君の名は。アフター小説- 三葉と私(第八章)

自分の仕事にどんな価値があるかって、なかなか自分で気づけるようになるまでは時間がかかるもんです。それを人から一方的に評価されるってくすぐったいっていうか、なかなか受け入れにくいもんなんですよね。

第八章 − 報酬 −

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どうやら三葉はそんなに怒ってもいないようだったので、ひとまずは安心した。で、運ばれてきたお料理もとっても美味しく、出張の時に現地で食べたものとほぼ同じ味が出せている。私も初めて来た店だったけど、正解だったようだ。春巻きやエビの肉団子、フォーなど程よくパクチーを利かせてあるものの三葉は全く問題なく食べている。確かに三葉は好き嫌いなく何でもよく食べる。見ているこちらが幸せな気分になるほどの食べっぷりだ。なのにあまり太らないのが本当にうらやましい。
さて、問題はここからだ。

「で、三葉。謝罪ついでで申し訳ないんだけど、今度私のデザイン画で春物をシリーズで担当することになったのよ。でもこの秋物の背景知らない上司がパターンも私がやれっていうから困ってるのよ。」
三葉はいつになく真剣に私の話を聞いてくれている。一応デザイン画を用意してきたのを見せたら、三葉は
「きゃ〜、これかわいい。絶対売れますよ〜。でも私なんかより四葉とかが大学生に上がったばっかりの時に着せたいな〜。ミキさんホントすごい。
と、少し興奮気味だ。

「それで三葉。お願い。」
三葉はきょとんとしている。少し言葉が足りなかったようなのでダメを押してみた。 「あのね、今回はちゃんとギャラも払うから。そりゃ相場以上を出せるわけはないけど、これぐらいは出せるよ。なんとかやってもらえないかな?」 と指1本立てて目配せしてみた。

「ミキさん、それって1万円ってことですか?」

「いや、その10倍。」

「ぇえええっ!ムリムリムリ。そんなもらうわけにいきませんっ。」

「いや、三葉。シリーズだから今回4着分ってことだよ。外注したら最低でも30万はいくお仕事だから、もっと吹っかけてきてもいいのよ。」

「でも…。」
三葉はかなり渋っている様子なので、ここで私は殺し文句を口に出すことにした。
「あのね、三葉。私、今回の秋物の件で分かったことがあるの。私がデザインして三葉にパタンナーをやってもらうと、すごくいいものが作れるって確信したの。だから、私は三葉とこれからやっていきたいの。」

「ミキさん、いくらなんでもそれ私のこと買いかぶりすぎです。」

「そんなことない。秋物のデザイン画だって、実は描いてるときから三葉にパターンを作ってもらうことを楽しみにしながら描いていたし、それがあったからこそいいものが描けたの。だから三葉じゃないとだめなの。」
私はちょっと甘えるそぶりを見せてみた。

「ミキさんのデザイン好きですし、PM検定の勉強になるのでやりたいのはやりたいんですけど、それがお金をいただいた上にミキさんの会社の売り物になるっていうのは、ちょっと引っ掛かります。」

私は単刀直入に三葉のとっての障害は何かを聞き出すことにした。
「それは今の会社に申し訳が立たないとかそういったこと?」

「いえ、うちみたいな中小だと副業でネットで商売に近いようなことをやっている人はいますし、特に仕事に支障が出なければ問題ないと思います。でも、そんな一万着以上作るようなものは今の会社でも扱ったことありませんし、私には荷が重すぎるっていうか。」

「じゃあ、三葉ちゃんの気持ち次第ってことね。」

「そんな感じです。」

これで問題点の単純化ができた。
「ねえ三葉。私との仕事って魅力ないかな?」

「そ、そんなことないです。ミキさんのデザインを形に起こすことって、すごくやりがいがあります。でも、まだ私がそんなレベルに達していないので…。」

「あははは、三葉のレベルはもう十分すぎるぐらいだよ。それに私の会社の企画会議ってすごく厳しいし、量産工場の女工さんもめったに縫製仕様の内容ほめることなんてないのよ。それぐらい三葉のパターンメイクのレベルが高いってことなの。」

「でも…。」

「じゃあこうしない?三葉は前回と同じようにこのデザイン画でPM検定1級の勉強のつもりでやってみてよ。それを企画会議にかけるかどうかは、もらった課題の仕上がり具合で決める。私も少し意見を言わせてもらうかもしれない。だったらどう?」

「う〜ん、ミキさんにも意見をもらえるんだったらやってみてもいいかな?」

「じゃあ、決まりっ!」

「ああっ!それで納期はいつなんです?」

よしっ。これで交渉成立!
「そうね、ちょうど7日後でどう?」

「えぇ?それって全然時間ないじゃないですかぁ。」

「三葉、プロになりたいんでしょ。だったら厳しい目にも合わなきゃだめよ。」

「ミキさん、ドSですね。もう〜、今週末は瀧くんと遊べなくなっちゃう。」

「ああ、それだったら私から謝っとくから、大丈夫。さあ、これで問題なしっ!」

三葉の説得に成功して、私はつくづく営業職をやってきてホントよかったと思った。なんせ難攻不落の体だった三葉をこんなにスムースに攻略できたんだから。
あとは瀧くん対策だけだ。

