君の名は。アフター小説- 三葉と私(第四章)

それにしても自分が恋した相手が実は違った人だったなんて、そんなことを気づくことができたとしてもその瞬間ってどんなことを考えるんでしょうね。そんなことを考えつつ。

第四章 − 刺繍 −

===

ゴールデンウィークも終盤に差し掛かった休日、私はようやく三葉ちゃんに会う約束を取り付けた。三葉ちゃんは期間中ほとんど瀧くんとあっていたようでなかなか約束を取り付けることができなかったけど、瀧くんが三葉ちゃんの新たなファッションにほぼ無関心であったことに三葉ちゃんが呆れ、再度瀧くんの攻略について相談を受けることになったのだ。私にとってこれは予想していたことなので、単に1回のファッション指南だけでは瀧くんを落とせないと感じていた。だから三葉ちゃんとその長期連休で2回目に会うことができるのはある意味規定事項だったのだ。

その日、待ち合わせてすぐにカフェで事前打ち合わせすることになり、私はひとまず三葉ちゃんのハリネズミ好きについていろいろ聞くことにした。
「三葉ちゃんはなんでハリネズミが好きなの?何かきっかけはあるのかな?」

「そうですね〜、何か理由はなくただ魅かれるっていうか、癒される感じですね。きっかけとかはないです。高校生の頃にぬいぐるみを見つけてそれ以来かな?」

「魅かれるとか癒されるって、それって瀧くんもおんなじ感じ?」

三葉ちゃんは口元にこぶしを当てて少し思案してから、
「ハリネズミと瀧くんは少し違うと思うんですけど、瀧くんを見つける時の目印に放ったと思います。」
と何やらわけのわからないことを言い出した。まあ、同じではないけど似ているってことでいいんだよね?

「そうそう、三葉ちゃん。瀧くんって高校生の頃やっぱりハリネズミ好きだったと思うのよ。今日はその証拠持ってきたの。」

「えぇ〜、何ですか?気になりますっ!」

ああ、やっぱり三葉ちゃん可愛すぎる。はっ、それより証拠証拠。人目のあるところではあんまりひけらかしたくないものではあるけど、見せるのが三葉ちゃんなので、この点は許容しておこう。私は例のスカートをバッグから取り出した。

「ほらね、三葉ちゃん。これ昔瀧くんに繕ってもらったのよ。」

「えっ?そんなの瀧くんができるわけ…。」
三葉ちゃんは途中まで言いかけて私の手からスカートを取り上げて、その刺繍の部分を凝視していた。そして数秒の沈黙ののち、三葉ちゃんは大粒の涙を流して泣き始めたのだ。

「えぇっ?三葉ちゃん、何?具合悪いの!?」

===

ミキさんが私の目の前に差し出したスカートのその部分を見て、私は失っていた記憶を突然に取り戻した。そう、その刺繍は私が施したものだ。かぎ裂き部分を野原にしてその上をかけるハリネズミ、アクセントには蝶を飛ばした。ミキさんの当時の印象を私なりに表現したものだ。その記憶が爆発的に私の脳裏に飛び込んできたのに驚いたかのように私の眼には大量の涙があふれ、その刺繍がにじみ、そして背景の黒に沈んでいった。

子供のころから裁縫が得意だった。それはお母さんがまるで死期を悟っていたかのように私にとにかく備えておくべき技能、知識のすべてを授けてくれたおかげだ。その技能のおかげで私は今の会社に就職し、それなりのスキルを発揮してそれを生業にしている。それがゆえにミキさんとだってこんなに話が合うのだ。

瞬間的に私はそんなスキルを与えてくれたお母さんに感謝しながら、涙を拭いて顔を上げた。

「奥寺…センパイ。」

「なあに、急に三葉ちゃん。センパイじゃないでしょ。それより大丈夫?目に何か入ったの?」
ミキさんは心配そうに私の顔を覗き込み、私が呼ぶはずのない呼び方をしたことは特に気にしていない様子だった。

「いえ、大丈夫です。これって、あのお店の制服ですよね。」

「そうそう、よく知ってるね。今は少しデザイン変わってるみたいだから、パッと見わからないでしょ。でも私これ5年間も着てバイトしてたんだな〜って。」

「よく今まで持っててくれましたよね。」

===

三葉ちゃんがなんだか変な言い回しをしたけど、私は気づかないふりをして進める。
「うん、なんだか瀧くんがあの時お裁縫で繕ってくれたのがうれしくってさ。私これお店の中でいろんな人に自慢したりしてたんだ。結局バイトの期間も長かったし、修理してある制服なんて次の人がかわいそうってことで、店長からもらったの。」

私は昔を思い出しながらさらに続ける。なぜか三葉ちゃんはじーっと私のほうを懐かしむかのような眼差しで見つめてきている。少し緊張して私はなおさら饒舌になってしまった。

