君の名は。アフター小説- 三葉と私(第七章)

どうしてもほしいものができたとき、策略を巡らせるのはとても楽しいものです。それが普通のやり方でなかったとしても、その結果がよければホントに気持ちいいもんです。

第七章 − 策略 −

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とある週末、瀧くんと一緒にいる時に、ミキさんから ”この前の課題はすごくよかったので、安心して2級の試験を受けるように。” とラインが入った。私としてはとてもうれしい内容だったが、資格試験となると、そんなには楽観的にはなれない。勉強と練習あるのみだ。瀧くんと出会う前なら、ここまで私が自分を追い込むことはなかっただろう。でも瀧くんが私たちにしてくれたこと、それに私が答えないといけないと思うのだ。

「瀧くん、この前何か資格取るって言ってたけど、あれ何ぃ?勿体ぶらんと教えて?」

「う〜ん、まだ準備中なんだけど…。」

「そんなんどおでもいいにんっ。合格できるかどうかより、瀧くんの気持ちが知りたいんやさ!」 どうにも埒があきそうになかったので、ここはちょっと私の本心を明かしてみる。

「いや、俺、建築士になりたいんだよ。どんな建物でもいいけど、とにかく人を包み込むような優しい建物を作りたいんだよ。糸守の建物みたいに。」

「…」

意外すぎてびっくりした。まさか糸守の名前がここで出てくるとは思っていなかったのもあって、私は少し言葉を失った。瀧くんは私が異論を唱えると思っているんだろう。引き続いて言い訳めいたことを言う。

「糸守の人たちだって、いきなり無機質な街ができて、はい、ここに住みなさい、とか言われても困るだろう?宮水神社だって、今のまんまじゃないはずだろう?そんな大事なものの設計を誰かほかの人にやらせるのはイヤなんだよ。」

口を開いた当初は言い訳だと思っていたけれど、だんだん瀧くんの糸守に対する思いがわかってきた。それとともに私は涙腺が緩むのを感じざるを得なかったのだ。私はさらに無言を続けた。なので瀧くんはさらに言い訳のつもりなのだろう、言葉を続ける。

「だから俺は…。」
少し瀧くんが口ごもった。言ってしまっていいのか躊躇している様子だった。私はその先を聞きたくなり、瀧くんを即した。
「だから?」

「俺は…どうしても糸守の復興に関わりたいんだ。それはもう俺の義務なんだよ。今のまんまじゃ、ほかの誰かに任せることになってしまう。それは絶対に嫌だ。だから…。」

瀧くんは思いのたけを一気にぶちまけたかのように息が荒くなっている。当の私はもう涙が瞼まで達して瀧くんを正視できなくなっている。でも限りなく私にとって瀧くんの思いが温かく、そして私の生涯を大きく包み込んでくれているように感じた。そうだ、私は糸守にまた人が住み、子子孫孫までその息吹を伝えることを自分の使命だとおのずと考えてしまうはず。なんせ私は宮水二葉の長女なのだから。そしてやはり瀧くんはどれほど時間が経っても糸守との”結び”を感じていたのだ。なぜか今になって私はそれがごく自然な成り行きであることに気づいた。だから、この会話のきっかけを思い出し、ごく自然に瀧くんの決意に応える。

「そう、なら頑張らんとね…。お互い。」

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仕事帰りの電車の中、ミキさんからLINEが入った。

「三葉。今どこ?今から会えない?」

そういえば今日は水曜日なのでミキさんはお休みのはずだ。やり取りしていると、ミキさんは新宿にいるらしく、晩御飯の食材を見繕って私のうちまで来てくれることになった。水曜日は残業が禁止されているのだけれど、瀧くんは出張中で約束もなかったので、寂しく一人で晩御飯を食べることを考えていた私は、ミキさんと過ごせるひとときにワクワクしながら帰宅し、少し部屋を片付けた。

ほどなくしてミキさんがやってきた。

「今日はさあ、私がごちそう作るから。待ってて。」 食材が満載の買い物袋を掲げてウィンクをしているミキさんがすごく頼もしい。

「手持無沙汰も困るんで、お手伝いしますよ。お料理は何です?」

「海鮮パスタとサラダ。三葉はじゃあサラダお願い。ワインも持ってきたんだよ。」

ミキさんも瀧くんと同じお店で長くバイトしていたということもあって、海鮮トマトソースパスタは絶品だった。ミキさんのチョイスしたスパークリングロゼワインもとっても料理に合っていてのど越しがよくってあっという間に飲み干してしまった。私はほろ酔いでミキさんが来てくれたのがうれしかったのもあって、小さいテーブルに向かい合ってミキさんと楽しいおしゃべりをとことん楽しんだ。

