気づくこともなく、どうしても会ってすぐに感想が聞きたかった私は、勇気をもってその成果を尋ねてみた。

「瀧くん、瀧くん、これ昨日ミキさんに選んでもらったんよ。どう…かな?」

「あ…ああ、悪く…ないな。」

こ、このオタンコナス!私は
「ああ〜っ!思ってないでしょう?瀧くんって、そんなんやから今までカノジョおらんかったんやよっ!」
と、適当に捨て台詞だけ残して瀧くんを置き去りにして早足に歩く。 瀧くんはあわてて早足で歩きながら私の背中越しに、
「な、なんだよ三葉。今まで俺にカノジョいてほしかったのかよ。」
と私にとっては痛いところを突いてきた。

「知らんわっ。アホッ!」

ああ、なんかこれに似たやり取りしたことがあったかもしれない。なんだかすごく気持ちいい。会話の内容とはうらはらにそんなこと思っていたら私の服装なんかどうでもよくなってきた。

それにいつもとは違い今日の予定は私が立てたので、いつもは瀧くんについていくばっかりだけど、今日は私が瀧くんを連れて歩く形になる。いつもは瀧くんと会う約束はするものの、あまり何をするかについては決めていなかった。そのせいでだいたい何をするでもなく瀧くんと一緒にいただけの一日が過ぎていく。昨日のミキさんとの一日とは大違いだ。それは瀧くんの計画性のなさや、女の子へのもてなしの心の欠落、それに会っているだけでも幸せということも原因になっていると思う。となるとイニシアティブをこちらが持って、積極的に動けばより楽しい一日になるだろうと踏んだのだ。

ちなみに私は高校のころからハリネズミが好きだ。動物そのものとしても、キャラクターグッズの類も含めてなにか感覚がくすぐられるのだ。どこが好きなのかというとハリネズミそのものは動物園や写真でしか見たことがないので、詳細に言明することは難しい。しかしハリネズミの生態や性格とかまで知っているわけではないので、間違いなくその風体に魅かれるものがあるのだと思う。

なのでこの10年間、彗星を挟んで、ハリネズミがキャラクターになっているものとかハリネズミのフィギュアとかとにかくそのアイテム自体レアではあるがのに、とにかく 見つけたら買ってきた。そういえば彗星以前はすべてのノートの表紙にステッカーを貼ったりしていた。カバンにも小さいぬいぐるみをぶら下げていたりした。今はもう社会人になっているので少しおとなしめにして、会社の自分のデスクの上、部屋の中や玄関にキャラクターフィギュアを飾っていたりするぐらいにとどめている。

他に私の好きなものというと、瀧くんとカフェぐらいだ。そして私はひょんなことで、瀧くんとほかの2つが同時に楽しめてしまうデートコースを私は見つけてしまったのだ。

瀧くんと出会うよりもずーっと前、テレビをぼーっと見ていたら変わり種カフェの特集をやっていた。今や猫カフェは定番なので、それ以外の珍しい動物と戯れられるカフェシリーズということで、フクロウカフェに続いてなんとハリネズミカフェが紹介されていたのだ。場所は六本木。ハリネズミを掌に載せて撫でたりできるらしい。

そのときはまるで私のためにあるようなエンターテインメントのようには感じたのだけれど、しょせんおひとり様では行きづらい。サヤちんと行っても退屈するに違いないので、”まあ彼氏ができたら行ってみようかな”などととかかなり自虐的に 思って画面を眺めていたことを思い出す。

でも今の私は何も自虐的になることは必要ない。なんせ彼氏がいるのだから。 それも瀧くん。私の大好きな瀧くんと、カフェと、それにハリネズミ。これ以上の組み合わせはない。いわば私にとって夢の競演といえるだろう。なので私の初めて立てた、しかもゴールデンウィークの最初のデートプランとして、このハリネズミカフェ計画は最もふさわしいものであり、高らかに胸躍るものなのだ。

足取りも軽く、グーグルマップを頼りに目指すカフェの前までやってきた。瀧くんには今日何をするかは一切伝えていないので、少し狭い路地に入ったところでいったい何があるのか興味深げだ。混んでくるのがいやだったので開店前の時間を狙ってきたのだけれど、店の前にはすでに数人が並んでいた。以前何か外国のメディアで紹介されたらしくその半数は外国人だ。瀧くんは店の前の看板を見て、そのお店が何なのか悟ったみたいだ。
「あっ、これテレビで見たことあるよ。三葉好きだもんな、ハリネズミ。でもハリネズミって手で持ったら痛いんじゃないか?」

「大丈夫やよ、針の硬い子はミトンみたいなのをはめて手に載せるそうやよ。」
私たちがそんな会話をしながら列の後ろに並んで5分も経ったところで、開店となりお店に入ることができた。