「あの頃私、瀧くんのこと好きだったんだ。なんだかほっとけないっていうか、その反面女子力が高いところがあったり。時々表情やしぐさもとってもかわいくって。でも、瀧くんはほかの好きな子ができたみたいで、結局私振られちゃったんだよね。」

「えっ?今なんて…。」

あ、しまった。瀧くんのカノジョである三葉ちゃんの前で元カノアピールに近いようなこといっちゃった。
「いや、瀧くんっていうか、瀧くんあの頃何か豹変することがあってね。私はその豹変した瀧くんが好きだったって話。」

「豹変?あの、それって別人格みたいな?」

「そう、それそれ。なんだか急に女子力高くなったり、表情が妙に明るくなったり頼もしくなったり、いろいろ変だったんだよね。私のいうこと笑顔で何でも聞いてくれたし。」

===

いろいろミキさんは言い訳めいた言葉を続けていたが、あまり耳に入ってこなくなった。そして私はもうミキさんの顔を正視できなかった。

まさか今更 ”それって実は私なんです。” とは言えない。言っても信用してもらえる可能性はゼロだ。ならば言わないに越したことはないが、ミキさんが瀧くんの別人格バージョンを好きだったとして、そのまま私が瀧くんの中のまんまだったら、瀧くんとミキさんは結ばれてしまっていたってことだ。それも瀧くんそのものではないということだから、なおさら事態は複雑だったのだろう。

一方で私は確かに昔誰かと誰かのお付き合いが始まるのが嫌で、妨害しに行ったような記憶がないではない。そんな妨害するような横柄な気持ではなかったが、どうしてもそれを阻止する必要があったのだと思う。

ちょっと無言が続いて気まずくなったので、私は勇気をもってミキさんに質問することにした。
「ミキさんって、ひょっとして女の子が好きだったことあります?」

ミキさんはきょとんとしている。 それもそうだ。私の質問が唐突すぎた。私なりに整理すると、ミキさんに瀧くんを譲るわけにはいかないけど、私はミキさんに恋愛感情にほど近い感情を感じたことがある。それはこの手元にある刺繍が事実を物語っている。ならばいわば瀧くんとの関係を邪魔しようと一度でも考えてしまったことの罪滅ぼしが必要だと思ったのだ。なので、私はミキさんとより一層深く親密でいたいと思ったのだ。

で、私の質問の日本語を思い返してみたら、私はとんでもないことを質問していたことに気づいた。
「ああぁ!すいません。あの、気持ち悪い意味じゃなくって、女のお友達で特に深いおつきあいをしていた人がいるかどうかって意味ですっ。」

「あははは。三葉ちゃん、そんなこと気にしなくっても私三葉ちゃん大好きだよ。」

だ、大好きって。ホントこのヒト天然ジゴロだわ。私は顔が火照るのを感じて下を向いてしまった。ミキさんは畳み掛ける。

「あっ、そうだ。三葉ちゃんとはもう深いおつきあいのお友達ってことで、お互い下の名前だけで呼び合おうよ。」

「えぇっ?」

「じゃあ、私から。三葉…。」

ああ、なんだか私とろけてしまいそう。いきなりの展開に私は精一杯ミキさんの顔を見ながら、挑戦してみる。
「ミキ… さん。…やっぱりダメェ〜。」

「あはは、今はまだ無理することないよ。そのうちね。三葉。でも敬語はやめようよ。もう友達なんだし。」

「はいっ。」
敬語ではないものの最大限の敬意で私は答えた。

===

ゴールデンウィークに2回も三葉ちゃんに会えたのは瀧くんに自慢したい気分だった。今日はカフェを出てから適当に私のものも含めてお買い物したりスイーツカフェに行ってみたり、晩御飯と一緒に少しお酒も飲んだりして、私としては三葉エキスを堪能できたのでゴキゲンな一日だった。部屋に戻って私は今日一日のことを思い出していた。

それにしても朝の三葉ちゃんのあれはなんだったんだろう。変に勘ぐっている様子がばれないように涙のわけをあえて探らずにいておいたものの、三葉ちゃんの涙はあきらかに感情に起因するものだった。あの刺繍をみてあれほどの動揺が生まれるには何か原因、いや因縁めいた何かがあるに違いない。そもそも私はハリネズミ好きな三葉ちゃんに瀧くんがハリネズミ好きだったという証拠を見せたくってあれを見せたのだ。なのに三葉ちゃんは瀧くんはハリネズミ好きというわけではないようなことを言っていた。ここは本人に確認しておくべきだろう。早速LINEを入れる。

