彗星,隕石の描写

彗星と隕石となった後の表現については本作のストーリーとアニメとして美しい情景を成り立たせるためのさまざまな工夫が見られます.新海監督の今までの作品はほとんど何かしら宇宙と関係するシーンがありますので,それらとの関係も含めて語りたいと思います.

<彗星の描写>

彗星の描き方についていろいろ言われる方もいらっしゃいます.確かに彗星に働く力は地球からの重力が支配的になります.地球に近づいてきてからというのは物理学上はもともと持っている運動エネルギーで等速直線運動をしているのに対し,地球との間で生じる万有引力で引き寄せられもともと持っている運動ベクトルに対し曲がっていくというのが,セオリーです.今回のように地球の近傍で割れてしまった場合でも,せいぜい大気圏突入後は空気抵抗がかかるのですが,それは目に見えるほど隕石の軌道を変えることはありません.

そう考えると彗星の落下地点から彗星を見ると彗星はゆっくりと鉛直上に向かって飛んでいるように見えるはずです.ですから割れる前の彗星の描写は実際とは異なりますし,この軌跡についてだけでなくほかにも美しく見せたりストーリー上の工夫がなされています.例えば,地球の重力の影響で割れたとしてもそれが直前すぎてあのような時間は確保できなかったはずとか,宇宙空間で飛んでいる彗星は周りに何もない空間を飛んでいるので,自らが常に何か粒子を放出しないかぎりあのように長く尾を引けないはずとかいろいろあります.

でも,やっぱりこのストーリーの中では彗星はあのように飛ばないと美しさをお互い実感できなかったと思いますし,それが一瞬であったならばそんなストーリーになりっこありません.したがってあの彗星の描写で私は良かったと思います.

まあ,あのシナリオを原案に実写化を海外などでやりたいといっている向きもあるようですが,そういった方々がどのように彗星を描くかというのも面白い視点かも知れません.最もあのシナリオは新海さんのアニメならではということで実写化については賛否両論あるんでしょうけど.私はどうかというと,多分実写化してそれがどんな監督さん,キャストでやったとしても見ないような気がします.ははは.

<隕石の描写>

今回,隕石と彗星とを言葉として分けて書いていますがここではまずオープニングで出てくるもう垂直に近い角度で落ちてくる隕石の描写についてです.つくづくこの隕石の描写を見るたび新海さんの作品だなあと感心するのです.その代表的な点は下記です.

 1)画面の中であんな小さいのにちゃんと回転している.
 2)回転に合わせて火の粉のようなものがらせん状に飛び散っている.
 3)隕石やその尾の影が気中にちゃんと描かれている.
 4)隕石の発する光が周辺の雲に映りこんでいる.
 5)隕石の先端に小さくソニックブームのような描写がある.
 6)雲海上の隕石の影が雲の上にスーッと伸びていく.

特に3)と4)については秒速5センチメートルの種子島のシーンで私が最も感動した新海さんの技術力(というかこだわり)であり,これが今回も上映時間開始早々でいきなり見せつけられ,私はスクリーンの前で少し心臓の音がはやまるような感覚を覚えました.まあ衝突寸前での隕石の速度も実際はあれほどスローモーではないんでしょうし,実際のロシアでの隕石の被害なんかは衝撃破で建物のガラスや人にも被害が及びましたので,速度は実際とあえて変えた上で,“見せる”ことを重視したのだと思いました.

あとオープニングにも出てくる隕石の落下の様子ですが,2重の雲を突き抜けて落下しています.ということは落下地点からは直前まで隕石を見ることはできません.ただ輝度が十分に高ければ,やたら明るいものが雲の向こうにあるのを感じることはできます.これは三葉の見た隕石の描写と矛盾します.

なぜそうしたかについては,主に瀧くんの記憶の形成が影響していると思います.瀧くんは3年後にはこの災害を認識することはなくなっているほど記憶が改変されています.あえて改変と表現したのは,瀧くんは単に彗星を美しい天体ショーとしか認識していなかったからです.それほどまでに彗星は美しくなければいけません.三葉についてもサヤちんとテッシーと一緒に彗星を見上げる重要シーンがあります.ここでも三葉は単に美しい天体ショーの認識を出ません.ある意味瀧くんとのことを吹っ切るために美しい記憶で上書きするような気持ちでしょう.そしてそれは瀧くんのことを吹っ切るのに十分な美しさであったのかもしれません.直前に美しさだけでないことに気づくまでは.

要はこの二人の記憶のために彗星から隕石が分裂した後も,衝突寸前までも美しくないといけなかったのかななんて思うわけです.そんな思いの下,速度,大きさ,回転,角度,雲の描写,落下地点,被害範囲とかいろいろな微妙な調整をしながら,見せたいものを見せられるようにコンテを作って作画したんだろうなと思います.

あと,瀧くんが調べたりしている隕石被害の資料ですが,これもなかなかよくできています.例えば落下地点からの距離で被害の状況を示した図がありますが,その中央はなんと”蒸発”と書かれています.それは三葉,テッシー,サヤちん,四葉,一葉おばあちゃんやお祭りに参加していた人たちが瞬時に消えてしまったことを意味します.瀧くんにとってそれはどれほどの衝撃であったか,想像を絶します.実は私の場合何度も見るにつれ,ここが泣きポイントになってしまっていたりします.

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