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「きゃ〜、この水槽の中に4匹も固まってるぅ〜。お尻かわいい〜ぃ!」
「えっ?この子水槽から出してもらえんの?触っても大丈夫かな〜?」
「あっ!さわり心地すっごく気持ちいい。ああ〜、持って帰りたい〜。」

店に入ってからの三葉の熱狂ぶりは筆舌に相当するものだった。本来はカフェは癒しの空間でなければいけないのに、かなり高カロリーにはしゃぎまくっている。俺のほうを見ることもほとんどなく目は掌のハリネズミくんにくぎ付けだ。俺は思わず嫉妬してしまい、一応オーダーしたコーヒーを猫背気味にすすって時間をつぶしていた。

すると、何やら少し離れたところに座っていた外人の若い女の子二人がこっちを見ているのに気付いた。小声だがしきりに”ヘッジホッグ”といって俺のほうを見ている。一応スマフォでヘッジホッグが何を意味するのか調べてみたら、ハリネズミそのものの英語だった。そういえば店内のいろんな小物にもHedgehogと書いてあったりするので、スマフォの画面を消しながら少し自分の空気の読めなさを情けなく思って、窓の外を見た。三葉も結局俺に全然かまいそぶりも見せずひとしきり掌のハリネズミくんを撫でたりしながらしきりに意味もなく会話している。暇なので正面にそびえるヒルズをボーっと眺めていたら、

「Excuse me?」

と話しかけられた。さっきの女の子たちだ。なぜか俺に話しかけてきた。それを見て三葉は久しぶりにこちらを向いて少し怖い顔をしている。何を言っていいかわからないので、日本語で
「はい?」
といったら、
「May I have a picture taken with you?」

ときた。そんな長文聞き取れないんですけど!と思い、三葉のほうを見たら、怖い顔のまま、

「なんか一緒に写真撮ってほしいそうやよ…。」
と低い声でかろうじて助けてくれた。

「Yes, Yes.」
と三葉の持っているハリネズミくんと写真を撮るのかと思い、”どうぞどうぞ”のゼスチャーをする。

すると一瞬変な顔をして。顔を二人で見合せたと思ったら、次の瞬間”ぷっ”と吹き出して、爆笑しだした。俺は”なんだこれ、モニタリングかなんか?”と思い、困惑するしかなかった。

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まだ出会って日が浅いけど、今の今まで私のカレシがここまで他の女子にいじられているのは見るに堪えない。ミキさんは別として。瀧くんの動揺ぶりも何かそれに拍車をかけてその外人の女の子たちの笑いのツボを刺激してしまっているようで、私としても自分のカレシを馬鹿にされているようで、収まりがつかない。

一応海外から生地の買い付けの話の時に必要だからといって、簡単な英会話スクールに通っていたことがあったので、英語はそれなりに聞き取れる。話すほうは少し苦手だけど、ここは勇気を振り絞って、彼女たちに何がおかしいのか問い詰めることにした。

「Excuse me? Could you tell me what's so funny with him?」
瀧くんの何がそんなにおかしいのかと聞いてみたつもりだけど、伝わったかしら?

するとうち一人のほうが、
「Oh sorry. We asked him to be take photo with us. But he seemed to misunderstand.」

いや、それだと今目の前で起きていることそのまんまなので、私は少なくともわかっていることだ。なので核心を突いた質問をぶつけてみた。

「Why him?」
そう、知りたいのはそこ。なのにその女の子は少しすまなそうな顔をして答えるべきか躊躇しているように見えた。よほど私の顔がこわばっていたのだろう、しぶしぶといった感じで、
「That's because he looks like hedgehog extremely….」
何?今このヒト人のカレシつかまえて、小動物に似てるって…。と瀧くんのほうを見てみた。あれ?何か髪型といい、少し今のおびえている感じといい…。こうしてみると、

”似ている。それもすごく。”

それを認識したとたんに私もつられて爆笑してしまった。私の反応が意外だったのか瀧くんはおろおろするばかりで、そのままではあまりにもかわいそうなので、私はちょっと涙目になりながらも笑いをこらえ、
「瀧くん、とにかく彼女たちと写真撮ってあげない。ほら、笑顔、笑顔っ。」
と促し、ミニ撮影会が始まった。

すると次々と特に外人系の女の子たちが次々と近寄ってきて瀧くんとの写真を所望してきた。逆に日本人のお客さんたちは遠目に見ているだけで、こういった点では日本人の内向的な性格と、海外からのしかも観光客のような人たちの活発さがいかにも対照的だ。 私も何度か”あなたも一緒に”と言われたが、”日本で出会ったハリネズミ男のカノジョ”として扱われるのはいやなので、丁重にお断りした。なので孤軍奮闘し少し顔をひきつらせながら、国際色豊かな女の子に囲まれて写真に収まるわがカレシを見ながら、私は思い返していた。私の昔からの好みがハリネズミ。そしてカレシがそれに似た瀧くん。 ”あれ?今まで瀧くんに特別な感情があった様な気がしてたけど私の瀧くんとの関係ってそんなもんなん?”

