君の名は。アフター小説- 三葉と私(第六章)

誰しもなりたい自分ってのがあります。それってなかなか見つからないだったりしますよね。三葉とのかかわりの中でそれが見つかったりすれば,それはそれで納得できてしまったりするのかなと思ったりします。

第六章 − 私のなりたいもの −

===

ミキさんが帰った後、もらった教材やテキストの中身に目を通してみた。中身は個人向けというより企業か学校向けの内容になっていて、1式購入したら私のお給料の何か月分もするようなものだった。本来はPM検定1級を合格するためにはこれに加えてそれなりに実務が必要ということだったが、私の場合は少し立体裁断も実務をやっているので、その中で切磋琢磨が必要ということだろう。

今まではほとんど独学でようやく2級を受験するところまでやってきた。でも最近になって瀧くんと出会えてなかなか勉強の時間が取れずにいる。これからは試験に向けて少し瀧くんに会う時間をセーブして、勉強にも力を入れていかないとダメだ。

それにしても出会ってまだ間もない私にミキさんがなぜこれほどまでにやさしくしてくれるのか、考えれば考えるほど疑問だ。まるでミキさんが私のことを旧知の仲と感じているかのように思う。実際私の側からすれば、それは半分真実なのだけれど、ミキさんがそれを認識しているはずはないのだ。

それにさっきのミキさんの反応。私の腕をひたすら揉みしだいて、何かに陶酔しているような感じだった。サヤちんでさえもあれほどのスキンシップを持ったことはない。でもなぜか心地よい感覚でともすれば全面的にミキさんを受け入れてしまっている自分に怖くなって声をかけたのだった。

そんなことを考えていたら、瀧くんから電話が入ってきた。
「三葉。奥寺センパイもう帰った?」

いきなり奥寺センパイの所在を確かめてくるあたり、瀧くんにとってはそれほど用心しないといけない相手なのだろう。私はその理由も知っていないわけではないので、特に他意もないそぶりで、
「さっき帰ったよ〜。すごくいいもん譲ってくれたわ〜。ちょっとこれから勉強するからあんまり瀧くんと会えなくなるかも。」

「えっ!ええぇ〜!」

「あはは、ごめんごめん。そんなことあらへんようにするから安心して。」

「そ、そうだよ。ただでさえ奥寺センパイに時間とられてんのに、それ以上ってあんのかよって思ったよ。」

「でも、まじめに試験受けたいから、ちょっとは自分の時間も作らんとね。」

「そんなに大事な資格なのか。じゃあ俺も頑張らないといけないな。」

「何ぃ。瀧くん何か資格取るの?」

「うん。」

「勿体ぶらんと教えてよ。」

「いや、しばらく内緒にしとく。」

「何でぇ。いきなり隠し事って、気分悪いわ。」

「まだはっきりしてないし、そのうち必ず三葉にはいうよ。」

「ホンットにこのオトコはっ。」

「あははは、ごめん。それはそうと、奥寺センパイ今日何か言ってた?」
瀧くんが本当に今日確認して置きたかったのはそこなんだろう。

「う〜ん、別に特別なことはなんもなかったよ。ちょっと私の体触ってたぐらいかな。」

「な!何、それ?どこ触ったんだよ。」

「ああ、腕とか?」

「なんで腕?」

「私わからんよミキさんのやったことの理由とか。それより私に断わりもなく体好き勝手触ったことがある人に言われたくないわ。」

「あ、あれはだなぁ。男子高校生にとってはごく自然の流れっていうか。必然だったんだよっ!」

「そっちのほうが訳わからんよ。やっぱり瀧くん変態やさ。」

「ぐぬぬぬ。」

そんな他愛もない会話を楽しんでいたら、もうそろそろ眠たくなってきた。なので明日は仕事が上がったところで一度会う約束をして、私たちはその日を終えたのだった。

===

う〜ん、眠れない。

どうもさっき三葉ちゃんの腕を触ってから、私の体が変だ。異常に興奮して、脳が覚醒状態をやめようとしない。ベッドに入ってからも三葉ちゃんとのいろいろなことを考えてしまって、眠りに落ちることができない。

”それにしても気持ち良すぎたな…。”

私は未だ掌に残った感覚を堪能していた。今まで女友達に触れてこんな感情を持つにいたったことは皆無だった。何か私が意志をもって触れているにもかかわらず、逆に私が優しさに包まれているような感覚だったのだ。まるで”お母さん”みたいだと思った。

