君の名は。アフター小説- 三葉と私(第五章)

三葉の持っているスキルってすごく高いはずなんです。だからやっぱりこのヒトと引っ付けるためにあったのかもなんて勝手に想像しちゃうわけです。

第五章 − スキル −

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ああ、どうしてもミキさんの私を呼ぶ言葉が耳から離れない。

”三葉…” 何か瀧くんとタメを張るぐらいに私の心をくすぐる声色だ。

やっぱりこんなのはイケナイことだと思う。だって女同士なんて。それに私にはすでに瀧くんという心に、いや運命として決めた人が。だからどんなにミキさんが私の心を揺さぶろうとも私はミキさんに恋愛感情を抱くことはない。でも瀧くんの次に一緒に居たい人なのかもしれない。でもなぜだか自分を高めるために私はこの人と関連せざるを得ないと漠然と思った。

こんなときに筋違いではあるけど瀧くんに今の気持ちを伝えておかないといけないと思ったので電話してみた。
「あの、瀧くん?もしかして寝てた?」

「ああ、少しうたた寝してた。何?」
瀧くんはなんだか不機嫌そうだ。

「あの、瀧くんって私昔からミキさんとお知り合いだったと思う?」

「ああ?奥寺センパイと?そりゃそうだろう。三葉、変な刺繍しちゃったりしてたろ。」

「変なってなんなんやさ!かわいいハリネズミやに!」

「ああ、それそれ。さっき奥寺センパイからそれについて変なLINE入ってきたんだよ。」

「ミキさん、なんて?」

「ああ、あれ俺がやったのか?ってきいてきたから、”俺じゃない”って答えといたよ。」

私たちは彗星の時に何があったか、お互いはっきり言葉にしたことはない。現実味のない、でも実際に起こったであろうことを口にすることをお互い遠慮しているのと、やっぱりお互いのあの経験は相手から実際口に出されるとかなり恥ずかしいと知っているからだ。でも、今日のやり取りでミキさんにはそれがばれてしまっている。今朝はそんな気配なかったのに。

「瀧くん、なんでそんなこと言うんよ。なんか恥ずかしいにん。」

「そうだけど、俺があんな刺繍するわけないだろ。そこは正直俺じゃないって言っといただけだよ。」
ああこのヒト、オンナのカンの鋭さってのが一切わかってないな。朴訥なんだか鈍いだけなんだか。

「もう、知らんっ。あとは私とミキさんで何とかするわ。じゃあね。また明日!」
そうなのだ、こんな会話をしていても明日はゴールデンウィークの最終日なので瀧くんと終日一緒にいる約束をしているのだ。また明日少しミキさんのことについて話をしてみることにしよう。

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三葉と俺に彗星の時起こっていたことは特に細かく話をしあったことはない。お互いの記憶に断片的にしかないものを、相手に話をしてもきょとんとされて寂しい思いをするかもしれないからだ。それにあれはお互いが一緒にいたわけではない。お互いの時を共有はしていたが、それぞれが個別に経験したことなのだ。そりゃ思春期の真っただ中だったわけだから、俺は三葉に黙っておきたいこともあるし、三葉だってそうだろう。そこらへんは大人になった俺たちがお互いを思いやっている結果なのだと思っていた。

それが奥寺センパイに関しては薄々俺たちの秘密に感づいているように思う。高2の俺と俺が俺でなかった時の違いを奥寺センパイは見事に見抜いていた。俺が俺でなかった時には奥寺センパイとの関係は良好だったはずだから、その俺の人格と奥寺センパイは波長が合って当然なのだ。だから奥寺センパイはその確証を得ようとしているのだと思う。

すでに三葉と奥寺センパイが異常なほどにウマが合っているのは俺にも一目瞭然だ。実際俺と三葉が巡り合ってまだ間もないというのに3度も会っているのだ。俺が直感的に三葉を奥寺センパイになかなか会わせたくなかったのは、これが理由の一端でもある。三葉を奥寺センパイに取られてしまうような恐怖感が漠然とあったのだ。そしてそれはほぼ予想していた通りの結果になっている。