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「はろー、瀧くん。」

少し酔っぱらった声で奥寺センパイから電話が入ってきた。普段はLINEでしかやり取りしないので、電話がかかってくることは珍しい。いやな予感しかしない。 なので、できる限りのネガティブモードで返事をした。
「なんですか?明日朝早いんですけど。」

「あははは、瀧くん、怖〜い。リラックスリラックスっ!」

「だから、何の用ですか?もう寝るところなんですけど。」

「あのさぁ、瀧くん。しばらく三葉と会えなくってもいい?」
なんなんだこのヒト。唐突に。無理に決まってるだろ。それにヒトのカノジョいきなり呼び捨てかよ。どんだけ入り込んでんだよ。

「だめです。」

「1週間だけにするから。」

「いやです。」

「なんで〜?ちょっとぐらいいいじゃない。」

「絶対に無理です。毎日でも顔を見ないと気が狂いそうです。」
あまりの奥寺センパイの強引さとわけのわからなさに、自分が言った言葉でありながら、あまりにも恥ずかしいことを言ってしまった。ちょっと気まずい。

「瀧くん、三葉にベタ惚れだねぇ。あんまり束縛しちゃうと逃げられちゃうよ。」

「えぇっ。マジすか?」
”しまった”と思った。奥寺センパイの少しの揺さぶりで十分に動揺してしまうところがおれの弱点でもある。

「そうだよ、女なんてみんなそんなもんだよ。」

そんなことを言われても、女の人と付き合うこと自体初めてなわけだし、俺もいろいろ恐る恐る三葉と付き合いだしたばっかりだ。恋愛カーストの頂点にいる奥寺センパイのいうことに重みを感じないわけではない。

「そもそも俺、束縛強いっすか?」

「だって、週に何回三葉とあってるのよ。」

「5回…、か6回。」

「だからダメだっていうのよ。仕事よりも多い回数なんて信じられない。そんなんじゃ早く飽きられちゃうんじゃない?」

「じゃあ、どうすればいいんスカぁ?」
なんかまんまと乗せられているような気もするが、一応三葉とも相当親しくしているようだし、同性なのもあって三葉の気持ちを俺よりは掌握できるはずだ。それぐらいはこのヒトに期待してもいいだろう。

奥寺センパイの話では、アパレル業界の中では三葉のスキルは高いほうらしく、先日受けた検定試験も無事合格したらしい。さらに上を目指すために少し実地の経験を積みたいところだが、時間がないというのが悩みの種だという。そこに俺が頻繁に会うことを強要していては三葉の未来を閉ざすことになる。俺のせいで自分の才能が閉ざされたとなると、それはすなわち別れの原因になるので、ここは少し三葉のやりたいことを優先させてみてはどうかということらしい。

でも、しばらく全く会えないとなるとまた以前の何かを探しているような虚しい気分になってしまうことが容易に想像できてしまう。そうだ、あれを再び味わうなんて俺には耐えられない。
「奥寺センパイの言ってることは半分分かったような気がします。残りの半分はまだ信じ切っていませんけど…。でも週に2回ぐらいは会っちゃダメっスカ?」

「う〜ん、2回ぐらいって、2回以内だね。ウィークデー1回と休日に1回って感じ。それ以上はヤバいかも。」

ここは少しでも粘ってみたい気がしたので、すこしすがってみよう。
「じゃあ、俺も一緒に勉強するってのは?」

奥寺センパイは即座に冷たい声で突っ込む。
「あんた高校生カップルか?」

「だって、俺高校の時付き合ったことないですもん。」

「あはは、瀧くんの心の傷口を広げちゃったかな?まあとにかく2週間だけでいいから、それを実践してみなさいよ。絶対悪くはならないから。」

何の確信があるのかわからないが、かなりな自信。これは少し信じてみたほうがよさそうだ。俺もそれに向けて最大限の努力をしてみることにした。

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「あの、ミキさん。私こんなに受け取れません。困ります…。」

瀧くんの説得工作から約2か月経って、私と三葉は三葉のうちの近くのカフェにいた。そこで私から受け取った封筒の中身を確認して三葉がかなり神妙な顔で懇願する。

実は先週の商品企画会議で三葉の作ってくれたパターンで起こした試作品が次々と次の春物として採用が決まり、役員クラスからも絶賛されたのだ。あまりにも絶賛されたので、私はいたたまれなくなり、ついパターンメイクは自分の友人にやってもらったということを白状してしまったのだった。すると会社側はそうなのであればたとえ友人であっても正しい報酬を支払うべきということになり、とんとん拍子で支出明細伝票を起こし経理に現金をもらって領収書、納品書などの各伝票と一緒に夜になってから三葉に手渡しに来ることになったのだ。