「三葉ちゃんとハリネズミカフェにいったんだって?」

しばらくすると、少し不機嫌そうに返信があった。
「そうですが何か?」
やっぱりせっかくの休日三葉ちゃんを横取りしたのがよほど気に入らないらしい。

「昔瀧くんってハリネズミ好きじゃなかったっけ?」
いきなり本題に入る。

「はぁ?誰の話してるんですか?」
どうもこのハリネズミネタについては全然ピントが合っていない。さらに突っ込んでみる。
「瀧くん昔私のスカートハリネズミの刺繍で繕ってくれたことあるじゃない?」

「刺繍なんてしたことありません。」
まさにけんもほろろ。私の淡い思い出をこのオトコ…。

「だって、開店前に瀧くんに見せたことあるじゃない。」

既読がついてからしばらく時間がたってから、変な答えが返ってきた。
「あぁ、あれですか。あれは俺じゃないです。」

確かにあの時瀧くんは何か変なリアクションをしていた。刺繍を見ていったんは驚き、すぐに”あいつめ〜。”といったのだ。当時は瀧くんが時々おかしくなっていたので、その一環だろうということで然して気にしなかった。でも今の瀧くんのLINEの結果からはあの刺繍は誰かほかの人が施したものということで、合致している。果たしてそんなことがあるだろうか。

「瀧くん何言ってんの?」
正解を求め私はさらに追及した。

「あれはハリネズミが好きな誰かがやったんですよ。」
あれ?私何か変なこと考えてしまっている。ここは少し整理が必要だ。

「あははは、瀧くんって面白いね〜。」
瀧くんをあしらってからスマフォを切った。

私の記憶は確かだ。あの刺繍をしてくれたのは瀧くんだ。ほっぺに前日の出来事が原因のガーゼがついていたのを今でも覚えている。でも私はあの日の瀧くんがいろいろな点でおかしいと思ってはいたのだ。そう、まるで別人のような…。その別人がハリネズミを好きだったということ?

===

もう一つ私が今日三葉ちゃんとの会話の中で印象的だったことがある。それは三葉ちゃんが涙を浮かべて私を見た瞬間、三葉ちゃんが呼ぶはずのない呼び方で私を呼んだのだ。それはまるで音を立てて私のハートが打ち抜いたかのような破壊力だった。私はそれを聞いてわざと気にしないふりをしたが、私の心は大きく揺さぶられていたのだ。そういえば、私が瀧くんに紹介したスイーツカフェで初めて会ったときも、三葉ちゃんは私のことをそう呼んで、何か思い出したような顔をしていたことを思い出した。思い返せば、まるで三葉ちゃんが昔から私をそう呼んでいたかのようだ。

あり得ない可能性を私は強く疑い始めていた。でも、あの時期すでに三葉ちゃんは東京にいたはずだ。そして私と同い歳であればあのようなかわいい瀧くんにはなれなかったはずなのだ。あり得ないあり得ないと思いながらも、それしか可能性がないという消去法で導いた答えではあったけれど、その当時の瀧くんの可愛さが唯一結論に至ることができない矛盾点となっていた。

どうしてもこの謎を解き明かしたい。そこで私は当時の瀧くんを知る貴重な存在が身近にいることに気づき、早速LINEを入れてみた。そう、司くんだ。
「おばんです。起きてる?」

すぐさま、
「起きてます。」
と帰ってきた。時間にして10秒。素晴らしい反射神経だ。

「瀧くんって高2の時変になったことあったよね?」
いきなり聞きたいことだけを入力した。

「瀧はもともと変ですが何か?」
ああ、じれったい。こういったところは結婚に踏み込めない理由なんだろうな〜。

「そうじゃなくって、瀧くんっぽくないっていうか、そんなのあったでしょう?」

「ああ、それありました。」
ようやく通じた。

「その時の瀧くんってどうだった?」

「かわいかった。」
あはは。バカじゃないのこの子。

「いや、そうじゃなくって、しぐさとか好みとかで何かなかった?」

「なんか、訛ってました。で、スイーツばっかバカみたいに食ってました。」
何かそのスマフォの画面を中心にして私の視界がフェードアウトするような感覚になった。

キーワードは”訛って”というのと”スイーツ”だ。確かに三葉ちゃんはバカみたいとは言えないけどスイーツが好きで、少し訛りが抜けきっていない。本人は気づいていないと思うけど、微妙にイントネーションが標準語とは違うのだ。実はそれが結構可愛かったりするわけなのだけれど。

「そう、ありがと。」(+サンキュ!スタンプ)

さて、この司くんの記憶は確実な線なので、私はもう確信した。そして考え方を固定することにした。そう。私が恋したのは瀧くんではなく、三葉ちゃんだったのだ。

そう考えるとみるみるうちに私の恋心が長い年月を経て再燃したように感じたのだ。

===

 第四章 了

 

KEN-Z's WEBのトップへ NEXT