しかし、三葉は俺のカノジョなのだ。いくら奥寺センパイが三葉に愛情を注いでも、俺に敵うはずはない。その理由は…。俺が男だから。よく考えたらそれ以外の強みが見いだせない。

さて、その翌日の朝。三葉を待つ間に俺は三葉の服装をどうほめるかについて脳内で絶賛検討中であった。前日の奥寺センパイに対していかにアドバンテージを築くかの思案の末、とにかく俺と一緒にいるときに三葉を少しでも満足させることが何よりだと考えたのだ。

「瀧くーん、お待たせ〜。」

「あ、ああ、おはよう。」
三葉のほうを振り向き俺はギョッとする。 すごい違和感だ。白地に金色の糸で襟元やボタン回りに唐草模様のような刺繍がされたシャツに、デニム地のベスト。ボトムは少し足首の見えるジーンズ。靴は皮のローカットブーツだ。ウェスタンスタイル風ということだろうか。おそらくここまでの冒険は奥寺センパイの差し金によるものだろうが、俺の三葉のイメージからはかけ離れていて、どちらかというと似合っていない。これは意表を突かれた。

「これねぇ、ミキさんがちょっとイメチェンしてみてもいいかもってコーディネートしてくれたの。どうかな?」

このレベルのご意見伺いに関しては俺は多くのボキャブラリを有していない。なのでいつもの、
「あ、ああ。悪くない…な。」

「ああーっ。思ってないでしょう!ホントにこのオトコはぁ…。」

これほど綺麗なデジャブはなかなか経験がない。

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ゴールデンウィークも終わり、体が徐々に仕事にも慣れてきた。アパレル会社の営業というのはセンスとコミュニケーション能力と足が勝負だ。コミュニケーション能力と足という点では大学時代のイタリアンカフェでのバイトは非常に有効な事前訓練であったなと思う。

センスといった点では、ある意味体育会系のノリだったのでおそらくマイナスにしか働いていないはずだけれど、客層がよかったのと、同じ大学生や瀧くんをはじめ年下の高校生のバイト仲間を悩殺するためのファッションセンスというところでは当時の自分の切磋琢磨が今になって役には立っていると思う。

最近になって思うのは、今みたいに会社が用意した在り合わせの品物を適宜売り歩くより、やっぱり自分の好きなようにブランドを立ち上げて、それを着てくれる人に直接買ってもらいたいということだ。そのためにはそれなりの資金も必要だし、才能あるデザイナー、パタンナーが必要だ。かといって私の知っているデザイナーさんは特定の会社の扱っている品物に特化した人たちばかりで、ある意味会社の言いなりで、売れるものであれば何でもOKという人種だ。私は正直そのような人を信用してはいない。

本当は私は自分がデザインしたかわいい服を自分の気持ちがわかってくれる優秀なパタンナーさんに作ってもらい、オリジナルブランドを立ち上げたいのだ。でもあまりにも売れるものならなんでもという風潮が強い自分の環境の中でよいパートナーを見つけられずにいる。ある程度仕事ができるようになって、千葉の支店を任されるようにはなったが、千葉ではなお一層優秀なパートナー探しは困難になってしまった。

このゴールデンウィーク2日間三葉ちゃんとお買い物をしていたわけだが、その中でわかったことがある。三葉ちゃんは私が勧めた服も自分の好みだ選んだ服もすべて裏地や縫製を確認していたのだ。どうも仕事柄服はとにかく縫製がちゃんとしているかなど10項目以上のチェックをして選ぶのが癖になっているそうだ。そして気に入った服でもし縫製が気に入らなかったりすると自分で補強したりしてカスタマイズするのだそうだ。自然に物持ちがよくなり、その結果として自分の服装は流行りのモードから遠のいてしまうことが悩みの種とのことで、そういったところはいかにも三葉ちゃんらしい。 実際当日着ていたジャケットの袖口の補強の出来栄えを見せてもらった。