会社のいう正しい報酬というのが外注した場合の相場の下限の30万円だったので、消費税を合わせて324,000円ということになる。確かに私から見ても相当な金額だが、三葉の提出してくれた”課題”は私が見ても素晴らしい出来だった。デザイン画を起こすときに私が念頭に置いていた10代、20代の幅広い層に受けのよさそうなワンピース、ジャケット、スカートなど上下4セットを、完璧に、それもかなり細かい縫製手順、仕様書と共にこなしてくれたのだ。なのでこの金額は三葉の労をねぎらうのに適した金額なんだと思う。今になって私がその1/3以下で依頼しようとしていたのが、少し恥ずかしく思うほどだ。

「あのね、三葉。今回ははじめっから企画会議に通す可能性考えて、かなり根を詰めてやってくれたでしょ。そのおかげで、会社でもものすごく好評だったのよ。それに、うちのチーフが、三葉のこと聞いてうちの専属になってもらうのはどうかって言ってきたぐらいなの。だから、これは三葉に絶対に受け取ってもらわないと困るのよ。」

「でも、私こんな大金受け取れません。お金もらうためじゃなくって私は自分の勉強のためにやったんです。だから…。」

予想していた通りなかなか三葉は頑なだ。こんな三葉だから私は好きなんだけど、会社からお金を託けられた私としてはここで断られるわけにはいかない。三葉には申し訳ないが、ここは脅してでも受け取ってもらうしかないのだ。ここで私は私しか知らない武器で三葉に揺さぶりをかけることにした。

「ねえ、三葉。私さぁ、知ってるのよ。」

「はい?」

「三葉のヒ・ミ・ツ。」

「あの、ミキさん?」
三葉は真剣な話をしているモードのまんま私がいきなり話題を変えたのに未だついてこれないままでいる。なので私は一つ目の切り札をトートバッグから取り出した。

「これ、前にも見せたよね。」

「あ…。」
三葉はハリネズミの刺繍の入ったスカートを見て言葉を失った。私は容赦なく追及する。

「これ、三葉だよね。」

「はっ?」
三葉には似つかわしくない、こわばった上に私を逆に責めるような顔だ。私は一瞬ひるんでしまうぐらいの恐れを感じつつ、さらに科学的にはあり得ない追及する。

「これを刺繍してくれたのは瀧くんじゃないよね…。三葉でしょ?」

「な。何を言ってるんです? ミキさんっ?」
明らかに当惑している顔だ。もう私は止められない。なので、

 ・刺繍枠もなく複雑なデザインを綺麗に糸を張り刺繍していること。
 ・それには糸の扱いに慣れている必要があること。
 ・瀧くんにその後話しても、刺繍をした記憶がなかったこと。

をゆっくりとそして容疑者を落としていく手順どおりであるかのように話した。

「それでも、瀧くんじゃないにしても私がやったことにはなりませんよね?」 三葉はうろたえながらもまだ私を部外者扱いしようとしている。そう、私は部外者なんかではない。瀧くんに入った三葉に恋をしてしまったわけだから当事者であることは間違いはない。あとは本人にそれを認めさせるだけだ。

相手の秘密を暴く上で、一つ重要なポイントがある。まず自分から打ち明けることで態度を軟化させることができるという点だ。なので、まずは話題を切り替えるふりをして私から一歩譲歩することにした。

「三葉、司くんってあったことあるでしょ?」

「はぁ、春から何度か会いました。」

「実は私、司くんと婚約してるのよ。瀧くんには言ってないけど。」

「え、えええぇ〜!?」 顔の前に手をやり、三葉は大きな口を開けて驚愕している。しめしめ。この驚きようは明らかに形勢逆転の布石になるだろう。

「司さんって、ミキさんよりも年下じゃないですかっ?」

「三葉、何言ってるのよ瀧くんだって三葉より年下でしょうに。」

「あっ。そうか。でも、瀧くんって何か同い年のような感覚なんですよね、私たちにとっては。」

「そうよね。それって、二人が出会ったときに同い年だったからってことじゃないの?」

三葉の顔がまたこわばった。しかしさっきとは違う、少しおびえながらでも私に歩み寄ってきているのは確実だ。
「ミキさん、何言って…。あ、瀧くん…。瀧くんに聞いたんですか?」

「え?なんで瀧くん?私瀧くんとは何も話してないよ。」
私はとぼけたようなそぶりで三葉を揺さぶる。実際瀧くんとはこの話はしていない。なぜかというと、その時にいなかった人に話をしても何も出てこないことは明白だからだ。それが証拠に刺繍の件を高校生の瀧くんに問い詰めても何の答えも出なかった。困った顔をして”俺、覚えてませんよ。”を繰り返すだけだった。

しかしもうこの時点で私は三葉の”完落ち”を確信していた。

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 第八章 了

 

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