こんなことを今までの生涯で思ったことはない。特に子供のころからお母さんにべったりであったわけではなく、比較的親離れは早かったと思う。なのでお母さんの存在について深く考えることはなかった。実際お母さんとの関係は今も希薄であり、お互いそっけない関係でありつつも別に仲が悪いわけでもないので実害なく親子関係は続いている。

なのになぜか私は三葉の肌の柔らかく温かい感触に母を感じてしまったのだ。それは私のお母さんというよりも何か概念的に”母親のようなもの”であるように思う。自分のお母さんとは違う感触なのに母を感じるというのもおかしい話だ。しかも相手は同い年の女の子なのだ。それなのに胸が高鳴りを隠そうとしないで、それがこれほどにも長く続いてしまうなんて。

”私、三葉ちゃんと一体どうなりたいんだろう?”
はたとそんなことを考えてみた。多分私は三葉ちゃんととっても深い友達になれる。それには私ばっかりが楽しい思いをしてはダメなはずだ。三葉ちゃんの幸せをキープしたまんまで、私にも好意を抱いてくれる形が望ましい。だから別に瀧くんと三葉ちゃんが付き合っていようが結婚してしまおうが、三葉ちゃんと私の関係は続いてもらわないと困る。こんなに”気持ちのいい友達”はなんせ私にとって初めてなのだ。絶対に会えなくなるようなことはあってはならない。

たとえ近くに住んでいなくても常に”親密”といえる関係でいたい。そう思った。それは私にとって何だろう。家族ではなく友人の中でも特別な存在。そう考えるうち、ふと
”パートナー”
という言葉が浮かんだ。そうだ三葉ちゃんとはパートナーになりたいんだ。そう思った瞬間、まるですとんと緞帳が下りてくるように私は眠りに落ちたのだ。

===

今日は買付担当の人にマーケット情報を提供する月例会議があった。月例会議とはいっても既存の服や他社の服を持ち寄って、実際色彩や形状にいろいろ意見を出し合う会議なので、みんな椅子には腰かけず、大きな机の上やマネキンに服を着せて討論するのだ。

秋物のワンピースの袖の形を討論しているとき、どうしてもマネキンに着せたベースの生地だけでは表現できない部分があったので、スケブに色鉛筆でラフデザインをささっと書いて見せた。それで結局議論はそこに納まって、会議はようやく終了となった。すると私より3年センパイのチーフが、そばに寄ってきて小さな声で耳打ちしてきた。

「奥寺さんってデザイナーの素質あるよね。」

「そんなぁ、全然ですよぉ。」
と一応謙遜してみたが、実のところ私は夜間のデザイナー専門学校に通っていたりする。それでも授業への出席率は仕事があるのでせいぜい8割ってところだ。それに課題も出たりするので、プライベートな時間を確保するのが結構大変だったりもする。でも高校を出たばっかりの子たちと肩を並べて勉強しているうちに、自分がやりたかったことに改めて気づくことができたのだ。

そして、やはり与えられた服を売っているだけでは私は我慢できないことに気づいたわけだ。今の仕事が特別いやなわけではない。でも限界がすぐに来てしまうことを私はすでに薄々感じ始めている。やっぱり自分のオリジナルでブランドを立ち上げたいのだ。しかしそれは自分だけでできることではない。デザイナーとして自分が描いたものを優秀なパタンナーが布地の上に2次元の情報として落とし込まなければいけない。あいにくその技術にはパターンの生成技能、縫製の知識と技能に加えて手先の器用さなどが必要なのだ。オリジナルブランドを持っている優秀なデザイナーはその両方の技術を持っていることも少なくない。

私には残念ながら夜間のデザイン学校を卒業したところで、デザインはできてもそれを製品にまで持っている力がないということになる。となると、今の会社の籍のまま雇われデザイナーとなることぐらいしか考えられない。でもそれでは自分の好きな服は作れないのだ。

そう、私には自分の欠けた半分を補って余りある技術を持ったパートナーが必要なのだと昨夜ようやく気づいた。そしてそれは私にとって三葉であるはずなのだ。だから私があの刺繍から三葉のスキルに気づくことができたのは、運命なのだとも思っている。

だから今の私には明確な目標ができた。三葉をどう説得するか、誘導するかは私の手腕にかかっている。まずは資格を餌にどんどん引き込んで行ってやろうという腹だ。といっても決して私は三葉に無理強いするつもりはない。三葉の才能を三葉が思うままに伸ばせるような環境を作り、ごく自然に目標地点を示してあげるだけ。