「きゃ〜、三葉すごい!これ、量産だと絶対できないよね。」

「そうなんです。元はこの袖もう少し広かったんですけど、少し袖口を詰めてふわっとした感じにしたくってタックを入れたりしてボタンで調整できるようにしたんです。」

「ええっ?それってパターンとか引いてやったの?」

「袖口に近い部分は中子作って紙にパターン移したりしてやりました。」

「それって立体裁断みたいな感じ?三葉って立体裁断できるの?」

「う〜ん、できるようになりたいっていうか勉強中っていうか。今年はPM検定の2級受験予定なんですけど。」

「そうなの?うちの本社の倉庫に使ってないPM検定用の教材あるから三葉使ってみる?」

「え?そんなのいいんですか?」

「いいのいいの、結局誰もうちだと受験しないんだし、今度見においでよ。」

「行きます。行かせていただきますっ!」

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ミキさんの会社は火曜日と水曜日がお休みらしく、ゴールデンウィークから2週間目の火曜日の定時後にミキさんの会社の倉庫を見せてもらうことになった。ミキさんの会社の最寄駅で車に乗ったミキさんと待ち合わせして、同乗して会社まで向かった。

「ミキさん、すいません休日なのに車まで出してもらって。」

「ああ、いいのいいの。どうせ会社で使ってる車だし、教材にボディも含まれてるから電車でってわけにいかないでしょ。」

「あの、今日は何かお礼したいので、一緒にご飯どうですか?」

「おっ、いいねぇ〜。」

駅から2分もそんな会話をしながら走ったら、ミキさんの会社の前に到着した。駐車スペースに車を止め、シャッターの脇の扉から倉庫へ入る。薄暗い中に服飾倉庫ならではの匂いを感じつつミキさんの後ろ奥に続く。

「ミキさん。なんかこんな休日に忍び込んでるみたいなの、いいんですかね?」

「大丈夫。実はあの後聞いてみたらあれ廃棄するって言ってたから、あらかじめ今日引き取りにいくって言ってあるのよ。それに、どうせ今日は誰もいないし。」

ミキさんは手前においてある段ボールを手際よく脇に積み上げ、お目当ての教材1式にたどり着いた。

「はい、三葉。これ。ちょっと汚れてるけど掃除したら新品同様だよ。」

「あ、ありがとうございます。」

教材の本やCDが入った段ボールから教材だけをショルダーバッグに詰め、あとはボディをミキさんと二人で持って暗い倉庫から抜け出す。

「ミキさんってこっちのオフィスにいつ頃までいたんですか?」

「1年前ぐらいかな?2年とちょっと。でも狭いし、やることっていったら決まってるんで、隅々まで知ってるよ。倉庫の中の商品以外って案外誰も気にしないのよね。」

「2年間でそんなにできちゃうもんなんですか?ミキさんってすごい。」

「うん、好きな仕事だから選んだんだけど、いろいろできるようになっちゃうと今 度は退屈になっちゃってね。今は千葉で新規開拓みたいなことやってるから面白いんだけど、開拓する先がなくなったらまたつまんなくなっちゃうんだろうな。」

車にボディを積み込み、シートに乗り込んだところでミキさんが少しため息をついた。

「私、やっぱり自分の好きな服作りたいんだぁ…。」

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正直三葉ちゃんがどんな生活をしているのか、大いに興味があった。なのでボディの運び込みのついでに三葉ちゃんの部屋で晩御飯をごちそうしてもらえるということで、私は異常なほどに興奮していた。そしてそれが三葉ちゃんにそれがばれないようにかなり演技をしていたのだ。

三葉ちゃんの部屋はとてもシンプルなお部屋だった。少し古めのアパートで、いろいろ工夫しながら生活している感じ。三葉ちゃんのこんな生活感って、同じ女としても反則なぐらいに萌える。私が自分に欠落しているものを求めているのは確かだ。だから三葉ちゃんのあらゆる特性や背景にいつも魅力を感じてしまうのだ。