「あ、そうだ。三葉、PM検定のお勉強進んでる?」

「あ、っそうですね。テキスト読んでるだけだと、あんまり…。」

「そうでしょう。やっぱり実技やっとかないと。」

「そうなんですよね。教材ってデザイン画シンプルなのしかないんで、もう少し複雑なのがやってみたいんですねどね。」

するとミキさんが少し大きめのカバンの中からスケッチブックを取り出して、
「じゃーん。」

あっけにとられて見てみると、ミキさんが開いたページにはワンピースを着たかわいい女の子とそのワンピースのデザインコンセプトや、生地などのコメントが書かれていた。まさにPM検定の過去問そのもののようなものだ。

「ミキさん、これって、」

「ちょっとうちの会社で秋物のアイデア出したいんだけど、業者さんにやらせるともう時間がなくって。三葉、練習がてらやってみない?」

「えぇ?いいんですか、私なんかのパターンで。」

「いいよ、もし不安だったらこっちに生地もあるから作ってしまってもいいから、検定の実技に近いこともできるかと思って。」

「やります!やらせてくださいっ。」

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”彗星被害から9年”

そんなニュースが夜のテレビニュースで流れている。そういえば1年前は瀧くんとそんな話をしたっけ。瀧くんと糸守に行ったことについての話をしながら歩いたのを覚えている。しかし私も瀧くんも糸守についての記憶がその糸守に行った瞬間から曖昧なのに違和感を覚えていた。

そして瀧くんが三葉と出会い、そしてその違和感はだんだんと薄れてきたように思う。なぜって、それは瀧くんがそれ以前から三葉と深いかかわりを持ってきたということを、私も知っているからだ。その中身の詳細は二人だけが知っていることだろう。だから私はその細かいところは知らなくても構わない。ただ、大学時代の私が恋した相手が瀧くんではなく三葉だったことははっきりしている。ならばすべての合点がいくのだ。

そして今、三葉は私の一番の親友になってしまっている。瀧くんには悪いが、今の私は初恋のおさらい、いやリベンジをしている気分なのだ。別に結婚したいわけではない。少しでも長く関係を持っていたい。信頼されていたいのだ。同性への愛情というのは様々あるわけで、私は私なりに三葉を愛し続けたいのだ。

ベッドサイドで化粧を落としているとスマフォが鳴った。珍しく三葉から音声着信だ。それもこんなに遅く。

「もしもし、三葉?」

「ああっ。ミキさん。遅くにごめんなさい!でも一番に伝えたくって。」

「何なの?なんか三葉興奮してない?落ち着いて。」

「あのっ。2級。合格しました。ミキさんのおかげですっ!」

「ああ、そう。おめでとう。三葉だったら当然だよ。それにねぇ、三葉。資格なんて本人次第なんだから、私のおかげとかないわ。全部三葉が頑張ってたからでしょう?」

「でも、実技試験の問題、ミキさんにもらった課題に近い問題も出たんで、それが勝因かと思うんですよ。今度お礼させてくださいよ。」

「あはは、じゃあそのお礼だけいただいておくわね。」

その後はひたすら感謝を繰り返す三葉をなだめ、通話を切った。

”課題”か。
実はあの課題については私は三葉に内緒で裏工作していた。別に試験問題がどうのではなく、三葉に見せてもらった私のデザイン画をもとにした課題の資料と素材を、ほぼそのまま会社の試作工場に作ってもらったのだ。企画会議にそれをかけたら、なんとそのうち3点を秋物として量産することになったのだ。そして今、その秋物の売れ行きがあまりにも好調だったので次の春物はぜひデザインとパターンメイクをやってくれと言われてしまっているのだ。

会社のチーフ、先輩たちも私が突如デザインだけでなくパターンメイクができるようになったことに少し違和感を感じているようだが、いつもお願いしているパタンナさんではなく、私にやらせたいということらしい。よもやPM検定2級の受験準備で三葉にやってもらったものだとは思っていないようだ。

かといって、私も三葉が知らないまま影武者のように使うのは腑に落ちない点もある。やっぱり三葉に一度謝っておこうと思う。

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今日は定時で上がらせてもらって、総武線の千葉行きに飛び乗った。私のPM検定のお礼ということでミキさんに何を食べたいか聞いたら、今年出張に行ったホーチミンでベトナム料理がおいしかったので、今回ベトナム料理が食べたいということになったのだが、私はあいにく適当なお店を知らなかった。ミキさんが千葉県との県境を超えたところで美味しいと評判のお店を見つけたとのことでお任せしたのだが、果たしてどんなお店なのかとっても楽しみだ。ロケーションも千葉からのミキさんと都内からの私のちょうど中間なので、少しでも長くお話しすることができる点が絶妙だ。

錦糸町で快速に乗り換えて程なく待ち合わせの駅に到着し、階段を降り改札に目をやる。あ、ミキさん居た。
「ミキさーん。」

ミキさんは無言で手を振っている。今日も笑顔が素敵だ。服も。あれ?この服どっかで見たことあるかも?