そういえば三葉のことをパートナーと考えるようになってから、もう私の中での三葉は”かわいいだけの三葉ちゃん”ではなくなってしまった。いろいろな側面で私を楽しませ、喜ばせてくれる、その逆で私も三葉に幸せを与えないといけないのだ。
”三葉、幸せになろうね。”
何か倒錯劇のようなセリフが頭に浮かんだ。

そうすることに何か障害があるとしたら、瀧くんぐらいだろう。瀧くんがもし三葉を家庭に閉じ込めたいとか、心の狭いことさえ言わなければ、三葉の配偶者という立場は瀧くんに譲ったとしてもそれ以外の三葉の才能を私が独占できるのだ。瀧くん対策にもさまざまな対策が必要になるに違いない。私は再び自分が策略家であることに至上の悦びを感じ始めていた。

===

「三葉ぁ、PM検定の練習用の素材があるんだけど、要る?」

ミキさんが例の通り私のお買いものに付き合ってくれた日、締めのスイーツショップでいきなりそんなことを言い出した。ミキさんから、というよりもミキさんの会社から教材を譲り受けて、その上練習素材まで頂けるなんて。なんなのミキさんの会社。うちの会社なんて自己研鑽に一切お金は出してくれないというのに。なので私はそれがどんな内容のものなのかは一切かかわりなく、二つ返事だ。

「もちろん!頂ます。」

そして送られてきたデザイン画。どう見ても普通の教材ではない。恐らくそこら辺にはいない、ある意味巨匠的な誰かが何の迷いもなく鉛筆で意のままに書きなぐった感じだったのだ。それをパターンに起こすというのはとても技能だけではなくイマジネーションや創造力を必要とするもののように思えた。しかし、PM検定を1級まで極めるためには至極当然として求められる技術なのだろう。

スカートのフレア具合についても前後、左右別の絵で描かれていて、また困難なことに前後と左右で全く違うフレア角度。袖口のデザインも奇抜だ。絶対に立体裁断でなければこなせないデザインをごく当然のようにデッサンしている。ある意味私のような駆け出しにとってドSな内容だ。でも、実際パターンを考えて、縫製の手法や、効率を考えて製法を考えるのがこの上なく楽しい。私はそのミキさんからもらった課題3点を3日でやってしまった。もちろん自由な時間が十分ではなかったし、その時間の分瀧くんに予定をキャンセルしてもらったりした。それほどやりがいのある課題だったといえる。

一応ミキさんからもらった課題ということでパターンと縫製方案をミキさんに見てもらおうということで、とある仕事終わりの時間をもらってミキさんに見てもらった。すると、

「三葉、これすごい。縫製の法案なんて完璧じゃない。ちょっと私、これ作ってみたくなっちゃった。」
と絶賛してくれた。

といっても、所詮私のようなパターンメイクの初心者が無い知恵を絞りだしてある意味勢いだけで創出したものだ。ここは謙遜しておくべき。

「いえ、私なんか全然だめです。まだまだです。」

「あははぁ、そんな三葉の奥ゆかしいところ。大好きなんだ、私。」
”大好き”と来た。
”そんな殺し文句、そんなかわいいお顔でいうもんじゃありませんよ”と思わず突っ込みたくなる。

何だろう、何で私にこんなに良くしてくれるんだろう。結局”私ってミキさんにおんぶにだっこでこれでいいんだろうか”って思う。

===

三葉の持ってきてくれたパターンと縫製の方案を見て、おのずと絶賛してしまったが、それが素晴らしいかどうかは実際物を作ってみるまではわからない。なので私はその素案を持って、本社の企画室に試作だけでもいいからやってみたいと掛け合うことにした。結局試作といえど、その3つの素案に対してそれぞれ10着だけ作るということで、ベトナムにあるうちの会社関連の縫製工場に素案の試作を投げることにした。

実際その工場で作らせた3品種は縫製においてミスしにくい構成であるということで女工さんたちの受けもよく、結局うちの渋谷と池袋の取引先においてもらうことになった。するとなんと3日以内に完売してしまったということで、早速本社営業部より超短納期で100着でいいから量産せよという指令が下ったのだ。あまりの成果に私は驚きを隠せなかった。それほどまでに三葉のスキルがすでに高いレベルにあるということが分かったのだ。

私の確信がすなわち現実になった瞬間。それは私の未来を大きく変えることになる瞬間だったとも言える。

もう私は一切迷わない。絶対に叶えてみせると心に誓っていた。

===

 第六章 了

 

KEN-Z's WEBのトップへ NEXT