三葉ちゃんがキッチンに行ってしばらくして、運ばれてきた料理はなんだかノスタルジックな感じ。繊維質が多い野菜メインのお料理だ。都会暮らしの長い私はあえてそんなお料理のでる外食先なんかも行くことがないので、かえって新鮮だ。三葉ちゃんは普段から結構食べるほうだ。なのに腰周りがすっきりしているのはここらへんにヒントがあるのではと考えた。
「三葉って普段からご飯自分で作ってるの?」

「そうですね。最近は瀧くんと外食することも多くなってきましたけど、たまにこうやって瀧くんにごちそうしたり、瀧くんに料理してもらったりしてます。」

「ああ、そうか瀧くんもお父さんと二人暮らしだから料理できるんだもんね。」
バイトのときも結構厨房の料理を見よう見まねでうちでやってみたとか言ってたのを思い出した。

「そうなんです。瀧くんのイタリアンとってもおいしくって、あとイタリアンじゃないけどパエリアも。このゴールデンウィークも妹が上京してごちそうしたらおこげをこそげ取って食べるほどおいしかったですよ。」

そういえば瀧くんってば高校生のころ、うちの炊飯器が壊れたっていってお店のイタリアンのシェフにパエリアの作り方教えてもらおうとして畑違いだって怒られてたっけ。そんな無計画なところはホント瀧くんらしいと思ってみていたのを思い出した。

「でも三葉って結構食べても太らない体質なんじゃない?スイーツとかもボリュームあるやつ平気で頼むし。うらやましいっていうか。」

「いえっ。結構気を遣ってないと太ってしまうんで、ストレッチやったりとかしてますよ。結構体やわらかいほうなんで。」

「えっ、そうなの?三葉体やわらかいの?」
思わず食いついてしまった。実は私は体の柔らかさという点ではコンプレックスを持っている。社会人になってから一度ピラティスをやってみたが、あまりの苦痛にちゃんと通えなかったりした。

それにしても三葉ちゃんとは一切会話が途切れないのが不思議だ。女友達はそんなに多くない私にとって、ここまで長く会話が継続することはごくまれで、長年の友人で会っても会話が途中で途切れたりする。まだあって間もないということを鑑みても、これほどまでに会話のキャッチボールができることにそこはかとなく快感を感じているのだ。

「きゃ〜、すごいじゃない三葉ぁ。」
私が懇願して三葉ちゃんに体の柔らかいのを証明してもらった。三葉ちゃんはジャージに着替え、カーペットの上で180度開脚をして胸をカーペットに密着させている。

「これいつもやってるんですけど、夏場はこれだけでも結構汗かいたりできるんですよ。」
あんな無理な体勢なのに、声のトーンに一切の無理がない。平常体だ。ちょっとうらやましくなってしまった。

「三葉、一体どんな筋肉してるの?」
ストレッチ姿勢から戻り、テーブルの前に座った三葉ちゃんの後ろに周り、三葉ちゃんの二の腕に触れてみた。すごく柔らかい。要はタプタプではなく、皮下の程よい脂肪層の下にとても柔らかいささみ肉が私の指に程よい抵抗を伝えてくるのだ。指圧などでほぐす必要の一切ない健康な皮下組織の中心に少し見た目よりはたくましい印象の骨がちゃんとある。そんな光景がひたすらに揉み続けるにつれだんだん私の脳裏に浮かんできた。そうしてどれぐらいの時間が過ぎただろうか。

「ちょ、ちょっと。ミキさんっ?」

あまりに没頭して触りすぎたのか、三葉ちゃんが困惑して少し赤ら顔で私に陶酔からの帰還を即した。

「あら、ごめんなさい。あまりにも気持ちよくって。」
と、平静を装ったものの私は少し息が荒くなってくるほどに興奮を覚えていた。

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 第五章 了

 

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