といってもそんな質問するのは失礼なので、ひとまず月並みのご挨拶をしてお店までお話をしながら歩いた。

お店では私が一切わからないので、ミキさんがすべてのオーダーをしてくれたので、私がお礼をするはずなのに立場が全く逆になってしまったような違和感を感じていた。そこに突然。

「三葉ちゃん。ごめんっ。」

「えっ?ミキさん。突然なんですか?」

「あの、もう三葉気づいているでしょ?今日の私の服。」

「あっ。ああ。そうですね。見たことある服だな〜って。」

「それ。そこが謝りたいの。」

「あの…。あんまりわかってないんですけど。それってミキさんがデザインしたワンピですよね。すごく似合ってますよ。かわいいっていうか、綺麗。」

「そうじゃなくって。これ三葉にパターン作ってもらったやつなのよ。」

「あ、あれはすごく勉強になりました。ミキさんのデザインを私が形にするって。ほんとになんて言うんですか?ハンパない充実感…。」

「それはよかった…。じゃなくてぇ、あのね三葉。あのパターンと資料、実は私の会社で企画が通っちゃってそのまんま量産しちゃったのよ。そしたらすごくバカ売れしちゃって、なんか三葉に申し訳ないことしたと思って…。それで、ごめん…。」

「あはは、ミキさん。そんなん気にしないでください。」
と、私はとにかくミキさんに冷静になってもらいたくって、そう答えた。でも、その経緯をいろいろ瞬時に考えてみたら、だんだん冷や汗が出てきた。それは実は大変なことなんだと気づいたのだ。

少し怪訝そうな顔をして私の顔を覗き込んだミキさん。そりゃそうだ。今の私は豆鉄砲を食らったハトのようだったに違いない。

「あ、ああ、あのっ!ミキさん、それって私のパターンでそのまんま量産して、今それを着ている人がいっぱいいるってことですよね?」

「そうだよ?だから謝ってるんじゃん。」
ミキさんはきょとんとしている。

「そうじゃなくって。私みたいなのがパターンを引いたのをそのまま量産しちゃったんですか?」

「そうだよ?だから謝ってんじゃん。」
ミキさんは壊れたレコードのような感じだ。ちょっとふざけてるかもしれない。このヒト。

「あの、つかぬ事を伺いますけど、それって何着ぐらい売れたんですか?:

「7号と9号だけだけどカラバリ合わせて5000着。」

私はその数字を聞いて失神しそうになった。糸守の最後の人口が1500人しかいなかったのに、私のパターンを使った服がその3倍以上の人に着られているという事実。確かにミキさんの会社はアパレル業界でも大手の部類だ。だから5000着なんて大したことはないのかも知れない。でも私の常識をはるかに超えている。”ああ、もう吐きそう。”

「あの、ミキさんなんでそれを採用したんですか?」

「ああ、あれ三葉から4着もらったうち3着が企画通っちゃったから、3つ合わせると10000着は売れてるかな?三葉が安価な材料と、縫製作業をよくわかってパターン作ってくれたから原価がすごく安くってマージン高くってさぁ。うちの会社でも利益すごいのよ。」

もう私の開いた口がずーっと開きっぱなしだ。

「あ。そうそう。量産の時にうちのベトナムの工場使ったんだけど、ベトナムの女工さんにも評判がよくって、今回の製品はすごく縫いやすいっていってたよ。ラインがスムースでミシンの針の通りがいいんだって。」

それを聞いて私はようやく我に返った。女工さんの言っていることが少しわかるような気がしたのだ。組紐を作るときに頭の中でデザインを考えるのだけれど、実際やってみると色の切り替わりのところが段差みたいになったり、綺麗な直線になりにくかったりする。それを最初から考慮してデザインしたときにはじめて綺麗なまっすくな組紐が出来上がるのだ。これは自分でやったことがあるからわかる。誰も教えてはくれない。だから私はそのようなやったことのある人にしかわからないことを口伝ではなく、しっかりと文章や絵にすることがとても重要なのだと思っている。私の作ったサンプルや資料を見て誰もが同じものを作れることの素晴らしさ。

”― それも結び ―”

一葉おばあちゃんが言っていた言葉の意味を私は今更ながら反芻していた。

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 第七章 了

 

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