まあ確かに似ているといっても髪型が一番大きく影響しているだろうし、瀧くんの小憎らしいところ除けば、性格はどちらかというとハリネズミに似ているかもしれない。といっても私もハリネズミの友達がいたわけではないので性格が似ているというのはあくまでも私の空想の範囲だけれど。

確かにハリネズミも瀧くんも私の視野に入っている間は私のアドレナリン分泌量に多少なりとも影響を及ぼしているに違いない。今の今まで気づかなかったけど、風貌に共通点が多いのも潜在的に聞いているに違いない。確かに総武線のドアの中から中央線のドアに寄りかかった瀧くんを見つけ、反応するためには私の視覚に瞬時に訴えかける何かがあったはずだ。だから私たちはこうして出会うことができた。その背景として瀧くんが私の好きなハリネズミと似た風貌であることがあるとしたら、私はその瀧くんの風貌に感謝しなければいけないのだろう。

そう考えると私は瀧くんのことをより愛らしく思ってしまうのだった。

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「三葉ぁ〜、あれっていったい何なんだったの?」

さんざん外人の女の子だけではなく男の人にちやほやされて写真に納まった後で、瀧くんは不機嫌そうに私にその理由を尋ねてきた。でもやっぱりこれは内緒にしておこう。瀧くんがそれを知ったところでハリネズミっぽいしぐさとかに挑戦しても、あまり私の琴線を刺激しないだろうし、むしろ無意識のほうがハリネズミっぽいかもしれないからだ。

「なんか、洋楽のアーチストに瀧くんに似た人がおるんやて。名前わからんかったけど。」
と嘘をついて回避したものの瀧くんはまだ不審がっている感じ。

「別になんでもいいにん。瀧くんが格好イイってことやよ。」
といったら少し落ち着いたようで、一口アイスコーヒーをすすった。

その日は適当にお買い物をして晩御飯を食べて帰宅した。また翌日も会う約束をしていたので、前日ミキさんに選んでもらったワンピースに瀧くんが何の反応もなかったことをミキさんにちくって置く必要があると思ったので、ラインを入れてみた。

ワンピースについてミキさんからは
「瀧くんはファッションについてはやっぱりダメだね〜。」
と返答があり、ついでにハリネズミカフェのことも報告しておいた。瀧くんがミニ撮影会に巻き込まれた話をしたら、よほど面白かったのかLINEで通話することになった。

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「ミキさん。こんばんわ〜。」
三葉ちゃんの声だ。ホントはビデオ通話にしてお部屋の様子とかもちら見したかったところだけど、まだそれほどの間柄ではないので、今日のところは音声だけにしておこう。それにしても今日二人でハリネズミカフェに入った話、面白そうだわ。

「三葉ちゃん。ハリネズミカフェのこともっと聞かせて。ちょっと一人で退屈してたところなのよ。」

一通り事の顛末について報告してくれた三葉ちゃんは、最後に

「でもこれって瀧くんに内緒ですよ。」
と、瀧くんに遠慮しているのかそんなことを言う。

「瀧くんって確かにハリネズミっぽいよね。確か瀧くんもハリネズミ好きなんだよねぇ。」
と、私は何気なく昔の記憶をたどって瀧くんの意外な一面を三葉ちゃんにひけらかしたら、意外な答えが返ってきた。

「えっ?瀧くん全然ハリネズミ好きじゃないみたいですよ?」

「あれ、そうだっけ?」
あれ?私の記憶違いだったかな。まぁ、いいかぁ? とまあ通話が切れた後も、三葉ちゃんの単なるのろけ話にならなかったことでずいぶんと満足していた私だったが、やはり瀧くんがハリネズミ好きという私のいわば”常識”を出会って数週間の三葉ちゃんにいとも簡単に覆されたのは少し悔しいので、その証拠物件で、再確認することにした。

クローゼットの奥にしまってある箱にしまってある思い出の品を掘り起こしてみる。基本、私はあまり長く同じ服を着まわすことはしない。なので古い服はひとに譲るか、古着屋さんに売ることにしている。なのでクローゼットの箱の中には私が思い出に浸れるような服しか保管していないのだ。その中には私がバイトしていた時の制服がしまってある。イタリアンレストランで、私は足掛け5年近くバイトしていた。その期間中支給された制服は基本貸与の形であったので、バイトを辞める時には返却しなければいけなかったのだけれど、私の制服は一部改造されていたので、店長に返却しなくてもいいと承諾してもらい最終日にそのまま持ち帰ってきたのだ。

その制服のスカートにその証拠を確認して、私は懐かしい思い出に浸る。
”あぁ、あの時は若かったなぁ。”
と思いながらスカートを胸に抱きしめた。

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 第三章 了

 

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